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2016年2月23日 (火)

いのちは 同じ重さ

朝、境内の掃除をしていて

目の前に鮮血が・・・

その先には ハトが亡くなられていました

カラスやネコにやられたのあれば、見るも無惨な姿になっているのですが、外傷がありません

でも、血は流れています

どうして死んでしまったのだろう?

窓にぶつかったわけでもないし、

病気で亡くなったわけでもなさそう・・・

などと思いながら、境内のある場所に穴を掘り、そこにハトを埋めました 南無阿弥陀仏

ハトを移動する際と、穴の中に安置する際、

私の手に、ハッキリとハトの重さを感じます

目にするハトの大きさと、その大きさに見合う重さが、私の手にズシリとのしかかる

死んではいるけれど、生きていたんだ

どうしたんだい? 何があったの?

こころの中での問いかけに、当然応えるわけもなく、

ハトは安らかに目を閉じている

ホント、優しい目をしている

ハトの重さと 優しい目と・・・後で洗い流した鮮血と

いのちがあったんだ

いのちは、死んで終わりか?

いや、私の手に、ハトの重さの感触が残っている

    私の脳裏に、何とも言えないハトの優しい目の曲線が焼き付いている

覚えている人がいる現実は、

死もまた生であるという真実

また いつか 会いましょう

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