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2016年1月

2016年1月26日 (火)

2016年 東京教区 報恩講

2016年1月21日(木)長野県へ
26日~28日にお勤めされる 真宗大谷派 東京教区 報恩講 の習礼(しゅらい:リハーサル)のため。そのお手伝い。

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年末から、秋田・金沢・長野と、雪の多い地域へ出かけることが続いています。
秋田で、雪国仕様の革靴を買いましたが、どこも通常の革靴で困らない程度の積雪でした

なのに、西日本では何十年ぶりという大雪が。大自然を感じます。
装備も、こころの準備もできていない地域が豪雪に見舞われていることと思いますが、お気を付けください。
家で待機という選択肢もあります。どうぞご無理なさらずに。

教区報恩講にむけて、準備が整っています。
ご参詣お待ちしています。
私は、裏でお手伝いをしているので、表に出てこないことでしょう

2016年 東京教区 報恩講

2016年1月17日 (日)

形はどうあれ、想いを表現できたらいいな

お礼状を書きました。

依頼状やお礼状、お詫び状は、手書きで書いています。
自分の中では、それは当然のことと思っていました。
けれど、テレビ(2016年1月10日放送 フジテレビ「ワイドナショー」)に出演されていた古市憲寿さん(作家)が、「仕事のやりとりはLINEでしています。メールもほとんど使いません。手書きの依頼状を書く人とは仕事をしないと決めています。手書きの手紙で敬意を表すことが、“仕事ができない人”のように思えてしまって」と発言していました(私の記憶で書き起こしています。古市さんの発言通りではありません)。
古市さんは、現代社会の問題点を独自の視点・自分のことばで発言されていて、これからも意見を求められる人だと思います。それだけに、手書きにこだわってきた私としては、ちょっとショックでした。しかし、反論したい気持ちは起きませんでした。「あぁ、これが現状であり、多数派であり、これからは古市さんの発言の方が主流になっていくんだろうな」と感じました。
携帯やパソコンが普及し、メールでやりとりするようになり、LINEやFacebookなどSNS人口が増えている今、そういえば手書きの手紙をもらう数も減りました。22年前、大学を卒業した頃は、多くの恩師・友人・知人と、手紙でやりとりをしていた気がします。けっこうな量だったなぁ。今、手紙のやりとりはほとんどないですね。そういえば。
学生時代、学園祭の事務局長をしていて、半年間で800通近く罫紙を書いたけれど、これも古市さんに言わせれば無駄の極みなんだろうなぁ。今の事務局は、パソコンで作った文書でやりとりしているのかなぁ。それはそれで羨ましい気もするけれど。

それでも、手書きにこだわりたい。手紙は書き続けます。仕事ができないというのも外れてはないし。
古市さんの発言が頭の中に残りつつ、一週間が過ぎ、2016年1月16日放送「サワコの朝」にSMAPの香取慎吾さんが出演されていました。
手紙を書くのが好きで、自前の便箋ももっているとのこと。感動したことがあると手紙を書いて、相手の住所が分からなければ、事務所宛に出すとか。聞いていて嬉しくなりました。


(余談)
SMAPの解散騒動が報道されて以降、草なぎさんや香取さんがテレビに生出演した際、「何を語るのか?」「何も語らなかった!」とかき立てられています。SMAP解散云々については、当事者がまだ何も話していないうちに、よくもまぁこれだけいろいろな事を周りが語るなぁと感じています。どれがホントの情報で、どれが嘘かも分からないのに。ただ、自分たちの存在の大きさに、あらためてご本人たち自身が気付いている頃かなぁなんて思っています。
今、恐ろしく思っているのは、
SMAPの解散騒動や、○ッキーの不倫騒動(彼女だけの問題ではないのに、「○ッキーの」と見出しが付けられるのはどうかと思うけれど)が報道を賑わしていますが、なんか、とても危険な臭いがしています。
報道が芸能ネタに偏っているということは、その裏に扱ってはいけない(取り上げてはいけない)政治ネタが潜行している気がします。あるとき突然、日本社会全体を覆すような決定が、「政府は、〇○を決めました」なんて、あっさりサラッと報道されやしないだろうか。国会中継も注視しなければ・・・。退屈だし、寝ている議員さんや質問に応えられない議員さんがいると腹が立つけれど。
「相手に伝えたい」という想いが、大切なんだと思う。形はどうあれ。

2016年1月14日 (木)

陽を海を星を見る者和を愛す

陽を海を星を見る者和を愛す
     ヘルマン・ファンロンパイ(EU前大統領 元ベルギー首相)
          〔2015年12月27日「東京新聞」朝刊より〕

新聞の整理をしていて、あらためて昨年暮れの記事を読み返しています。
「東京新聞」では「平和の俳句」を募集されています。その趣旨に賛同して作品を寄せられたヘルマン・ファンロンパイ氏の俳句が目に留まりました。

ヘルマン・ファンロンパイ氏のメッセージ
「ロシアの文豪ドストエフスキーは『美のみが世界を救う』と言った。俳句も美。人々が美の感受性を高めれば、争いを抑えられると考えたい」

「美の感受性を高めれば、争いを抑えられる」などと言うと、笑う人、罵る人も多いかもしれない。
しかし、太陽の情熱、海に見られる母性、星や月の輝きを見て、心奪われない人はいないのではないだろうか。
「平和」といえば聞こえはいいが、「平和」のために「争う」人が多々いて、「平和」という名の元に「戦争」が起きている。「平和」と「戦争」が同義語になっている哀しみ。
陽を海を星を見る者が感じる「愛」や「美」は、「戦争」と同義語にはならないと信じる。
争う者どうしが見つめる太陽は、海は、星は、まったく同じもの。同じものを見て、美を感じ、愛を感じる。その「美」や「愛」も同じものではないだろうか。同じ気持ちを、感受性を持ったいのちどうしが、どうして傷つけあうのだろう。

ヘルマン・ファンロンパイ氏は、夏の満天の星を見て、「星空から私たちが自然と一体化して調和する感覚を覚えた」と仰います。
「星を見る」というと、 「“わたしが” 星を “見る”」 と、自分を主語にしてしまうけれど、それでは自然と一体化しない。自分以外の他が敵になってしまう。 
「星空から見られている」。わたしも、あなたも、みんな平等に。
私には、「星空」が「阿弥陀さま」に聞こえてきました。

12月27日に読んだはずの新聞。暮れの慌ただしさでごまかしてはいけない。大切なことばに、見逃してはいけないことばに、あらためて出遇うご縁をいただきました。

南無阿弥陀仏

2016年1月13日 (水)

心を弘誓の仏地に樹て 念を難思の法海に流す

2016年1月11日 亀有の蓮光寺さま「成人の日法話会」参拝
ご講師 平原晃宗先生 (京都市 正蓮寺住職)

「樹心(じゅしん)」についてお話
慶ばしいかな
心を弘誓の仏地に樹て
念を難思の法海に流す 親鸞聖人

成人の日・・・成長というと、目に見える姿ばかりを気にする。樹木も、幹の太さや葉の生える様子を眺める。けれど、根っこがシッカリしていないと、成長はできないし、困難にぶつかったときに もろい。
見た目の姿ではなくて、足元をしっかりと見ることが大切。

成長の話ばかりではない。
親からの仕送りも、金額ばかり見ていたら愚痴が出る。
仕送りをしてくれる親の気持ちを想えば、親が子を想う気持ち・子への願いがあることに気付く。想いと願いがあり、そこに苦労があるから、仕送りとして表われました。
金額という表面を見るのではない。結果という目に見える所を見るのではない。「因を見る。」 根っこや奥底にある想いや願いが見えてくる。
~心を弘誓の仏地に樹(た)てる~

私は、私の「念(関心)」の中で生きている。
自分の関心でしかものが見えないし、そのことによって、私が私を苦しめている。
「老い」は当然のこと。しかし、受け入れられない。
鷲田清一先生が仰っていました。「老いは、問題ではなく、課題である」と。
当然のことである「老い」を、「問題」として受け止めると、抗いたくなる。アンチエイジングとか。
「老い」が「課題」であると捉えたならば、「課題」は与えられたもの、「課題」は伴いながら生きるものとなる。
どうして今までできたことができなくなるんだろう・・・と考えれば、「あの頃に戻りたい」と想うけれど、今は今できることを尽くせばいい。「老い」を「問題」ではなく、「課題」といただけば、大切なことが見えてくる。
~念を難思の法海に流す~

以上、私の頭の中のノートより

平原晃宗先生は、大学の一年先輩。
10数年ぶりに会いましたが、覚えていてくださって嬉しかったです。
私は、昨年10月に、蓮光寺さまが所属する東京二組C班「いのちのふれあいゼミナール」で、お話をさせていただきました。早くも文章に起してくださり、蓮光寺さまの寺報「あなかしこ」に掲載してくださいました(話を起してくださり、体裁を整え、何度も校正をしてくださった皆様のお気持ちにお礼申し上げます。ありがとうございます)。
その「あなかしこ」を、蓮光寺住職が平原先生にお渡しくださり、先生が目を通されていました。
平原先輩から、「学生時代の雰囲気そのままで、読んでて嬉しゅうなったわ」といって頂き、感謝です。
その後も、渡したばかりの西蓮寺寺報にすぐ目を通して、感想を話してくださいました。
文章を読んで、書いた人(話した人)の想いを感じ取る。「行間を読み取る」と言いますが、先輩はまさしく読み取られているのだなぁと感じました。
久しぶりにお目にかかれて、大切な時間でした。先輩、お仲間に入れてくださった蓮光寺の皆様、ありがとうございます。

2016年1月 9日 (土)

一年中

お仕事のため、金沢に行ってきました。
街全体が広々とした雰囲気で、出遇う人々もゆったりしていて、居心地が良かったです。
雪はまったく降っても、積もってもいませんでした。暮れに秋田に行った際、雪国仕様の革靴を買ってきたのですが、その必要はありませんでした(笑)

金沢駅に、観光客歓迎のタペストリーがかかっていました。

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タペストリーには、
金沢に来るなら、春か夏か秋か冬がいいと思います。
と書かれています。

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「いつ来ても、良い所ですよ!」ということですね。
金沢は4回目ですが全部寒い時期だった気がします。今度は夏に来てみようかな。

タペストリーのことばを眺めながら、マーク・トウェインのことばを思い出していました。

10月。これは株に手を出すには特に危険な月だ。
そのほか危険な月は、
7月と1月と9月と4月と11月と5月と3月と6月と2月と8月、それになんといっても12月だ。

「一年中~」ってことだけで、まったく何のつながりもありませんが・・・

2016年1月 5日 (火)

良薬口に苦し

咳が一ヵ月ほど止まらず、年明け最初の月曜日、内科に行ってきました。
待合室で「朝日新聞」(2016年1月4日朝刊)を読んで待っていました。
鷲田清一先生(哲学者・京都市立芸術大学学長、大谷大学の教授もされていました)が一面に毎日(なの?)書かれている「折々のことば」が目に留まりました。

理解できるような助言はきかないこと…ぜんぜん役に立たないにきまっているわ!  ルーシー

なぜ役に立たないか・・・助言をされても、自分の良いようにしか解釈しないからでしょうね。
助言そのものに問題があるのではなくて。
「理解できるような」ということは、「納得できる」こと、「うんうん、それは分かる」と頷くこと。つまり、自分の正当性を認められることばは受け入れ、自分が否定されることばは受け入れないということ。それでは、助言にも何にもなりません。「ぜんぜん役に立たないにきまっているわ!」

2015年暮れに、今どき珍しい上から目線のお父さんの人生相談が、ネットで流れていました。
「子は親に従うもの、妻は夫に従うもの。強い人間になるように、厳しく子どもを育ててきました。その子どもが、引きこもりになりました。お父さんの厳しさに問題があったんだという息子のことばに納得がいきません。知識人と呼ばれる先生方のご意見を伺いたく、筆を執りました」というような内容だったかと記憶しています(私の記憶で文章を書き起こしたので、このお父さんの筆ではありません)。
失礼ながら、おそらく、このお父さんは、誰から、何を言われても変わらないだろうなと思いました。人生相談の応えも、自分なりに解釈されるのではないでしょうか。

以前にも当ブログで書きましたが、以下のエピソードが思い出しました。

和田 稠(しげし)先生ご存命のとき、
『NHKで、法律相談の番組(「バラエティ生活笑百科)があるでしょ。漫才師が、漫才で問題を相談して、それに弁護士が答えるの。で、最後に司会の笑福亭仁鶴さんが相談者に対して、「参考になさってください」って言います。「参考にする」って、「自分にとって都合のいいように聞く」ってことですよ。相談した人は、自分が良くなるために、相談してくる。それで「参考にしてください」っていわれたら、自分にいいようにしか解釈しないでしょ。私たち、自分に良いようにしか聞けんのですよ』
という話を、満面の笑みでお話くださいました。

自分に良いようにしか聞かなかったら、本当の意味での助言にも参考にもなり得ません。
良薬口に苦し・・・自分にとって厳しいことばにこそ、ちゃんと受け止めれば、わたしを助けてくれます。と、想います。

今年は、「見ざる 言わざる 聞かざる」ではなく、「見でござる 聞くでござる 物申すでござる」で行こうと考えています(年賀状にそんな絵を書けば良かったと、年が明けてから思いつきました。残念)。
ちゃんと見て、ちゃんと聞いて、ちゃんと語って。一方通行ではなく、キャッチボールで(私の苦手なことだ・・・)。
あぁ、厳しいことばも助言たり得るけど、厳しいことばをかけてくれる人をブロックしてしまうのではなくて、会話を続けることが、助言(わたしを助ける原動力)となるんだ!!

さて、ことばの主「ルーシー」って誰だろう?と思ったら、スヌーピー(マンガ『ピーナッツ』)に出てくる、おしゃべりな女の子だそうです。鷲田先生がスヌーピーを読んでいる姿を想像して、ちょっとクスッと笑ってました。病院の待合室で。
いただいたお薬は甘くも苦くもありませんが、咳は少し落ち着きました。皆様、おからだお大事に。

2016年1月 4日 (月)

息づかいを感じる

前回の投稿で、「俯瞰(ふかん)」ということばを使いました。
「高いところから見下ろす」という意味。つまり、視野を広く、全体を見わたす。そして、考える、想像する、ということでしょうか。
「俯瞰」すること、一歩退いて見ることを大切にしていますが、あまり俯瞰ばかりしていると、肝心なところを見落としがちですです。だから、一歩進んで、より近づいて見ることも大切です。
「俯瞰」の視野と、より近づいて見る眼、正反対の見方ですが、両方とも大切にしています。
昨日の投稿を終えた後、2016年の大河ドラマ「真田丸」の脚本家 三谷幸喜さんのコメントに出会いました。

「歴史年表には笑いはないですよね。年表を見て笑える人はよほど感受性の優れた人でしょう。年表のように俯瞰で歴史を見ていては、表情も何も見えないけれど、目線を下げていくとその時代に生きていた人たちの顔が見えてきて、言葉が聞こえきて、息遣いを感じることができる。人間だから泣いたり怒ったりもするし、笑いもしたはず。一生懸命ゆえの滑稽さもある。信繁はもちろんですが、信繁と家族、信繁と関わる武将たち、登場人物一人ひとりを人間らしく描いていきたい」

今年の大河ドラマで、真田幸村の生涯を描かれるわけですが、コメント中にもあるように、「真田幸村」ではなく「真田信繁」と言われています。「真田幸村」の方が耳馴染みがありますが、実は「幸村」とは名乗っていなかったと言われています。史料的には「信繁」だったとか。
三谷さんは、史料には忠実に、そうでない部分は、想像を膨らませて書く、と仰っています。
三谷さんは、コメディのイメージがつきまといますから、「新撰組!」の際も「ふざけすぎだ!」「史実を無視しすぎる!」といったお叱りを受けたそうです。
緊張の走る時代といえど、日常には、個々の人生には、泣きも笑いもあるのが当然で、そこをクローズアップした結果が、お叱りを受ける結果となったのでしょうね。そう想うと、今回も人間味溢れる大河ドラマになるのではないでしょうか。

「歴史年表」を見て(「俯瞰」して)笑えないけれど、
「目線を下げる」と人の顔が見えてくる。
「歴史年表」が不必要という話ではないですよね。広い目線では「年表」を見れば、それ以前に何があってそうなったのか、必然が見えます。その後の結果・流れ・繋がりも見えます。
「目線を下げる」と、ひとり一人の顔が見える。目の前の人、出会ったことのない人、既に亡くなった人とも、より親密に出遇うことができる。

マクロの視点 ミクロの視点 両方を持ち合わせるのは至難の業ですが、今を生きるための眼がより生きてくる気がします。

2016年1月 3日 (日)

退一歩

年賀状をくださった皆様、ありがとうございます

年賀状をくださった方で、
2015年12月13日 (日)投稿の「九転十起(きゅうてんじゅっき)」を読んで、「“退一歩”を思いました」と一筆いただきました。いつもチラッとありがとうございます。

「退一歩」・・・一歩退くわけですから、「前進あるのみ」「進歩・発展こそ大事」的思考をされている方からすれば、あまり良い意味のことばには聞こえません。

私は、「退く一歩も、また一歩」(だったかな?)とお返事を書きました。
そもそも、どこが前だかも分からず、人生という道を歩いているわけですから、「退いた」つもりでも、それもまた貴重な一歩だと、私は思いました。

とはいえ、「退一歩」で検索かけてみました。
すると、「退一歩 海闊天空」ということばに出会いました。
「海闊天空」とは、「大自然の広々としたさま」という意味だそうです。
で、「退一歩」・・・「一歩引くことによって、広い自然の世界が、よりいっそう広々と見渡せる」ということを表しているそうです。海はより広く、空はより高く。
「俯瞰(ふかん)」ということばがありますが、「一歩引いて、冷静に物事を見渡す、判断する」ということでしょうか。
立ち位置を一歩変えるだけで、物事の状況は変わらなくても、見え方が大きく変わることがあります。すると、生き方も変わってきます。

“D”さん、「退一歩」を教えてくださって、ありがとうございます。感謝

2016年1月 1日 (金)

2016年1月のことば

明けましておめでとうございます
いつも当ブログ「ことば こころのはな」をご覧いただき、ありがとうございます
長年続けて来たブログも、最近は毎月1日に発行している寺報のアップばかりでした。
が、12月はちょっと思うところがあって、できるだけ想いをことばにしてきました。
というのも、想いを伝える努力もせず、丁寧に説明するといいながら肝心なことは何も語らず、たまにことばを発したかと思えば意見の違う者に対するバッシングばかり。そのような人が国の政を動かしている姿に、疑問と憤りを感じています。
で、ことばを大切にして生きたいと想ったのです。「私の方が正しい」なんて思っているわけではありません。ただ、せっかくことばをいただいて生きているのだから、想うところを正直に、決して誰かを叩く目的ではなく、ことばに敬意をもって、想いを発したいとあらためて想いました。
相手に変化を求めて ことばを発しているのではありません。それでは独裁者です。
自分の想いを、相手に伝えるために、ことばを大切にする。そうして生きていきたいと想いました。
本年もよろしくお願い致します。
( 筆硯独語さん、コメントをありがとうございます。ひとつ一つのコメントに応じず申し訳ありません。でも、ちゃんと読んでます)

   

2016年1月のことば
さるべき業縁のもよおせば、
いかなるふるまいもすべし
 親鸞聖人

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そうなるべき縁がもよおすならば
親鸞聖人は言われました。
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(『歎異抄』第13章)
「そうなるべき縁がもよおすならば、どのような振る舞いでもしてしまうのがわたしです」と。
このことばは、親鸞聖人とお弟子さんの唯円さんとの会話の中に出てきます。
「聖人の仰せならば、私は背きは致しません」と言う唯円に、聖人は「では、人を千人殺して来なさい」と命じます。「そのようなこと、私の器量ではできません」と唯円が返せば、「人を殺さないのは、あなたが善い心を持っているからではありません。また、決して殺害はしてはいけないと思っていても、そうなるべき縁がもよおすならば、殺すということもあるかもしれないのです」と聖人は語ります。

この会話を紹介した際、「そうかもしれないけれど、してはいけないことは、やっぱり、してはいけない。人は、強いこころを持っています。だから、してはいけないことを避けることができます」と感想をいただいたこともありました。
そうですね。してはいけないことは、やっぱり、してはいけないですよね。
しかし、「国民のいのちを守るため」「テロには屈しない」などという理由をかざして戦争を、争いを肯定する人もいます。国民のいのちを守るために、他国の方々のいのちを殺しています。テロに屈しないための爆撃で、多くの一般市民のいのちを奪っています。ある者を守るとき、同時に他の誰かを傷つけることが起こっています。

どうして「人を千人殺してきなさい」なのか
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」
親鸞聖人の教えを聞いて、「私も何をしてしまうか分からない身だ」と、内省する(自分を見つめる)ことは大事なことです。しかし、内省を促すだけならば、「他人の物を盗んできなさい」ということばでもかまわないのではないでしょうか? 聖人は、「人を千人殺してきなさい」と言われました。そのように言われると、「そんなことできません」と言いながらも、憎い誰かの顔が浮かんだりしませんでしたか? 「人を殺してきなさい」ということばは、わたしのこころに波風を立てます。ざわめくこころで自分と向き合うことになります。他人事として聞き流すことはできなくなります。

どうして「いかなるふるまいも」するのか
さて、どうして「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいも」してしまうのでしょうか?
それは。縁を生きているからです。さまざまな環境で生まれ育ち、多くの人々と出会い、出会った人々から影響を受ける。それらの縁をいただいて、わたしはわたしとなりました。先にわたしが存在していて、そこに縁が集まってくるわけではありません。さまざまな縁が重なり合う中のほんの一点がわたしです。
あらためて聖人のことばを噛みしめると、「あなたは、いかなるふるまいもすべし」ではなく、「さるべき業縁のもよおせば」と言われています。その結果、「いかなるふるまいもすべし」と。縁があってこそのわたしなのです。
自分一人の力で生きている人はいません。いのちは、個人の所有物ではありません。目の前のいのちだけでなく、無数のいのち・事柄と繋がって、わたしはいます。
縁をいただいて生きている。他のいのちと繋がって生きている。自分の思い・考え・願いで物事を為してきたつもりでいるけれど、自分でしようと思ってできることなどひとつもないのです。

ご縁があって
わたしたち、嬉しい出来事については、「ご縁があって」「おかげさまで」と喜びを表現できます。しかし、悲しい出来事を「ご縁で」とは言えません。でも、悲しい出来事もまた、「ご縁があって」なのです。
「嬉しい出来事」「悲しい出来事」と書きましたが、個人的・一面的には嬉しい出来事であっても、万人にとって喜ばしい出来事とは限りません。わたしにとってかけがえのないAさんとの出会いがあったとき、そのAさんと別れた誰かがいるかもしれません。あるいは、先に述べましたが、「国民のいのちを守るため」に行った行為によって、多くのいのちが奪われるという現実があります。
 さまざまな縁が寄り集まって、物事を、人生を織り成しています。「嬉しい出来事です」「悲しい出来事です」と、一面的に見ただけでは語り得ません。誰かにとって喜びの出来事であっても、そのとき同時に悲しんでいる誰かがいます。わたしの願いが叶ったとき、その犠牲になっている人がいます。悲しいことに、喜んでいるわたしは、他を傷つけていることに無自覚です。
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」と言われたとき、まだ物事を為していない、未来のことだと考えませんでしたか? しかし、縁をいただいて、今、わたしがここにいます。つまり、今に至るまでわたしは、「さるべき業縁のもよお」して、「いかなるふるまいも」してきました。聖人のことばに、わたしの姿を教えられます。

   

掲示板の人形
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