« 優しさと強さは矛盾しない | トップページ | 憎むは人の業にあらず »

2015年12月 6日 (日)

有限の中で、無限を見いだす

2015年12月6日放送「サンデ-モーニング」「風を読む」拝見
世界規模の異常気象によって、豪雨や干ばつ被害が拡大し、農業を営んで暮らしていた方々は、農業をやめ、都市部に移住します。都市部の人口が増え、食糧問題や衛生問題が深刻化します。生活の不平不満が募ってくると、その怒りは政権に向かい、暴動やテロが起こります。
かつての戦争は、石炭・石油などの燃料の奪い合いが目的でした。これからは、水の奪い合いで戦争が起こるでしょう、とも。
政界規模での異常気象は、その被害に苦しむ人々を生み出すだけでなく、争いへと発展してしまうことを教えられました。

一部の地域で起きていることではなく、日本も含めた全世界的問題です。テロ(と位置付けられる事件)が発生すると、「テロは許せない」「テロには屈しない」という側面ばかり目立ってしまいます。しかし、テロや暴動などが起こる背景には、いろいろな要素が複雑に絡み合っています。
自然環境の変化が、生き物の生活に影響を及ぼします。でも、その自然環境の変化は、人間が引き起こしているようなものです。

豪雨や干ばつによって農業が営めない、水が不足している地域に、日本は、海水を淡水に変える技術を持っている。3.11以降、今もなお原発にこだわる日本政府や経済界。しかし、自然エネルギー発生のための技術や蓄電の技術も発展しています。貧しい国や地域に提供できる技術力が、日本にはあります。また、そのような技術力を導入しようとしたり、農業技術を教えたりすることを、「日本が指導してくれるなら」と、相手に信用してもらえるのが日本でした。しかし、欧米諸国と歩調を併せて戦争をしようとする国になってしまった日本は、すでに信用を失ってしまったかもしれません。
「武力がなくて平和が築けるか!」という声も耳にしますが、武力に頼らなくても平和を築くことができる可能性を持った国が日本だったのです。理想主義だと笑われる憲法9条ですが、武力の行使をしない生き方のヒントがあると思います。

忘れてはいけない現実がもうひとつ。
日本の発展の背景には、世界の森林伐採の罪があります。安価な木材で家を建てたり、エビが大好きな日本人は熱帯地域のマングローブ林の環境破壊を進めています。自分たちの幸福・利潤追求の果てに、他国の自然を奪ってきました。また、先鋭的な技術の進歩は、その代償に温暖化に寄与してもきました。
技術力で、困っている国を救えると書きましたが、技術発展・進歩のために、困る事象を生み出しているという矛盾も引き起こしています。

みんなつながっているんだ。あらためて思う。
個人が、「自分さえよければいい」「みんなやってるじゃん」と言うのを聞いたことはあるけれど、
世界規模の事柄でみたとき、「自分さえよければいい」では済まされません。「みんながしているから(環境破壊に汲みしているから)」何をしても許されるのでしょうか?
国に生きる者が、「自分の国さえよければいい」「周りの国もやってるではないですか」と言い出すと、争いが起こる。今、現に起きていると感じています。

« 優しさと強さは矛盾しない | トップページ | 憎むは人の業にあらず »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 優しさと強さは矛盾しない | トップページ | 憎むは人の業にあらず »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ