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2015年12月12日 (土)

分からないところで・・・生きる

野坂昭如さんが、空襲と妹を餓死させた少年時代の体験を基に書いた小説『火垂(ほた)るの墓』。この名作の抜粋を読み、作者の心境を記せ-。野坂さんの娘さんが、学校でそんな課題を出されたことがあったという▼当然ながら娘さんは、父に「正解」を尋ねた。答えは、「あれはまあ、締め切りに追われて、後先なく、書いたんだけどね、特に心境といわれても」。さすがに、奥さんに「もう少し何とかいいようがあるでしょ」と怒られたそうだ▼野坂さんに言わせると、かの名作は「徹頭徹尾自己弁護の小説」なのだという。小説の「兄」は飢えて死にゆく妹のため、自分の指を切って血を飲ませるか肉を食べさせようかとまで考える。しかし、現実の自分は、かみ砕いて妹に与えるつもりの食べ物を、ついのみ込んでしまっていた▼そうして妹が死に、その体を抱き運んだときの思いなど、自分でもとらえがたい。そういう思いは、他人に百分の一も伝えられず、言葉にしたとたん、自己弁護や美化がまじってしまうもの。他人に思いを伝えるというのは、そういう厳しい営みなのだと(『忘れてはイケナイ物語り』光文社)▼野坂さんは『火垂るの墓』を読み返さず、映画化されヒットしても、悲しくなるからと、終わりまで見ることができなかったという▼八十五歳で逝った作家が言葉にし尽くせなかった「思い」を、思う。
(「東京新聞」朝刊 2015年12月11日 「筆洗」より)


「作者の心境を記せ」・・・国語の問題でよく出るけれど、作者の心境どころか、他者(ひと)の心境など分かるはずもない。自分の思いだって、「自分でもとらえがたい」のに。
さだまさしさんだったと思うけど、自分の詞(うた)が国語の問題になり、自分で解いてみたら40数点だった!!と仰っていたのを思い出しました。
「国語って、理不尽な問題を出すなぁ」と、中学・高校の頃はぼやいていたものです。

「わたしはあなたの気持ちを分かっているから」
目の前の方の心境を、分かったつもりになることの恐ろしさ。
「自己弁護や美化がまじってしまうもの」

「思い」をむりやり言葉にしなくても、
言葉にし尽くせない「思い」を抱えて生きるのもいいんじゃないかな。
自分のこころに、目の前の方に向き合っていれば

2015年12月9日 野坂昭如さん往く

(追記)
上記「作者の心境どころか、他者(ひと)の心境など分かるはずもない。」と断定してしまっているのは、私自身の生き方の表われなのかな・・・と思った深夜 私ひとり

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コメント

こんにちは。

> 「作者の心境どころか、他者(ひと)の心境など分かるはずもない。」

わからないから、こそ…、ということもありますよね。

えと、むしろ、わたしたちは、共時的な他者については、どうせ、こいつも、自分と同じアホであろう、ってことを決めつけがち。なので、ま、争いになったりする。どうせお前はこう思っているに違いないが…と、わかってしまっているつもりだから。

これが、別のまなこ、まなざし、すなわち、かつてここにおられ、すでにここを去っていかれた方々、わたしたちがもう忘れてしまったものを見ている方々から見てどうなのか? あるいは わたしたちがここを去っていったあとにここにこられる方々、私たちがまだ見ていないものを見ている方々から見てどうなのか? という、ま、疎隔ですね、私たちの理解も共感も超絶した境位というものが、人間の知性を爆発的に拡大させる。

絶対に分からないですからね。

これさえやればOKという正解がない。

問いだけがあって、正解がない。正解がない問いがある。

(解が無数にある)。

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