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2015年11月16日 (月)

今できること

私の隣にいてくれる人に

「ごめんね」

「ありがとう」

「愛してます」

の気持ちを表したい

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コメント

早いもので11月になり寒さが増して来ましたね…文永元年11月11日は念仏の信者である東条景信や念仏僧侶が日蓮様を襲い、日蓮様の弟子の鏡忍房日暁と信者の工藤吉隆 が殺され日蓮様も額を斬られ左手を骨折し重傷を負いました。ここで1つ質問ですがいきなり襲い掛かり相手の最愛な弟子と信者を殺害するというこの凶暴的な行動をどう思われますか?それもこれも皆、念仏僧侶や念仏信者が起こした殺人なのですよ!あなたはこんな念仏僧侶の先輩に付いて行きたいと思うのですか?念仏は釈迦が法華経を説く為だけに説いた仮の教えであり本懐の肝心な法華経を説いたのだからそちらを信仰してゆくべきなのです。お釈迦様は真実の正しい法華経を説く為には まず念仏や真言密教等を説かなければならなかったのです。そして漸く八年間かけて法華経を説いたのです。お釈迦様は「本懐の法華経を説いたのだから他の御経は捨てなさい」と発言されております。あなたが単なる金儲けではないなら 近くの日蓮正宗 法華講の寺をネットで探して訪ねて改宗されなさい 念仏は無間地獄へ落下する誤った宗派です南無妙法蓮華経

尚、プライバシーの為
投稿したらメアドは変更させて頂きます

浄土真宗、浄土宗は『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』に拠るもので阿弥陀仏の本願に基づき観仏や念仏によって穢土であるこの娑婆世界を去って阿弥陀仏の極楽浄 土に往生しようと願う教えですよね?お釈迦様は『無量義経』に「四十余年には未だ真実を顕さず」と説き『法華経』に「正直に方便を捨てて但 無上道を説く」と説かれ四十余年に渡って説いた諸々の経は全て法華経を説く為の仮の教えであり法華経こそが真実の教えであると説いてますよ。浄土真宗、浄土宗の所依の経典はこの四十余年に説かれた仮の教えであり未顕真実の教えです。しかも唯一真実教である法華経を「千中無一」「捨閉閣抛」と言っては誹謗する法然や親鸞、数々の念仏僧侶はお釈迦様の教えに背いてますよ。この念仏を信仰する事 は無間地獄の闇へ堕ちます!『無量寿経』に「西方浄土の阿弥陀仏が念仏を称える者を救う」と説かれているがまだその後に続きがあり「唯五逆と誹謗正法とを除く」と言われ、要するに阿弥陀仏は「正法である法華経を誹謗する者は救えない」と言ってるのですよ あなた方は本尊と仰ぐ阿弥陀仏に背いている事を知るべきです。本尊とする阿弥陀仏はお釈迦様の経典に出てくる仮の架空の仏であり実際にこの世に出て衆生を教化した事などありません。また阿弥陀仏の本願力によって臨終の後、西方極楽浄土に往生すると言うが現実の世界を穢土だと言っては嫌う厭世思想や現実逃避の思想を生み出す事になります。しかも現実に苦悩してる人々を今世で救えないのでは真実の教えとは言えない。更に念仏の僧侶である善導は西に向かって極楽往生を願い柳の木から身投げ自殺をしたが固い土の上に落ち腰の骨を折り七日七夜に苦しみ死んだという事実がある。これこそがまさに正法である法華経を誹謗した罰の姿です。この正しい法華経を広めて下さり末法のこの世を救ってるのは日蓮様なのですよ。日蓮様は善導の死について「善導と申す愚癡の法師がひろめはじめて自害をして侯ゆへに、念仏をよくよく申せば自害の心 出来し侯ぞ」と言われ、現世を厭う事を教える念仏を唱えるならば、善導と同じように自殺願望の心が生 まれると破折されています。『法華経』には「我常在此。娑婆世界」 「我常住於此」「我此土安穏」と説かれており真実の仏は常に娑婆世 界に住して教えを示され衆生を教化されるのであります。あなたが単なる金儲けではなくて真実の平和を願う僧侶ならば速やかに念仏を捨てて日蓮正宗 法華講へ改宗されなさい。※尚、プライバシーの為メアドは変更させて頂きます

☆葵原健吾さん コメントをありがとうございます
襲撃は良くないです。そうですか、そういう事実があったのですね。私が謝ることではないのかもしれませんが、先達の行い 申し訳なく思います。

教えに遇うの「遇う」とは、「素晴らしい教えに出遇えた!!」という喜びで語ることではありません。
「出遇ってしまった」ということだと思います。
悲喜こもごもということです。
出遇った教えによってお浄土に行くのか、地獄に行くのか、私には分かりません。
でも、私は、念仏の教えに出遇ってしまったのです。
法然上人 親鸞聖人について、私は念仏の道を歩みます。
それに、死後にお浄土へ往くのか 地獄に往くのかを考えてこの世を生きてはいません。既に阿弥陀の浄土にいるのですから。すべての衆生が。
南無阿弥陀仏
ご忠告をありがとうございます。

こんにちは
お久しぶり。大学時代の同級生の光太郎です。

シンプルな言葉だけれど、これらの言葉なかなか言えないよね。特に嫁さんや両親には。
そう言えば、斎藤暁紅という先輩がロサンゼルスで開教使をしていた時、南無阿弥陀仏のことを現地の子供たちに表現する際、難しい言葉じゃ分からないということでこんな風に言っていたそうです。
南無は、I'm sorry。阿弥陀仏とは、Thank you。
日本語の「ごめんね」「ありがとう」も、シンプルだけどなかなか深いものを感じます。

☆光太郎ぉぉぉぉ!!
久しぶり。って、いつ以来だ!? ちゃんと覚えてるよ!!
コメントありがとう

南無は、I'm sorry。阿弥陀仏とは、Thank you。
かぁ!なるほど!
南無阿弥陀仏をThank youというのは聞いたことがあるけど、
南無は、I'm sorry。阿弥陀仏とは、Thank you。
は初めてな気がします。
味わいたいと思います。

東京に来た際には、お寄りください。

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