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2015年11月 1日 (日)

2015年11月のことば

11月に入りました。報恩講の季節です。
今年の11月は日曜始まりの関係で、参詣させていただく報恩講が前半に固まっています。16日までに8座。2日に1日のペースです。風邪をひかないように気をつけねば(すでに風邪気味なのですが)。皆様も風邪など召しませんように。

   

2015年11月のことば
できることは 減りました
ありがとうが 増えました

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愚痴か「ありがとう」か
年を重ね、できることが減っていきます。そんなとき、愚痴が増えますか? ありがとうの気持ちが増えますか? できることが減っていく現実は変わらなくても、愚痴が増えるか、ありがとうが増えるかで、人生の内容はまったく違うものになっていきます。

同級生と、体調について話すようになりました
私、西蓮寺副住職 白山勝久は、今年44歳になりました。腰痛もちで整骨院に通っていますが、今年は腰が重くなることが多く、右足の付け根、右の膝にまで痛みが出てきました。以前のように重い物を持つことができなくなりました。墓地の枯れ花集めも、大きいビニール袋を持って、袋いっぱい集めていたものですが、それもできず、バケツに少しずつ集めています。西蓮寺で働いてくれている従兄弟の長石さんが集めてくれるので助かっています。
今年は、時期をずらして、左手と右手の中指が腱鞘炎を患い、思うように手を使えないときがありました。幸い、注射を打っただけで症状は改善し、指を動かせるようになりましたが、顔を洗うのも一苦労でした。
だんだん寒くなる時期、風邪をひきやすくなりました。のどを痛めないように気をつけているのですが、今年は早くも風邪をひいてしまいました。しかも、10月中に一週間ほど、ほとんど声が出ない状態になってしまいました。
体のメンテナンスが必要な年から、メンテナンスをしていても体調をくずすお年頃になりました。

おもしろいねぇ! 
体の不調を感じる度に、思い出す話があります。
2006年1月1日に89歳でお浄土に還られた和田稠(しげし)先生のお話です。
あるとき、先生が仰いました。
「足が曲がらなくなってね、耳が遠くなってね、おもしろいねぇ!」
そばにいた人が驚いて尋ねます。
「先生、それがおもしろいのですか?」
「えぇ、はじめての体験だからねぇ。足が曲がらなくなると、こんな生活になるのか。耳が遠くなると、こういう思いをするものなのか。はじめて分かりました。日々新しい体験をさせてもらっています。おもしろいねぇ!」
強がりで言われているのではなく、本当にそう思われてのことばです。「健康第一」とか、「今できていることが当たり前」という思いに縛られていると、体の不調や、今までできていたことができなくなるということは、許せないし、認めたくないし、おもしろいはずがありません。しかし、この世に生を受けた瞬間から、死に向かって歩みを進めているいのちです。できることが増え、やがて、できることが減っていく。いたって当然のことです。健康のままでいる、若いままでいる、死なないでいるなんているほうが  不自然です。いのちの道理から目を背けずに、自分の足を、耳を見つめられたからこそ出てきた「おもしろいね!」という声なのです。

役に立っている
40歳前後になると、「厄年」を気にする方もいます。体の不調を感じる年頃であり、それはつまり、それまで体が頑張ってきた証なのです。「厄がついた」とか「厄を払わなければ」などと言いますが、それは、今まで生きてきたいのちに対して申し訳ないのではないでしょうか。「私の足、ありがとう」「私の耳、ありがとう」そう言いながらからだをいたわってあげたいものです。
人間は、誰かしらの役に立って生きているものです。役職・役目上だけでなく、「あなたに会えてよかった」「あなたのおかげで助かっています」とか、そう思ってくれている人がいるものです。役立ってあるわたしなのです。
「しあわせ」って、「幸せ」ではなく、「仕合わせ」とも書きます。「この人に出会えてよかった」という喜びを「仕合わせ」と表現します。自分の想い通りになることを「幸せ」と考えますが、思い通りにならない人生の中で、この人との出会いに感謝!ということが「仕合わせ」なのです。
役に立っている。「厄年」などと言わず、「役年」として受け止めると、「おもしろい」のではないでしょうか。

南無阿弥陀仏とお念仏申す仕事がありました
「できることは減り」というけれど、それでも生きています。できることが減るというと、マイナスのイメージを持ちますが、いらない物が削ぎ落とされていくことなのかもしれません。削ぎ落とされて、削ぎ落とされていった結果、そこに残るのは本当に大切なこと。
「できることが減っていく身でありながら、南無阿弥陀仏とお念仏を申す仕事がありました」と語られた方がいらっしゃいます。
いのちの姿に真向かいになり、限りある人生の中で教えに、人に出会えた喜び。有り難いことが起こっている事実に目覚める。できることが減るどころか、有り難うが積み重なってわたしとなりました。その歓喜の声が「南無阿弥陀仏」。お念仏を申す仕事に出会えました。一生の仕事に出会う喜びもまた「仕合わせ」といいます。

   

掲示板の人形
坊守が買ってきた人形をイスに座らせてあげて、お念珠をかけておげました。
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