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2015年7月

2015年7月15日 (水)

知らないうちに、いろいろなことが為されている

2015年7月15日(水) 
安全保障関連法案が衆議院特別委員会で可決
(戦争法案を衆議院特別委員会で強行採決)
ぜったいに忘れられない日になってしまった。
10本もの戦争関連法案をひとまとめにして、審議は尽くしたと採決に踏み切る。
そのこと自体が異常だけれど、しかしいったいアベ首相は何がしたいのか?を考えている。

戦争がしたいのは分かるけれど、その奥にもっと何かあるような気が。
祖父の想いを成就したがっているとは、よく言われるけれど、プライベートの話を国政に持ち込むなんて。

知らずにいたことがあります。
東九州自動車道
九州の東側を通る高速自動車道
あと一区間(220メートルほどの距離)で、前線開通するそうなのですが、その区間のみかん畑の持ち主 岡本栄一さんは土地の明け渡しを拒んできました。今も事業認定の取り消しを求める裁判は係争中です。にもかかわらず、2015年7月14日、福岡県はみかん畑の強制排除に踏み切りました。
公の利益になるということで、土地の所有権はNEXCO西日本(西日本高速道路株式会社)に移っているとのこと。そのいきさつも、強制排除も、そこに住む人を無視しています。
強制排除によって土地を奪うことがもたらす禍根は、成田空港建設の際に学んでいるのでは?と思いました。
この事実を知らず、岡本栄一さんには申し訳なく想います。
そして、強制排除の執行をしたのは福岡県ですが、高速道路を作るのは、国の事業。にもかかわらず、NEXCO西日本や福岡県(その土地の行政)に面倒を押し付ける姿は、原発の問題とかぶります。国は、安全に最善を尽くした上で、原発の再稼働を進めると言います。しかし、何か起きた際の避難指示や誘導、その計画や負担は、原発立地の県にゆだねています。
口では「責任をとります」と言いながら、責任を既に転嫁している政府。
口では「丁寧な説明で国民の皆様の理解を深めるよう努めます」と言いながら、強制排除 強制採決に踏み切る政府。
誰が信用できるのだろう? 信用されると思っているのだろうか?
どうして、自民党内から、「ちょっとおかしいですよ」「それでは国民の理解が得られません」と言える人間が出てこないのだろう。朱に交わることの恐さを想う。

私は戦争法案に反対ですし、強行採決を許せません。
しかし、安全保障関連法案が必要だと考える人もいるでしょうし、その人までも否定するつもりはありません。だって、争いあう相手ではありませんから。
でも、「絶対大丈夫です」「自衛隊のリスク拡大はありません」「より理解いただけるよう、説明を続けます」という言葉が信用できる相手ですか?。

数日前、「太平洋食堂」という舞台を見てきました。
日露戦争当時が舞台。
戦争が起こると、その利益で潤う者(潤おうとする者)が出てきて、行け行け!勝て勝て!と、人が人を殺す異常事態が、日常状態になってしまいます。ひとたび戦争が起これば、利益を享受する一部の権力者のために、多くのいのちが奪われていきます。
舞台を見ていて、その恐さを感じました。また、今の日本はまさに戦争に向かおうとしている。戦争が起きてしまうと、感覚が麻痺し、今は「人殺しはダメだ!」と叫んでいても、殺される前に・・・と思考が変わってしまう(思考が停止してしまう)に違いないと想いました。戦争は、人と人とが殺し合いますが、思考をも狂わせてしまいます。
鬼気迫るお芝居でした!ではなく、現実のように想えて恐ろしくなりました。
(舞台に関わっている皆様に感謝の観劇でした)

国立競技場の問題もそう
2500億円!?
予算額もひどいですが、冷静に考えてみる。
あの独特の形状ゆえに、とくに2本のアーチにお金がかかるという。
また、「初期の見積もり時より、人件費や物資が高騰しているため」と、予算の高騰化の理由を語ります。
それにしても、お金がかかりすぎていないか?
過去数回のオリンピックや、国内の施設の建築費は、数百億円。1000億円かかることすらないのに。
つまり、だれか私腹を肥やす仕組みになっているのだろう。某首相や某副首相に関わ業者が、すでに建築に関わっているという話も聞きます。それならば、やたら張り切っているラグビー大好きな某元首相も含めて、ひとり1000億円ずつポケットマネーから出して、「これを使いな! 釣りはいらないぜ!」くらいやってくれればいいのですが。
予算額もひどいですが、建築後の毎年の赤字が20億円という試算も。
赤字になると分かっているものを、世間一般ではなかなか手を出しません。国や行政も、普段なら赤字になるものに補助金など出さないのに、国立競技場や、みかん畑の岡本栄一さんが訴える「車が1万台も通らないのに公益上のことと言えるのか!」という高速道路には、ほいほいお金を出す。国民の利益のためではなく、一部のヒトの私腹を肥やすためにやっていることが見え見えです。
その延長で戦争をやられては、たまりません。
「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」ということですが、敵は国外にいるのではなく、国内にいることがよく分かりました。

私の文章を読んだ年配の方から、「副住職は今の日本に憂いていますね」と言われてしまいました。
いや、誰もが憂うべきときだと想うのですが・・・。
SEALDsをはじめ、若い方々が声を挙げてくださっているのが心強く想います。とともに、こんな状態にしてしまってゴメンね、と申し訳なく思っています。
選挙権を18歳に引き下げたのは、「政治に無関心な若者は、自民党に投票するだろう」という読みがあったと聞きます。しかし、無関心なのではなく、自分で考えています。若者たちの、最近の動きに、政府は危機感を感じています。施行は2016年6月19日になるそうなので、今、総選挙になっても18歳19歳の方々は投票できませんが、本当に自信があるならば、小泉さんの郵政解散のように、安全保障法案解散をすることもできたはず。それをしなかったのは、党内に反対者がいないからではあるけれど、今選挙をやったら勝てないという読みがあるから。つまり、国民の空気は感じてはいるようだ。
また、7月15日に強制採決に踏み切ったのは、60日ルールの余地を残すためとも言われている。
(憲法59条の規定。法案は衆院と参院がともに可決して成立するのが基本。しかし、衆院が可決した法案を参院が受け取って、60日以内に採決されない場合は、「否決された」とみなすことができる。その際、再び衆院にて3分の2以上の賛成で可決すれば成立させることができる)
参議院で何が起こるか分からない、つまり、油断は許されないと感じていることの表われ。
本当に国民のためを想い、国民に説明を尽くすつもりがあるのならば、もっと時間をかけられるはず。急ぐのは、自身がないから。
それとも、おじいちゃんの岸信介内閣が総辞職した日(1960年7月15日)に、まるで敵討ちかのように、安全保障法案を通したかったのだろうか。もしかしたら、それだけのために強行したのかもしれない。

白山勝久拝

   

2015年7月15日
真宗大谷派
安全保障関連法案の衆議院平和安全法制特別委員会における採決を受けて宗務総長コメントを発表

2015年7月10日 (金)

山門の修復完了しました

山門修復 完了のご報告
五月の連休明けより2ヵ月にわたり、山門の修復を行って参りました。
おかげさまで 山門の修復・瓦の葺き替えが無事に終わりました。
修復期間中 ご迷惑・ご不便をおかけいたしました。ご協力いただきました皆様に感謝申し上げます。
今まで通り、山門を通り、お参りください。
2015年7月10日

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2015年7月 5日 (日)

2015年7月のことば

よしあしの文字をもしらぬひとはみな
まことのこころなりけるを
善悪の字しりがおは
おおそらごとのかたちなり       親鸞聖人

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人間はみんな優しい それなのに傷つけ合う
人間は、誰に教わるでもなく、喜怒哀楽の感情を持ち、他者(ひと)を想うこころを持っている。自然の感情やこころを表現するために、知恵や知識で考える必要はない。相手によって表情を変えたり、対応を変えたりするのは、知恵や知識が邪魔をしているのかもしれない。

 善だとか悪だとかの色分けなどしない人はみんな
 感情やこころを素直に表現できるけれど、
 知恵や知識を盾にして自分を立てる行為は、
 大うそつきがすることです。
    西蓮寺副住職訳

何のために賢くなろうとするのか
知恵や知識の否定をしているわけではありません。知恵や知識は、本来視野を広げてくれるものだと思うのですが、現実は視野を狭めているように感じます。
知恵や知識により他者を知り、理解し合えるようになりそうなものですが、そうではなく、自分の色眼鏡で善だ悪だと識別し、差別や敵視が激しくなっています。賢くなることとは、敵を作ることですか? 結果、孤独になることですか?

知恵や知識は、感情やこころを超えたものを作り出しました。多くの人がいいなと思うのですが、やがてその恐ろしさに気付きます。感情やこころは警鐘を鳴らすのですが、知恵や知識が邪魔をします。頭を使いながら、思考が停止しています。

伝えたい 聞きたい 人と人が向き合える
親鸞聖人(1173~1262)から数えて本願寺8代目の蓮如上人(1415~1499)は、親鸞聖人のおしえを広め伝えるために250通を超える「御文(おふみ)」(お手紙)を書かれました。親鸞聖人のおしえのエッセンスが詰まったお手紙です。
蓮如上人が書かれた「御文」を、字を読める方が声に出して読み上げます。それを聞く方々は、蓮如上人の想いが、親鸞聖人のおしえが、阿弥陀如来の誓願が、身に響きます。自然と頭が下がり、手が合わさり、南無阿弥陀仏の念仏が口から出ます。生きることの不安が、「御文」の響きによって、生きる力となりました。そのことは、現代(いま)に念仏が伝わっていることが証明しています。
孤独にこころ震えていた人びとが、「御文」の響きによって、独りではないということを感じる。
現代、容易に情報が入り、知恵や知識を得ようと思えばいくらでも身につけられる時代。人は、ますます不安に陥り、恐怖心を抱き、他者を責め、孤独になる。おかしなものです。

より処なく生きているわれら
「芬陀利華(ふんだりけ)」(川上清吉作詞/山田耕筰作曲)という仏教讃歌が聞こえてきました。

 よしあしの 間(はざま)をさまよい
 より処(ど)なき 凡夫(ただびと)すらや
 みほとけの 誓いをきけば

自分の色眼鏡で善だ悪だと識別し、さまよっている。自分を肯定するために、知恵だ知識だ地位だ権力だと、当てにならないものを頼りとして生きている。そんな、当てにならないものを頼りとして生きている凡夫(ただびと)であるわたし。そんなわたしでさえ救うと誓われた阿弥陀如来。あぁ、その誓いを聞くことができたなら(おしえに出会えたならば)。

自分を愛すること
詩人・吉野弘さんの詩「奈々子に」に出遇いました。

 自分を愛することをやめるとき
 ひとは
 他人を愛することをやめ
 世界を見失ってしまう。

「自分を愛すること」って、自分が可愛いとか、自分が正しいなどという自己陶酔ではない。自己陶酔からは、他人を愛する気持ちは生まれない。それが現代(いま)のわたし。賢くなって、大切なものを見失っている。いや、賢くなったつもりになって、大切なものを見失っていることにも気がついていないのかもしれない。
現代の知恵や知識は、答えを求めるけれど、答え(と思っているもの)を抱き、世界を見失っている。答えではなく、問いを持ち続けていると、いろいろなものが見えてくる。さまざまなことを感じられる。わたしが他を愛するよりずっと前から、わたしは他から愛されているということを教えられる。そうすると、自分を愛さずにはいられない。
答えを持って賢くなるのではなく、問い続ける中で、自分の中にあるまことのこころに出遇う。

   

今月の人形
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鸞恩(らんおん)くん

「今月のことば」のブログを見て、「あれ?、掲示板が違う!」と感じられた方は、当ブログ通 いつもご覧いただき、ありがとうございます。
山門修繕の関係で、いつもの掲示板にことばの貼り替えができなかったので、もうひとつも掲示板にはりました(西蓮寺には、3つ掲示板があります)。
この掲示板には人形を置くスペースがないので、磁石で吊せる人形をさがしたら、鸞恩くんと目が合いました。


2015年7月 2日 (木)

「太平洋食堂」上演

祝「太平洋食堂」再開店! 日露戦争開戦の年、和歌山県新宮の医師・大星誠之助はレストラン「太平洋食堂」をオープンする。へそ曲がりの誠之助は、戦争景気に湧く町内で「太平なる海に平和の灯を浮かべ万民が共に囲む食卓」を作ろうとした。 同じ頃、嫌われ者の僧・高萩懸命はブツブツと飢えながら葛藤していた。「何故、人には上下の区別があるのか?」そこに牧師と若衆が加わって、町内は上を下への大騒動。 「大日本帝国アブナーイ!」しかし時代は苛烈な運命へと雪崩落ちる。平成26年度文化庁芸術祭優秀賞受賞・メメントCが送る「大逆事件」を巡る演劇!期間中、自由・平等・博愛が食べ放題! ライフ・イズ・ショート! ラブ&ピース! 見んとあかんよ、売りきれ御免!! (「太平洋食堂」のサイトより引用)

   

<太平洋食堂開催趣旨>  演劇「太平洋食堂」は、太平洋の大海原に向けて開かれた新宮・熊野の地を舞台に、医師の大石誠之助、僧侶の高木顕明、牧師の沖野岩三郎ら明治に生きた信念の自在人の願いと挫折を描いた群像劇です。

主人公の一人高萩懸命のモデルとなる高木顕明師は、新宮の真宗大谷派浄泉寺の住職として赴任して以来、親鸞聖人の精神を生きるとはどういうことか、日々の生活の中で問い模索し続けた僧侶です。日露戦争に際し非戦を唱え、公娼設置に反対し、被差別部落の門徒の痛苦に同苦しようと生活をなげうって共に生きようとした解放運動の先達です。ところが国策に追随した宗門は、顕明師のような真摯な僧侶を宗門から追放し、その家族や門徒に大きな悲しみを強いてきました。

大谷派は1996年4月に、当時の宗門が国家に追随して行った師への無慈悲な処分と、それを長年に渡り放置してきた罪責を深く慚愧し、顕明師や家族、門徒の方々へ謝罪を表明し、処分を取り消しました。それ以降、宗門の近代史の検証と、その罪責に応答せんとする歩みを続けてまいりました。今回の上演もその取り組みの一貫としてあります。

百年余の時を経た今、私たちの社会はまさに五濁悪世(ごじょくあくせ)の様相を深めております。この時代に、ともに生きあえる社会の実現を願って、新宮の地で平和や自由を渇望し、敢然と生きた人々の歩みを訪ねたいと思います。

演劇「太平洋食堂」で出会う彼らの非戦と自由・平等・博愛の尊い言動は、生きる喜びと意義を見失って苦悩する私たち現代人にとって大いなる道しるべとなるのではないでしょうか。

『太平洋食堂』上演実行委員会
真宗大谷派(東本願寺)
真宗大谷派のサイトより引用)

2015年7月1日(水)~5日(日) 東京 「座 高円寺」にて
2015年7月10日(金)11日(土) 大阪 難波別院にて上演されます。

本日(2日)、「座 高円寺」に観劇に行ってきます。

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