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2015年5月

2015年5月22日 (金)

安全保障関連法案に対する宗派声明発表

真宗大谷派
安全保障関連法案に対する宗派声明」が発表されました

   

2015年5月21日更新 

安全保障関連法案に対する宗派声明発表

このたび、国会に提出された「安全保障関連法案」に対し、真宗大谷派では5月21日、宗務総長名による宗派声明を発表しました。

日本国憲法の立憲の精神を遵守する政府を願う
「正義と悪の対立を超えて」

私たちの教団は、先の大戦において国家体制に追従し、戦争に積極的に協力して、多くの人々を死地に送り出した歴史をもっています。その過ちを深く慙愧する教団として、このたび国会に提出された「安全保障関連法案」に対し、強く反対の意を表明いたします。そして、この日本と世界の行く末を深く案じ、憂慮されている人々の共感を結集して、あらためて「真の平和」の実現を、日本はもとより世界の人々に呼びかけたいと思います。
私たちは、過去の幾多の戦争で言語に絶する悲惨な体験をいたしました。それは何も日本に限るものではなく、世界中の人々に共通する悲惨な体験であります。そして誰もが、戦争の悲惨さと愚かさを学んでいるはずであります。けれども戦後70年間、この世界から国々の対立や戦火は消えることはありません。
このような対立を生む根源は、すべて国家間の相互理解の欠如と、相手国への非難を正当化して正義を立てる、人間という存在の自我の問題であります。自らを正義とし、他を悪とする。これによって自らを苦しめ、他を苦しめ、互いに苦しめ合っているのが人間の悲しき有様ではないでしょうか。仏の真実の智慧に照らされるとき、そこに顕(あき)らかにされる私ども人間の愚かな姿は、まことに慙愧に堪えないと言うほかありません。
今般、このような愚かな戦争行為を再び可能とする憲法解釈や新しい立法が、「積極的平和主義」の言辞の下に、何ら躊躇もなく進められようとしています。
そこで私は、いま、あらためて全ての方々に問いたいと思います。

「私たちはこの事態を黙視していてよいのでしょうか」、
「過去幾多の戦火で犠牲になられた幾千万の人々の深い悲しみと非戦平和の願いを踏みにじる愚行を繰り返してもよいのでしょうか」と。

私は、仏の智慧に聞く真宗仏教者として、その人々の深い悲しみと大いなる願いの中から生み出された日本国憲法の立憲の精神を蹂躙する行為を、絶対に認めるわけにはまいりません。これまで平和憲法の精神を貫いてきた日本の代表者には、国、人種、民族、文化、宗教などの差異を超えて、人と人が水平に出あい、互いに尊重しあえる「真の平和」を、武力に頼るのではなく、積極的な対話によって実現することを世界の人々に強く提唱されるよう、求めます。
 
2015年5月21日
              
真宗大谷派(東本願寺)宗務総長 里雄康意

2015年5月13日 (水)

小さき声のカノン

鎌仲ひとみ監督作品
小さき声のカノン」観てきました。
福島原発事故後、懸命に生きている人びとの姿を映したドキュメンタリー
久しぶりに福島のお母さんたちに会えました(映像を通して)
自分で悩み、自分で考え、自分で動き、人びとと共に生きている人の姿があります。
泣きながら観てきました。

東京の上映館は、渋谷アップリンクです。
ぜひご鑑賞ください。

2015年5月11日 (月)

西蓮寺山門修復始まりました

東日本大震災の際、山門に歪みが生じていました。その後、地震や強風による振動・雨雪の影響を受け、いよいよ修復が必要な状態となってしまいました。
5月の連休が明け、山門を完全に封鎖しての修復が始まりました。7月中旬頃までの予定です。
修復期間中に参詣の際は、駐車場より出入りください。ご迷惑をおかけ致しますが、ご協力のほどよろしくお願い致します。

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2015年5月 7日 (木)

光と影は別々のものではなくて、同時にあるもの

三池炭鉱、八幡製鉄所など8県23件で構成する「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録される見通しとなった。

技術革新、富国強兵。歪んだ資本主義。近代化には光と影が複雑に入り交じる。光のみを喜び、影を忘れるのではなく、両方を見る。知る。考える。「遺産を受け継ぐ」とはそういうことであろう。

〔「東京新聞」2015年5月6日(水) コラム「筆洗」より〕

(「明治日本の産業革命遺産」の名称となる前、「九州・山口の近代産業遺産群」の名称で、関係自治体が国内の暫定リストを作成していました。その頃には、労働者視点も盛り込まれていたはずなのに、「明治日本の産業革命遺産」に名称を変え、その推薦書では「非西洋地域で最初の産業国家としての地位を確立したこと」が強調されている)
強制労働を理由に登録に反対している韓国政府には「負の歴史も込みの遺産だ」と説明すべきだが、現政権にそれができるだろうか。「徴用は第二次大戦中の話」などという文部科学相の反論を聞くと、先が思いやられる。近代化には必ず犠牲が伴う。そのこともお忘れなく。

〔「東京新聞」2015年5月6日(水) 「本音のコラム」斎藤美奈子さんより〕

2015年5月 6日 (水)

音楽で思いを伝えたい

Ayakaさん(21)にとって戦争の話は重い。フィリピン人の母から、旧日本軍の「蛮行」を聞いて育ったハーフだから。戦時中、フィリピンは住民虐殺などで大きな傷を負った。
母とフィリピンを訪れた時の印象は違った。インフラ整備などに日本が協力し、今の関係が良好と分かってうれしかった。
両国にルーツを持つ自分だからこそ、被害と加害、友好と敵対、関係が一変する戦争の実像を伝えられるかもしれないと思った。

 ◇

アジア諸国を踏みにじったあの戦争が終わって70年。Zinさん(43)は近年、改憲の露払いをするように、一部の展示館や教科書で加害の歴史が「自虐的」とされ、書き換えられていくことにも不安を覚える。
戦争を体験し、平和を守る努力の大切さを身をもって知る世代も減っていく。
「ぼくたちの世代の責任はますます大きい。若い人たちが曲を聴いて、あの時代に何があったのか興味を持ってほしい」と願う。

〔「東京新聞」2015年5月6日(水) 「平和つなぐ」 ロックバンド パラドックストリガーさん より〕

2015年5月 5日 (火)

人々の権利を抑え込む「壁」を打ち倒す

「壁を倒すのに必要なのは、耳と声」

「憲法には、断固たる戦争との決別の思いが託されている。不戦の誓いこそ至高にして、最大の防御」

浜さんは「怒ることを覚えてほしい」と若者に願う。壁を打ち破るには、自分の思いを萎縮せず表現し、みんなで声をあげること。

〔「東京新聞」2015年5月5日(火) 「平和つなぐ」 浜矩子さん より〕

2015年5月 4日 (月)

おかしいなと思ったことは、おかしいなと言わないと

「何の変哲もない昨日までと同じ普通の日常が何よりの幸せ」

「学のない私でも平和について今まで以上に日々真剣に考えるようになりました。明日も考えます」

「戦争の悲惨さを知る材料を、子どもたちの手の届く距離に置いておきたい」

〔「東京新聞」2015年5月4日(月) 「平和つなぐ」 高田延彦さん より〕

2015年5月 3日 (日)

私たちは憲法に守られてきた

普通に暮らしていた人たちが、理不尽な暴力と死に直面する。それが美輪さんが体験した戦争の正体だった。だから、「国民を守る」「国を守る」という耳当たりのいい言葉で、改憲の議論が進むことにいら立ちを隠せない。
「改憲して戦争に参加できるようにって、どうして学習能力がこんなにもないのか」
そんな政治家を舞台に立たせたのは、国民の選択だった。そのことをもう一度考えてほしいと美輪さんは歌い、語り続けている。
「無辜の民衆が戦争に狩り出されるのではない。選挙民に重い責任があるのです」

〔「東京新聞」2015年5月3日(日) 「平和つなぐ」 美輪明宏さん より〕

(注)「無辜(むこ)」・・・罪のないこと

2015年5月 2日 (土)

2015年5月のことば

子どもは 誰かといっしょのとき ひとりになれる
                   D.W.ウィニコット

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D.W.ウィニコット
D.W.ウィニコットはイギリスの児童精神分析家。小児病院に40年にわたり勤務し、豊富な臨床経験から乳幼児の母子関係理論を発展させた。
生後1年を迎える頃、乳児は母親のそばで、自由に生き生きと探索活動をすることができるようになる。時に行く手に何か不安を感じるような事態が生じると、すぐに母親の元に戻り、不安を低減することができる。つまり、母親を心の安全基地として利用することができる。母親の姿が見えなくなると、泣き叫んだり、探し求めたりするが、母親が戻ってくれば喜びを全身で表現し、たちまち元気を取り戻すことができる。これは、良好な愛着行動が形成されていることを示している。このような愛着行動から、基本的信頼感という内面的な発達課題の達成の一面をうかがい知ることができる。
ウィニコットは、毛布・タオル・ぬいぐるみなど乳幼児が特別の愛着を寄せるようになる主に無生物の対象を移行対象と呼び、こうした対象は、母子未分化な状態から分化した状態への「移行」を促すとした。
(参考)
 『心理学 キーワード辞典』(オクムラ書店)
 『ライフサイクルの臨床心理学』(培風館)

安全基地
乳幼児は、その成長過程で母親を「安全基地」として捉え、やがて、毛布・タオル・ぬいぐるみなどをよりどころとして、乳離れを果たしてゆく(ですから、ぬいぐるみなどへの愛着を切り離さないであげてください)。
乳幼児・こどもの頃は、なにかしら自分の「安全基地」を設定し、信頼関係を築き、発達してゆく。「安全基地」のおかげで、「ひとりになれる」。
でも、こどもに限った話ではありません。おとなになって自立・独立しても(したと思っていても)、誰もがなにかしら自分の「安全基地」を持っているものです。

携帯電話への友人の登録件数や、SNSの友達の数。その数の多さに人は安心を求めるという。友達からのメールやメッセージにすぐに返信しなければ嫌われると怯え、あるいは返信が遅い場合には腹立ちを覚える。気遣いを要する友達です。誰かといっしょでありながら、ひとりになりきれない現実があります。
こどもの頃は、ぬいぐるみなどが移行対象であり欠かせないものとなります。おとなは、誰もが必要としている(そう思い込んでいる)ツールに振り回されています。実は、わたしの想いに振り回されているだけなのですが。

わたしの想いを土台とした安全基地の不安定さ
ウィニコットのことばに出遇い、「誰かといっしょ」とは「阿弥陀如来といっしょ」であると、自分に都合のいいように考えていました。
こどもは、「安全基地」に対して無条件の信頼を持ちます。しかし、年を重ねると、自分の好みや条件を突きつけて「安全基地」を持ちます。揺れ動くわたしの想いを土台として基地を建てても、たやすく崩壊してしまいます。「安全基地」が安全であるはずがありません。
「誰か」を「阿弥陀如来」と位置付けても、それは阿弥陀如来ではなく、自分の欲望の写し絵。「信じていますから」「篤く信仰しているのに」「神も仏もないものか」と期待や愚痴や不満がでるものが、「安全基地」であるはずがありません。
生きていれば、期待や愚痴や不満は噴出するもの。それらが噴出した暗闇の中に放り出され、どうしていいのか分からなくなったわたしを、ギュッと抱きしめてくれていたのが阿弥陀如来。

温もりを感じた ひとりではなかった
年を重ね、経験を積み、自立しているように思っても、それは勘違いであり思い上がり。わたしをわたしにするために、どれだけの人(いのち)の想いや手助け、そしてギュッと抱きしめてくれている願いがあったことでしょう。そのことに無自覚で生きることは、自立ではなく孤立。
「阿弥陀如来」が「安全基地」なのではありませんでした。自分の都合で「安全基地」を設定していた、わたしの思い上がりがポキッと折れたとき、今までギュッと抱きしめ続けてくれていた温もりを感じます。

暗闇の中 
安心して「ひとりになれる」
ずっと誰かといっしょだから

   

掲示板の人形
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こどもに「かぶとを折って」とせがまれ、何十年ぶりに折り紙でかぶとを折ろうとしたら・・・折れませんでした。
折り紙の本を開いて、折り折り。ふ~む、忘れているものですね。
調子にのって、いくつか折って、ジジとネコバスにかぶせてあげました

ジジにかぶとをかぶせようとしたとき、人形の箱にジジが見当たらないので、「ジジはどこ?」とこどもに聞いたら、「ジィジは、本堂にいたよ」という返事。
いや、「ジィジじゃなくて、ジジです」

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