寺報2014年9月号
ブログとは別に、ペーパーメディアの寺報を毎月発行しています。
毎月1日にアップしているのは、寺報の本文です。
本文とは別に、思ったことを書き綴っているページがあります。コラム欄というほどの内容でもないのですが。
そちらのページをアップすることは無いのですが、今月は思うところがあってアップします。
(以下、2014年9月の寺報より)
夏 お盆 初盆 ご法事
海 山 川 プール
公園 お祭 ラジオ体操
暑さにバテる大人をよそに
元気いっぱい汗をかいている子どもたち
知らない子とだって
たまにしか会わない子とだって
子どもたちは思いっきり遊んでる
仲が良いから? 意見が合うから?
そんな大人のチマチマした世界ではなく
誰彼かまわず遊ぶ子どもたち
自分の世界を押し殺したり 相手の顔色をうかがったり
そんな大人の駆け引きなんて
子どもたちには関係ない
個々に自分の世界を持ったまま
それでいて他の世界とも融合している
誰もがそんな時代(とき)を生きていた
(以上、2014年9月の寺報より)
夏、子どもたち(自分の子どもだけでなく、公園にいる子どもたち)が遊ぶ姿を見ていて、不思議なことに気がつきました。
子どもたちは、声をあげながら楽しそうに遊んでいます。複数人で仲良く遊んでいるのですが、よく見ると、それぞれがバラバラなことをしているような
今、こっちの子と遊んでいたと思ったら、いつの間にか違う子と遊んで、また前の子と遊び始めたり、
一緒に鬼ごっこをしているのだけど、ひとりは水をくみ始め、ひとりは水鉄砲で遊び、ひとりは泳ぎ始め、でも、鬼ごっこは鬼ごっこで成り立っている。
それぞれが それぞれの思いで動いているのに、場が成り立っている。子どもたちすげぇと感動しました。
まさにバラバラでいっしょ
子どもたちのおかげで上記の寺報が書け、前回前々回にアップした「それぞれ」「青色青光」を書くに至りました。