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2013年12月

2013年12月31日 (火)

2013年の雑感帳(ノート)より

2013年大晦日を迎えました。
今年も、当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。投稿の頻度が減り、申し訳ありません。
「年々、時間が経つのが早くなるねぇ」なんて、師走の挨拶のようなことを言うつもりはありませんが、今年はホント転がるように月日が経っていった気がします。特に下半期。あっという間でした。以前、10年日記をつけていると書きましたが、読み返すと、なんじゃこりゃぁなスケジュールです。“忙しい”と表現できるような内容ではないのですが、ここがお寺の不思議なところで、毎日何かしらあるのです。
書きたいこと(感じたこと)はたくさんあって、ブログに書く前の雑感帳(ノート)には、思ったことを書き殴ってはいるのですが、ブログにまで辿り着きませんでした。
今年最後の投稿です。

 

原発反対、秘密保護法反対のデモに出かける年でした。
まさか自分の生涯において、国会議事堂前に何度も足を運ぶようになるとは思いませんでした。
挙げ句の果てに、テロリスト呼ばわりされてしまいました。でも、言うべきことは言わねばならないと思うので、テロリストでけっこうです。

原発反対、秘密保護法反対と書きましたが、
自分の正義を貫こうとするとき、そのとき同時に、傷つく誰かがいることを忘れてはいけません。
本気で原発こそ必用なエネルギーだと考えている人もいることでしょう。生きるために原子力発電所の現場で身を粉にして働いている人もいます。原発反対を訴えることは、そういう人の仕事を奪うことにもつながります。

あるいは、「お前は原発や秘密保護法のことばかり言うけれど、他にも沖縄の問題・TPPの問題・他国で起きている戦争のことなど、他にも“言うべきこと”はたくさんあるだろう」と思われる人もいることと思います。当然です。言うべきことは、尽きません。でも、出遇ったところで、関わっていくことしかできないのだと思います。
社会的(と言われること)なことのみならず、自分の日常生活においても、様々な問題がつきまとっています。
生きるとは、大変なことです。

『週刊金曜日』を読んでいたら、落合恵子さんが、「今の日本は、秘密保護法が通ってしまったり、大変な時代を迎えている。関心を持って反対を叫んでいる人は、いいのです。恐ろしいことに、無関心な人が大勢いるのです。関心を持つ人間だけが、権力者に向かって叫ぶのではなく、そういう無関心な人に届く声を、私達は届けなければいけない。そういう声は、どういう声だろうか」というようなことを書かれていました(読んだ私における要約です)。
私も、政治や社会問題には、ハッキリ言って無関心でした。落合恵子さんが嘆くところの、無関心・他人任せな人でした。でも、そんなことを言ってられる時代ではないと、悲しい想いを持っています。

でもね、行動を起こすって、人間のいろいろな面が見えてくるのです。
例えば、原発反対の人間が集れば、同じ方向を見られるかといえば、そういうわけにもいかないのです。同じことを訴える者が集っても、もめるのです。反対だけではない、推進の側もそうでしょう。
家庭のことだけ見たって、一緒に住んでいるんだから、仲良くしていればいいのに、うまくいかないことって、たくさんあるでしょ。
デモに参加していると、そういう空気の違い(反対の人が集っているのに、その中で喧嘩していること)をチクチク感じるのです。「あれ、なんで こっちでもめてるんだろう」って。仲良しばかりが良いわけではないし、意見の違いを闘わせてこそ、よりよい活動・結果に結びつくこともあるから、意見の違いそのものは大切だと思うのです。でも、そこで喧嘩しちゃいけないよ…ってところで衝突している空気を感じてしまいます。

 

それから、これは私自身の性格の問題なので、どうしようもないのですが、
原発反対を叫ぶ人は、「電力は足りているから」ということを根拠にし、
秘密保護法反対を叫ぶ人は、「表現の自由が奪われるから」ということを根拠にする(そういう理由ばかりではないけど)。
そこに違和感を感じるのです。
「じゃぁ、電力が足りなかったら、原発は認めるの? 表現の自由が確約されたら、秘密保護法はOKなの?」と思ってしまうのです。
そこを根拠にしてしまうと、結局自分の利益(りえき)を踏まえた上での、意思表示に過ぎないと思うのです(そんなこと言ったら、個々の訴えとは、個々の想いに立った意思表示なのですが)。つまり、反対も賛成も、中身は同じなのです。
私は、たとえ電力が足りなくても、原発はあってはいけない。たとえ表現の自由が確約されても、秘密保護法は成立させてはいけないものとだと考えています。その背景にあるのは、「目の前に人がいる(いのちがある)」ということです。いのちを前にすると、いのちを蝕む原発や、いのちどうしを死に至らしめる戦争を起こすきっかけとなる(戦争が起きようとしていること・戦争が起きていること)を隠す法案は、あってはならないと考えています。
格好つけだ!! 詭弁だ!! と怒られることでしょう。でも、それが私の活動の根拠なのです。ひねくれ者なのです。すみません。

 
 
正義を立てると、傷つく他者がいると書きました。
そのことを、何も時の為政者だけに向けていっているのではありません。

いや、言ってもいますが。
たとえば、いじめっ子と言われる人たちが、いじめと思われる行為を指摘されたときに、「いや、ただふざけていただけです」「仲が良いから、やったんです」などと言うように、「国民の生活のため」「国を愛するから」などと言い放つ為政者の正義に恐怖心を感じます(『ONE-PIECE』でいうところの、海軍元大将赤イヌの正義です。『ONE-PIECE』をお読みでない方、すみません)。

今年は、「正義」について、よりいろいろと考えた(感じた)年でした。ネット社会と呼ばれる昨今、ネット上におけるいじめや犯罪、他者への誹謗中傷が増えてきました。結局、発信者は簡単に分かってしまうのですが、犯人や誹謗中傷した主を捕まえてみると、とてもそんなことしそうな人ではないと聞きます。ネット上だから、ばれないだろう、みんなもやっている、実際に人を殺めているわけではないから等々、大人しい人までも気を大きくさせてしまうのが、ネットなのかもしれません。
そんな時代を反映してか、元々人間というものが持っている性質なのか、自分の正義を盾に、その正義を逸脱するものへの攻撃が激しかったように感じます。

フィギュアスケートの安藤美姫選手が赤ちゃんを出産されたニュースの折り、
現役のスケート選手が妊娠出産なんて、スケート協会はどんな教育をしているんだ!という苦情があったと聞きます。あるいは、父親を公表しないことに対する怒りや苛立ちなども報道されていました。
確かに、現役ゆえに、妊娠出産により競技ができないことによって迷惑を被る人がいるのかもしれません。しれませんが、その前に、いのちが誕生しているのです。お母さんも子どももいのちがけで頑張ったのです。そのことを祝福できない正義って何だろう?
「迷惑を被ったけど、それはそれ。なによりも、おめでとう」って言えないのかな。

秋の園遊会において、山本太郎議員が、天皇陛下に、福島の現状を知ってくださいと、手紙を渡したニュース。
「失礼だ」「不躾だ」「不敬だ」「国会議員としてあるまじき行為だ」「天皇の政治利用だ」等々、よくもそれだけ文句が出てくるなと思いました。山本議員の行為以前に、山本議員が嫌いという根っこがあるからなのでしょうね。私は、一生懸命になればなるほど不審を買ってしまうところが自分に似ていて、彼を応援しています。
だからといって、助け船を出しているつもりはありません。確かに、山本議員がとった行動は、議員という肩書きを持つ者がしていい行動ではないようです。しかし、にも関わらず、福島の現状を知ってください、原発の危険性を知ってください、と天皇陛下に訴えたのは、それほどの状況(危機)が、今現に起きているということの表われです。福島の人々・避難をされている人々だけの話ではなく、54基もの原発がある地震大国日本において、今現に危機の最中にいるのです。一議員の若気の至りではなく、誰もが身をもって震えていなければならないはずの現実を、彼は表出してくれているのです。鈍感な私達に。

「自分の正義を盾に、その正義を逸脱するものへの攻撃が激しかったように感じます」
たとえが、伝わりづらかった(突飛だった)でしょうか?
余談ですが、私の文章をよく読んでくれている妻と某先輩から、「“起承転結”の“転”が転がりすぎていて、文章のつながりがおかしい」と、今年は指摘されました。「あ、よく読んでくれているから、そういうことが言えるんだなぁ」と、感謝です。直さなければいけない部分ですが、自分の中では理路整然と転じているので、なかなか直らないかもしれません。先に謝っておきます(余談ここまで)。

 

自分の正義を立てる前に、
自分の正義で他者(ひと)を責める前に、
目の前にいる人(目の前にあるいのち)が何を表現・表出してくれているのかを、感じる心をもっともっと養わなければいけません。

典拠を忘れましたが、ある生物学者さんが、「人間は、危険を察知する能力を失ってしまった」と書かれていました。そう思います。危険・危機のみならず、他のいのちの息吹を(に)感じるこころを失っています。
「絆」とか「輪」と言うけれど、それが大事だと思うのならば、息吹を感じるわたしでありたい。
正義は、誰もが一人ひとり自分の正義を持っています。正義の間違いに気付けとか、正義を疑えなんてことを言おうとしているのではありません。
だって、どの正義が本当に正しいのか、どの正義が本当の正義なのかなんて分かりません。
だって、「私の正義が間違っていました」という所に立って物言えば、それもまた正義を盾にしていることになります。
だって、時代や環境によっても正義は変わります。そのことを先の大戦前と中、大戦中と後の転換で思い知ったはずなのに、またそのような時代を訪れさせようとしているのですから、悲しいのです。

 

只今12月31日午前5時
このブログを書く前、年賀状を書いていました(遅い!!)
新聞の投書で、「“子どもの写真の年賀状” ”結婚しました年賀状”はつらい」というものがありました。
その気持ちはよく分かります。私なりにいろいろあって、そういう年賀状がつらいときがありました。でも、つらいのは、わたし自身のことなのです。年賀状をくださる方(友)は、見せびらかそう・うらやましがらせようと思って、年賀状をくれるわけではありません。
「あなたは、今はそういうことがつらくなくなったから、“わたし自身のこと”とか言えるんだ」と思われるかもしれません。しかし、そういうわけではありません。他者(ひと)の幸せを喜べる人になったとか、そういうことでもありません。本質としての私は、何も変わっていません(と、思います)。
いつの頃からか、他者(ひと)の結婚、子どもの誕生・成長を喜べない自分自身がつらくなりました。自分の環境がつらいのではなく、そんなこころの持ち主のわたし自身がつらくなりました。
そんなこころの持ち主であることに気付いたとき、わたし自身のつらさを感じたとき、ふっとこころが楽になりました。私を取り巻く環境も、わたし自身も、まったく何も変わっていません。でも、何かが大きく変わりました。
(つぶやき 「雨の日には 雨に日にしか見えない景色があります」)

自分の正義で年賀状を見たら つらいかもしれませんが、相手の息吹を感じながら(無機質なものからだって感じられます)年賀状を見たら、「つらいけど、それはそれ。なによりも、おめでとう」って想えるのではないでしょうか(「つらいけど」って、ついているところが大事)。

(年賀状の話ついでに、こちらもお読みいただければ幸いです
   →「そういう考え方もあるんだなぁって気持ちでお読みください」)

 

2014年を迎える前に、2013年中に書きたかったことを綴りました。
ブログになのに長文になってしまいました(これでも、書きたいことの一部です)。
最後までお読みいただき、感謝です。ありあとうございます。

暮れに、「良いお年を!!」「良い年をお迎えください」「良い年でありますように」って挨拶をしますよね。
でも、今年の暮れは想うのです。「良いお年を!!」って、他人任せじゃないか?って(「良いお年を」の「良い」って何だ? という想いもあるけれど、それを言い出すと、ますます長文になるので、やめておきます)。
「良いお年を!!」ではなくて、「良い年にしましょう!!」って声をかけています。自分で頑張って生きましょう。他者(ひと)のせいにしないで。
他力(阿弥陀さま)に包まれているからこそ、自力を尽くせます。

今年もありがとうございます。
来年もよろしくお願い致します。

みなさま、2014年を 良い年にしましょう!!

2013年12月19日 (木)

反省

ただいま、年賀状を作っています。
デジカメで調子に乗って子どもたちの写真を撮りまくっているけれど、年賀状に使えそうな写真(ベストショット)がない
一方、枚数は少ないけれど、妻のカメラには、子どもたちの自然な笑顔がたくさん写ってる。

私に撮影の腕がないと言ってしまえば それまでだけど、それだけではない気がする。
子どもたちからすれば、いい写真を撮ろう撮ろうと構えているパパよりも、基本写真を撮ろうとしていないママの方が、笑顔を向けやすいはず。
妻は、子どもたちを見ている。
私は、被写体を見ている。
そういう違い(私も子どもとして見てはいるけれど)が、写真の違いとしてハッキリ写し出されるんだろうなぁ。

やっと寺報(2014年1月号)が書き終わって、年賀状に着手。これから家族のと、お寺の年賀状を作らなければ…。

2013年12月13日 (金)

都合が悪くなったら、どこかに行ってしまうことでしょう

「僕のことは何も知らなくていいから、僕のこと愛して! 好きになって!!」

特定秘密保護法案を強行に成立させ、
愛国心を強要する
ある国の責任ある立場の方

「あなたのことを愛しているから」とは言わない。

2013年12月 8日 (日)

第185回臨時国会における「特定秘密の保護に関する法律」の成立についての宗務総長コメント

2013年12月 1日 (日)

2013年12月のことば

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如是我聞(にょ ぜ が もん)
私の中に 新しい世界が生まれてきました

このように、私は聞きました
お経は、「如是我聞」あるいは「我聞如是」で始まります。
「このように、私は聞きました」という意味になります。
お釈迦さまがお亡くなりになった後、お釈迦さまのお説法が散逸しないように、異なって伝わることのないように、教典の編纂会議が開かれました。その編纂会議のことを「結集(けつじゅう)」といいます。結集の中心には、お釈迦さまのお話を一番聞いたといわれる 阿難(アーナンダ)尊者が選ばれました。「多聞第一」のお弟子さんと言われています。
阿難尊者は、自分が聞いてきたお釈迦さまのお話を、一字一句 漏らさず語ります。その語り出しが「このように、私は聞きました」なのです。
「お釈迦さまは、このように仰いました」ではなく、「このように、私は聞きました」と、述懐される阿難尊者。そこには、大きな違いがあります。「ある偉い人が、こういうことを言っていました」という言い方は、偉い人が言っていたから「へぇ~、そうかぁ」と頷いているだけで、ことばが自分の胸に突き刺さったわけではありません。他人事です。「このように、私は聞きました」というのは、お話をどのように受け止めたかということを、聞いた者の責任として語り出しているのです。ことばが自分の胸に突き刺さり、まさに自分事として受け止めた告白なのです。

私の中に 新しい世界が生まれてきました
今年の西蓮寺報恩講にて、ご法話の海法龍住職が、ある中国人留学生のお話をしてくださいました。
その留学生は、仏教徒ではないので、仏教の素養はありませんでした。でも、「『如是我聞』ということばを知っていますか?」と尋ねたところ、「えぇ、知っています」と応えました。
先に書いたとおり、「如是我聞」とは、「このように、私は聞きました」という意味です。しかし、その留学生は…
「えぇ、知っています。『私の中に 新しい世界が生まれてきました』という意味です」と応えたのです。ことばの持つ世界を、広く深く表現されたことばだなぁと感じました。

「わかる」とは「かわる」ということ
わたしは、他者(ひと)の話を自分得手に聞き、自分に都合の良いように受け止めてしまいます。そんなわたしが、「このように、私は聞きました」と言った場合、それは自分に理解できる範囲で受け止めただけのことです。自分の中で何の変化もないのに、「このように、私は聞きました」と言っても、それは報告に過ぎません。
お話を聞いて「わかった」と言えるのは、お話を聞いただけのこと。そのときはスッキリしているけれど、そのまま忘れてしまいます。
お話を聞いて、「納得出来ない!」とか「どういうことだろう?」とか、何かこころの中に引っかかることがあったとき、その想いは種となります。そして、人生において壁にぶつかったとき、「以前の私なら 納得出来なかったけれど、今ならわかる!」「あっ、あのときのお話は、こういう意味があるのかな?」と、種から芽が出る瞬間(とき)が、いつかきっとあります。
子どもの時は、親や大人の声を素直に聞けなかったけれど、自分が大人になったとき、その声の意味がわかることがあります。年を経て、自分がかわり、わかることがあります。
公共の場で泣く赤ちゃんに、「うるさい、親は何をやっているんだ。泣き止ませろ!」と赤ちゃんの存在を受け入れられないほど、現代はイライラが貯まっています。自分も赤ちゃんだったのに。そんな当然のことに想いが至れば、その空間は柔らかくなります。自分の想いがかわれば、目の前にいる人と場を共有している自分であるということがわかります。

私には4才と2才の娘がいます。絵本を読み聞かせてあげたくて、長崎にあります童話館と、落合恵子さん主宰のクレヨンハウスの、毎月絵本が届くサービスを利用しています。
本屋さんで絵本を買う方法もあります。しかし、それでは親の好みで絵本を選ぶことになってしまいます。親が納得いった絵本、面白いと思った本ばかりを、子どもたちに押し付けることになります。
童話館とクレヨンハウス、それぞれのスタッフさんが絵本を選び、読者の声を聞いて、さらに試行錯誤を重ねて絵本を選んでくださっています。つまり、親の好みに関係なく、自分では手に取ることもなかったであろう絵本との出会いがあるわけです。
自分ではない誰かが、子どもたちの笑顔を想像しながら選んでくださった絵本。自分の好み(わかる)を超えた絵本が届くたびに、子どもたちだけでなく、親にも新しい発見(笑顔)を届けてくれます。
理解できるということも大切ですが、自分の理解を超えたものとの出遇いは、新しい発見と芽生えがあります。

やまない雨はない でも…
最近、想うことがあります。
つらい思いをしている人、困難な状況に置かれている人に、「やまない雨はない」とか「明けない夜はない」とか「冬を越えれば春が訪れます」という励ましのことばがあります。
でも…晴れても、また雨は降ります。夜が明けて日が昇っても、また日は沈みます。冬を越え、春が訪れ、夏を迎え、秋を感じ、 また冬はやって来ます。
雨の日に晴れを求め、闇夜の晩に夜明けを待ち望み、厳しい冬の寒さの中で春を思い描く。しかし、夜は夜・雨は雨・冬は冬なのです。実際の夜・雨・冬は、時が経てば確実に移りゆきます。しかし、人生における夜・雨・冬は、いつまで続くのかわかりません。
雨の日には雨の日の過ごし方(生き方)があります。家に留まったり、雨宿りをしたり、傘を差したり。自分の思い通りのことはできないかもしれないけれど、雨をしのがせてくれるものが、ちゃんとあります。闇夜の晩には、ほのかな灯明が。寒さ厳しい冬には、湯呑み 一杯のお茶でさえもからだを暖めてくれます。
傘を差していても、濡れることはあります。ほのかな灯明よりも、朝日の方がからだを目覚めさせてくれます。湯呑み一杯のお茶よりも、春の訪れこそ心身共にワクワクさせてくれます。そんなことはわかっているのです。でも、晴れを、夜明けを、春を期待するあまり、既に手にしている大切なものを見失ってはいないでしょうか?
教えを聞くということは、「あなたが手に持っているものは何ですか?」という呼びかけを聞いているのかもしれません。「あっ、こんなに大切なものを手にしていたんだ」という発見があります。大切なものが見つかったら、私の中に、新しい世界が生まれてきました。

   

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