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2013年8月

2013年8月27日 (火)

戦争を知らないやつら

門徒さんから手書きのお手紙をいただきました。いつもありがとうございます。
その文中、田中角栄元首相のことばが書かれていました。
あぁ、そういうことを感じていたんだなぁと思いました。


「戦争を知っているやつが世の中の中心である限り、日本は安全だ。
戦争を知らないやつが出てきて日本の中心になったときが怖いな」

 
世代交代そのものは、避けられないことです。時を経れば、戦争を知らない人ばかりの世になります。戦争を繰り返しさえしなければ。
しかし、戦争を知っている人は、伝えるべきものは伝えてゆかなければいけません。
戦争を知らない人は、伝えられた者の責任として、伝えられた話に出遇った者の責任として、戦争が起こらないように努めねばなりません。聞いたおしえを、次の世代に伝えなければなりません。


今の首相は、初の戦後生まれの首相だったかと記憶していますが・・・
戦争を知らないやつが出てきて、日本の中心になったときが怖いな

2013年8月25日 (日)

2013年 夏 出遇ったことば

2013年夏 広島・長崎の平和祈念式典を見ていると、オリバーストーン監督に会うことができました。
「アメリカの原爆投下によって戦争は終結し、そのために多くのいのちが救われた」 そう信じてきた(信じ込まされてきた)監督が、実はそうではないのではないか。アメリカは間違っているのではないかと思うようになり、歴史を学び治し、アメリカの過ち・現代の日本の姿に対する危惧を、語ってくださっています。大切な気づきを、オリバーストーン監督からいただいた夏です。
以下、オリバー・ストーン監督が、2013年8月6日に原水爆禁止世界大会の広島会場で行ったスピーチです。

私は安倍氏の言葉を信じていない

今日ここにこられてうれしい。初めて広島に来たが、この2、3日、特に皆さんも出席されたと思うが今朝の平和記念公園での式典を見て強く心動かされた。よくできた式典だった。日本人の良心を証明するような式だった。このすばらしい記念式典は「日本人」の性質をよく表していたと思う。

しかし、今日そこには多くの「偽善」もあった。「平和」そして「核廃絶」のような言葉が安倍首相のような人の口から出た。でも私は安倍氏の言葉を信じていない。そして、この場にいる、歴史をよく知る人々は、安倍氏を信じないという私の言葉に同意してくれると思う。私は今67歳だが、歴史学者のピーター・カズニックと共にこの70年に渡るアメリカ帝国のストーリーを書き直した。

第二次大戦で敗戦した2つの主要国家はドイツと日本だった。両者を並べて比べてみよう。ドイツは国家がしてしまった事を反省し、検証し、罪悪感を感じ、謝罪し、そしてより重要な事に、その後のヨーロッパで平和のための道徳的なリーダーシップをとった。

そのドイツは、60年代から70年代を通してヨーロッパで本当に大きな道徳的な力となった。平和のためのロビー活動を行ない、常に反核であり、アメリカが望むようなレベルに自国の軍事力を引き上げることを拒否し続けてきた。2003年、アメリカがイラク戦争を始めようというとき、ドイツのシュローダー首相は、フランス、ロシアとともにアメリカのブッシュ大統領に“No”を突きつけた。

一方、第二次大戦以来私が見た日本は、偉大な文化、映画文化、そして音楽、食文化の日本だった。しかし、私が日本について見る事の出来なかったものがひとつある。それは、ただのひとりの政治家も、ひとりの首相も、高邁な道徳や平和のために立ち上がった人がいなかったことだ。いや、ひとりいた。それは最近オバマ大統領の沖縄政策に反対してオバマに辞めさせられた人だ。

みなさんに聞きたいのは、どうして、ともにひどい経験をしたドイツが今でも平和維持に大きな力を発揮しているのに、日本は、アメリカの衛星国家としてカモにされているのかということだ。あなた方には強い経済もあり、良質な労働力もある。なのに、なぜ立ち上がろうとしない?

私が1968年に兵士としてベトナムを離れたとき、これで世界は変わると思った。新しい時代が始まると思った。これで米国のアジアに対する執着は終わりになると思った。しかし、アフガニスタン、イラクでの壊滅的な戦い、それにクウェートを加えた中東での冒険のあと、米国はオバマの陰部とともにアジアに戻ってきた。北朝鮮は関係ない。北朝鮮はただのナンセンスなカモフラージュだ。本当の目的は中国だ。第二次大戦後にソ連を封じ込めたように、中国に対する封じ込めこそが目的なのだ。

第二次大戦後、米国はソ連を巨大なモンスターにしたてあげた。中国はいまその途上にある。つまり米国の「唯一の超大国」の立場を脅かすもうひとつの超大国にしたてあげられようとしている。今は大変危険な状況だ。

オバマはヘビのような人間だ。ソフトに語りかけはする。しかし無慈悲な人間だ。台湾に120億ドルもの武器を売り、日本にステルス戦闘機を売る。日本は世界第4位の軍事大国になっている。それを「自衛隊」と呼ぶのはかまわないが世界4位の軍事大国であることに変わりはない。

日本より軍事費が多いのは米国、英国、中国だけだ。日本をそういうふうにした共犯者はアメリカに他ならない。日本は米国の武器の最大の得意客なだけでなく、アメリカの行なったクウェートやイラクでの戦争の戦費の支払いをしてくれた。

今年、戦争がアジアに戻ってきた

よく聞いてほしい、アメリカは、こんなことを言いたくはないが、いじめっ子なのだ。日本が今直面している恐ろしい龍は中国ではなく、アメリカだ。4日前、私は韓国の済州島にいた。韓国は上海から400kmのその場所に最大の海軍基地を作っている。韓国は済州島の世界自然遺産の珊瑚礁を破壊して巨大な海軍基地を作っている。そこは、中国に対しては沖縄よりも前線に位置する。その意味では沖縄よりも危険な場所だ。その軍港には世界最大であらゆる核兵器を搭載する空母ジョージ・ワシントンが停泊できる。そこから出て行って中国のシーレーンを制圧しようというのだ。

韓国と日本が牙を磨き、フィリピンも米軍にスービック湾の基地を戻し、南のシンガポールと新しく同盟を結んだオーストラリアにも海兵隊が駐留する。それに台湾と、もと敵国のベトナムまでもが加わって、中国に対抗する。それにミャンマー、タイ、カンボジア、さらにインドもこれに加わろうとしている。これは大変危険なことだ。NATOが防衛同盟としてスタートしながら、攻撃のための同盟に変化したようなことと全く同じ事がここで起ろうとしている。

今年、戦争がアジアに戻ってきた。オバマと安倍は相思相愛だ。安倍はオバマが何を欲しがっているか知っている。なかでも尖閣諸島について、私にはコメントしようがない。あんなものを巡って戦う気が知れないが、それなのに戦う価値があるように言われている。

問題は、日本のナショナリズムの精神が、安倍やその一派の第二次大戦に関する考え方、特に中国での南京虐殺や韓国の従軍慰安婦問題などから発する馬鹿げた言説とともに復活しつつあることだ。

いま皆さんは核兵器廃絶が大切だとお思いだろう。しかし、このポーカーゲーム(危険な賭け事)はアメリカ主導で軍が展開して急速に進んでいる。アメリカは世界の73%の武器を製造しては売りさばいている。ロシアと中国を除いて世界のほとんどの爆弾を作っている。無人攻撃機、サイバー兵器、宇宙戦争用の武器も含まれる。

核兵器などは、アメリカが戦争に使う兵器のごく一部でしかない。米国は世界の歴史上最強最大の軍事国家なのだ。どう思いますか、みなさん。これに対して怒りを感じてほしい。私が怒っているのと同じように、皆さんにも怒ってほしいのです。

われわれは、この本と映画に5年の歳月をかけて、みんなに、とくに若い世代に、この危険と、米国の傲慢について分かってもらおうとしてきた。米国は「唯一の超大国」であろうとするためにますます暴君ぶりをエスカレートさせ、世界中にアメをなめさせ、無実の人を刑務所に入れ、消し、ファイルを秘匿し、盗聴し、永遠の監視国家たろうとしている。ご存知かどうか知らないがジョージ・オーウェルが(『1984』で)このことをうまく言いあらわした。

これが今世界に起っている事だ。日本は、悪事に加担している。もう一度言おう。ベトナム戦争の後、みなさんは戦争の危なさを知って、これがアジアで最後の大きな戦争になると思ったはずだ。でも、もう一度戦争がある。

ここでみなさんには、ドイツがヨーロッパでしたように、立ち上がって反対の声を上げてほしい。日本はかつて戦争に負け、広島、長崎その他でひどい目にあった。その悲しみを糧にして強くなり、繰り返し戦争を起こして日本と世界に痛みを与えてきたバカ者どもと戦ってほしいのです。

どうもありがとうございました。

(2013年8月6日 原水爆禁止世界大会 広島会場でのスピーチより 翻訳:萩原一彦氏)

2013年8月24日 (土)

とりあえず扉を開けてみよう

「でも・・・」
「でも・・・」
「でも・・・」

「だーっっ もう さっきから聞いてりゃ でも でも でもと!!  
“でも”が100個揃えば開く扉(ドア)があればいーが はっきり言って
ねーよ そんなドア!!」

〔漫画『3月のライオン』 羽海野チカ3巻より 
  主人公 桐山零君(「でも・・・」の子)と、高校の先生との会話より〕


今風に言えば、
「今でしょ! 今!!」
といったところでしょう。

たしかに、先送りにしていることって、いざ取りかかると、すぐに出来てしまえたりする。どうしてサッサとやってしまわなかったんだろうって思うことがある。
そういう意味では、「今でしょ! 今!!」なのだけど、どうして「今」やらないのかを探ると、
「でも、でも、でも」と、先送り・言い訳・立ちすくみしている自分がいることに気付かされる。

「でもポイント」がいくつ貯まっても、何も手に入りません。
「でもポイント」が貯まると共に、やるべきことやストレスは貯まっていきます。
だけど、先送りできる「やるべきこと」って、実はやらなくてもいいことなのかもしれません。

羽海野チカさんの『ハチミツとクローバー』『3月のライオン』何度読んでも、泣けます(自分のこころを映し出されます)。

 

2013年8月23日 (金)

ねっ、私を信じて!!

「悪いようにはしないから」って、悪い奴のセリフだよね。

 
NHK朝ドラ 「あまちゃん」より 喫茶店マスター甲斐さんのことば。
含蓄のある ことば だなぁと思いました。

 
「国民のみなさまのため」って、・・・

2013年8月15日 (木)

非核非戦の誓い

終戦の日
長崎教務所・非核非戦の碑にお参り
灼熱の太陽 今夏以上の暑さ熱さに苦しんだ人々がいることを想う
南無阿弥陀仏

非核非戦の誓い

非核非戦の誓い

2013年8月 9日 (金)

目を覚ませ!!

原爆が投下された日時
 広島 8月6日 午前 8時15分
 長崎 8月9日 午前11時 2分

両日とも、妻と娘たちとテレビの前に座り、祈念式典を見ました。
広島市長 長崎市長の声は、被爆された方々の叫びであり、福島の人々の願いのように聞こえました。
安倍首相の耳に届いただろうか。
安倍首相の挨拶は、声に出した内容よりも、触れず語らずの部分に、「なにを考えているか」「なにをしようとしているか」が潜んでいるような気がしました。それだけに恐ろしいです。
いっそ、「こういうことを考えています」とハッキリ言ってくれた方が、批判も賛同も、ハッキリした形で現われるだろう。しかし、ハッキリ語らず、解釈を歪めて自分たちのやりたいことを推し進めている現状は、もはや戦前戦中と同じなのではないだろうか。
 
NPT(核不拡散条約)再検討会議の準備委員会で、日本政府は核兵器の非人道性を訴える共同声明に賛同しなかった。
その理由は、共同声明中の『いかなる状況下でも核兵器を使用してはならない』という部分が、日本の安全保障政策と合致しないからだそうな。
「核兵器は、いかなる状況下でも使用してはならない!!」と、日本だからこそ訴えなければならないのに。日本だからこそ訴えられるのに。
   
広島の原爆死没者慰霊碑には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれています。
原爆によりいのちを奪われた方々に、同じ過ちをくり返さないと、堂々と言える世の中ではなくなってきました。
(今日の文章を書くに際し、この碑文に対する苦情・論争が多々あることを知りました。過ちを繰り返さない主体者がハッキリしないと。つまりは、原爆を投下したアメリカということをハッキリ書けということなのでしょうが。生きとし生けるもの全員が、戦争という過ちを繰り返さないという決意表明であると思うのですが。このような苦情があることに、驚きと悲しみを感じました)
  
以前、ブログで紹介したことばを思い返していました。

おねがいです、おとうさん、おかあさん
どうか、やすらかに眠らずにいてください。
いつまでも、花と、花を愛する人間のために
鐘を鳴らしつづけてください。
生きのこったものへの、鞭となって、
むしろ鞭のような花となって
生きつづけてください。

長崎に投下された原爆で、4人のお子さんを亡くされ、戦後、亡き子どもたちを想い、日本人形を集め続けられたご夫婦がいました。
このことばは、そのご夫婦のお墓の側面に刻まれていることばです。

戦争の、原爆の被害を受け、いのちを終えていった人々がいます。
戦後68年。戦争や原爆の恐怖を、身をもって体験された人々が年々減っています。
長崎市長は今年の平和宣言で、今を生きる中高生に、戦争体験者の声を聞ける最後の世代ですと呼びかけていました。直接に声を聞くことができるという意味では、確かに残された時間があまりありません。しかし、いのちを生き尽くしていかれた人々の声に、声なき声に、耳を澄ますことはできます。聞き続けていかなければいけません。
そうです、戦争・原爆、そして原発によりいのちを奪われた人々は、警鐘を鳴らし、鞭をしならせ、私達に訴えかけ続けているのでした。
目を覚ませ!! と

2013年8月 1日 (木)

2013年8月のことば

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生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀弘誓のふねのみぞ
のせてかならずわたしける

             親鸞聖人

願いの船に乗せて
今月のことばは、親鸞聖人のご和讃「高僧和讃(龍樹和讃)」よりいただきました。

(試訳)
 人生という苦しみの海に際限はありません
 本来ならば、久しく沈みきったまま人生を生きるわたしたちを
 阿弥陀如来の、生きとし生けるものをすくいたいという、船にたとえられる願いは、
 苦海に沈むわたしたちをその船に乗せて、
 浄土にむけて、必ず人生の苦海を渡らせてくださるものであったのです。

「生死の苦海」の「生死」とは、生と死を意味しますが、人生におけるあらゆる悩み苦しみを含みます。その悩み苦しみの多さ・大きさを「海」にたとえ、人生における悩み苦しみ全体を「生死の苦海」と表現しています。生死の苦海に、ほとり(際限)はありません。

生死の苦海 一切皆苦
親鸞聖人は、人生を「生死の苦海」と言われました。
お釈迦さまは、人生を「一切皆苦」と説かれました。「一切すべてが苦である」と。
身も蓋もない表現かもしれませんが、事実です。かといって、「苦しみばかりの人生である」ということを説かれているのではありません。

想像してみてください
「いのち」は、時間を越えて、連綿と続きます。始めも分からないほど昔から、終わりも見えない未来まで。いわば、縦のつながりです。
  
「ひかり」は、空間を際限なく広がります。ひかりが広がるかのように、私達は、同時代を生きる者どうし、つながって生きています。いわば、横のつながりです。

「いのち」と「ひかり」、縦と横のつながりが交差する中に、わたしは誕生し、生きています。生きとし生けるものすべて、「いのち」と「ひかり」を生きています。
「いのち」と「ひかり」が交差する中を、誰もが生きています。たとえば、私という交差点がちょっと動いたとします。悩み苦しみによる涙でも、つらい現実に対する怒りでも、目標が達成できた喜びでも、何でもいいので、ちょっと動いたと想像してみてください。すると、私だけがちょっと動くだけでは済みません。その動きは、他にも影響します。動きが伝わります。波紋が広がります。
悩み苦しみによる涙を流すとき、その原因になった他者(ひと)や出来事があったことでしょう。でも、一緒に涙を流してくれる他者もいます。
つらい現実に対して怒るとき、その発端となった他者や出来事があったことでしょう。でも、一緒に怒りを表わしてくれる他者もいます。
目標を達成できた喜びを、一緒に喜んでくれる他者がいます。しかし、私が目標を達成できたために、目標を達成できなかった他者がいるのかもしれません。
私のちょっとの動きでも、私ひとりでは収まりません。私の動きに先立って、他者の動きがありました。ひとつの動きは次の動きを呼び、その動きはしだいに広がってゆきます。
喜怒哀楽…私が喜ぶとき、一緒に喜んでくれる他者がいる。でも、私が喜ぶ同じ時、怒りを感じている他者がいるのかもしれない。私が哀しいとき、一緒に哀しい想いを感じてくれる他者がいる。でも、私が哀しむ同じ時、楽しい想いをしている他者がいるのかもしれない。喜怒哀楽は、自己完結の感情ではなく、同時に他者と共有しているのです。
「いのち」と「ひかり」が織物のように織り巡らされている中を生きるということは、お互いに影響を与えながら生きているということ。そのような現実を指して、お釈迦さまは「一切皆苦」と、親鸞聖人は「生死の苦海」と言われました。
お互いに影響を与えながら生きている、迷惑をかけ合いながら生きている。この、厳粛なる人生模様に目を向けずに生きるということは、私の足元を見ずに生きるということです。

苦の自覚とは、生の自覚
「他者(ひと)に迷惑をかけてはいけません」とは言うけれど、迷惑をかけ合い(影響を与え合い)ながら生きているのがわれら。
「子や孫に迷惑をかけないように生きています(死んでいきたいと思います)」と言いながら、「私は迷惑をかけずに生きています」ということを誇っているとしたら、あなたの周りにいる人は、あなたを迷惑がっていることでしょう。迷惑をかけないことを目指すのではなくて、迷惑をかけている現実を感じながら生きていたい。そのことはつらい現実です。でも、その感じるこころがあってこそ、「一切皆苦」を自覚できます。
つまり、「一切皆苦」も「生死の苦海」も、「人生って、つらく悲しいものなのですよ」なんてことを、わざわざ声を大にして言っているのではなく、「お互いにつながりを持ちながら生きているのです」ということを教えてくださっているのです。

すべてがあって、私がある
だからといって、「つながりに感謝」とか、「つながりがあるから、生きてゆける」などと、プラス思考的なことを言おうとしているのではありません。認められない、赦せない、出会いたくなかった「つながり」を、誰もが抱えているものです。そのような「つながり」に、感謝の気持ちなど湧きません。でも、でも、その「つながり」があってこその、私なのです。「つながり」の何ひとつ欠けても、私はありません。そのつらさもまた、「一切皆苦」の意味するところなのかもしれません。

絶望の中に見い出される希望
「一切皆苦」だからといって、生きることがつらいだけの人生なのか、生きる意味のない人生なのか。そうではありません。
恩師の広瀬 杲(たかし)先生が、ご法話中にポツリと言われたことばが思い起こされます。
「人間ね、絶望できれば楽なんですよ。でも、絶望なんか出来ないんです。まだ希望を持ち続けているんです」
「一切皆苦」「生死の苦海」だからといって、絶望の人生というわけではありません。私達は、絶望の中にも希望を見い出して生きています。いえ、私達に願いがかけられているからこそ、その願いに向かって歩み出せるのです。
「いのち」と「ひかり」が交差する大海原を、われらは生きています。しかし、方向を指し示すものがなければ、その大海原で迷い沈んでしまいます。お釈迦さまや親鸞聖人のおしえに出遇うということは、自分の力で泳いでいるつもりでいたけれど、実は阿弥陀の船に既に乗っていた! その真実に目覚めるということなのです。

生きとし生けるものすべてをすくいたいという、阿弥陀如来の「ねがい」。「いのち」と「ひかり」が交差する大海原に浮かぶ「ねがい」という船に、私はすでに乗っているのでした。だからこそ、「一切皆苦」「生死の苦海」を、いのちを尽くして生ききることができるのです。南無阿弥陀仏

   

(雑記)
毎月1日発行の寺報が今月で通算180号になります。丸15年書いてきました。
15年書いてきて(書いてきたからこそ)やっと感じられたことを、今月は表現しました。
「15年かかってこの程度?」「なんか、違くない?」などと言われるかもしれませんが。
教えに触れるとは、自分と向き合うことです。
“書くこと(語ること)は、自分を見つめること”なのだと、痛感しながら書いてきました。
自分で自分を傷付けながらの15年です。
さて、懲りずに、まだ傷付け(書き)続けるつもりです。

   
   

    
掲示板の人形
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数年前に沖縄で、目力に惹かれて買ったシーサーたち(ゴーヤに乗っています)。

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