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2013年8月 1日 (木)

2013年8月のことば

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生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀弘誓のふねのみぞ
のせてかならずわたしける

             親鸞聖人

願いの船に乗せて
今月のことばは、親鸞聖人のご和讃「高僧和讃(龍樹和讃)」よりいただきました。

(試訳)
 人生という苦しみの海に際限はありません
 本来ならば、久しく沈みきったまま人生を生きるわたしたちを
 阿弥陀如来の、生きとし生けるものをすくいたいという、船にたとえられる願いは、
 苦海に沈むわたしたちをその船に乗せて、
 浄土にむけて、必ず人生の苦海を渡らせてくださるものであったのです。

「生死の苦海」の「生死」とは、生と死を意味しますが、人生におけるあらゆる悩み苦しみを含みます。その悩み苦しみの多さ・大きさを「海」にたとえ、人生における悩み苦しみ全体を「生死の苦海」と表現しています。生死の苦海に、ほとり(際限)はありません。

生死の苦海 一切皆苦
親鸞聖人は、人生を「生死の苦海」と言われました。
お釈迦さまは、人生を「一切皆苦」と説かれました。「一切すべてが苦である」と。
身も蓋もない表現かもしれませんが、事実です。かといって、「苦しみばかりの人生である」ということを説かれているのではありません。

想像してみてください
「いのち」は、時間を越えて、連綿と続きます。始めも分からないほど昔から、終わりも見えない未来まで。いわば、縦のつながりです。
  
「ひかり」は、空間を際限なく広がります。ひかりが広がるかのように、私達は、同時代を生きる者どうし、つながって生きています。いわば、横のつながりです。

「いのち」と「ひかり」、縦と横のつながりが交差する中に、わたしは誕生し、生きています。生きとし生けるものすべて、「いのち」と「ひかり」を生きています。
「いのち」と「ひかり」が交差する中を、誰もが生きています。たとえば、私という交差点がちょっと動いたとします。悩み苦しみによる涙でも、つらい現実に対する怒りでも、目標が達成できた喜びでも、何でもいいので、ちょっと動いたと想像してみてください。すると、私だけがちょっと動くだけでは済みません。その動きは、他にも影響します。動きが伝わります。波紋が広がります。
悩み苦しみによる涙を流すとき、その原因になった他者(ひと)や出来事があったことでしょう。でも、一緒に涙を流してくれる他者もいます。
つらい現実に対して怒るとき、その発端となった他者や出来事があったことでしょう。でも、一緒に怒りを表わしてくれる他者もいます。
目標を達成できた喜びを、一緒に喜んでくれる他者がいます。しかし、私が目標を達成できたために、目標を達成できなかった他者がいるのかもしれません。
私のちょっとの動きでも、私ひとりでは収まりません。私の動きに先立って、他者の動きがありました。ひとつの動きは次の動きを呼び、その動きはしだいに広がってゆきます。
喜怒哀楽…私が喜ぶとき、一緒に喜んでくれる他者がいる。でも、私が喜ぶ同じ時、怒りを感じている他者がいるのかもしれない。私が哀しいとき、一緒に哀しい想いを感じてくれる他者がいる。でも、私が哀しむ同じ時、楽しい想いをしている他者がいるのかもしれない。喜怒哀楽は、自己完結の感情ではなく、同時に他者と共有しているのです。
「いのち」と「ひかり」が織物のように織り巡らされている中を生きるということは、お互いに影響を与えながら生きているということ。そのような現実を指して、お釈迦さまは「一切皆苦」と、親鸞聖人は「生死の苦海」と言われました。
お互いに影響を与えながら生きている、迷惑をかけ合いながら生きている。この、厳粛なる人生模様に目を向けずに生きるということは、私の足元を見ずに生きるということです。

苦の自覚とは、生の自覚
「他者(ひと)に迷惑をかけてはいけません」とは言うけれど、迷惑をかけ合い(影響を与え合い)ながら生きているのがわれら。
「子や孫に迷惑をかけないように生きています(死んでいきたいと思います)」と言いながら、「私は迷惑をかけずに生きています」ということを誇っているとしたら、あなたの周りにいる人は、あなたを迷惑がっていることでしょう。迷惑をかけないことを目指すのではなくて、迷惑をかけている現実を感じながら生きていたい。そのことはつらい現実です。でも、その感じるこころがあってこそ、「一切皆苦」を自覚できます。
つまり、「一切皆苦」も「生死の苦海」も、「人生って、つらく悲しいものなのですよ」なんてことを、わざわざ声を大にして言っているのではなく、「お互いにつながりを持ちながら生きているのです」ということを教えてくださっているのです。

すべてがあって、私がある
だからといって、「つながりに感謝」とか、「つながりがあるから、生きてゆける」などと、プラス思考的なことを言おうとしているのではありません。認められない、赦せない、出会いたくなかった「つながり」を、誰もが抱えているものです。そのような「つながり」に、感謝の気持ちなど湧きません。でも、でも、その「つながり」があってこその、私なのです。「つながり」の何ひとつ欠けても、私はありません。そのつらさもまた、「一切皆苦」の意味するところなのかもしれません。

絶望の中に見い出される希望
「一切皆苦」だからといって、生きることがつらいだけの人生なのか、生きる意味のない人生なのか。そうではありません。
恩師の広瀬 杲(たかし)先生が、ご法話中にポツリと言われたことばが思い起こされます。
「人間ね、絶望できれば楽なんですよ。でも、絶望なんか出来ないんです。まだ希望を持ち続けているんです」
「一切皆苦」「生死の苦海」だからといって、絶望の人生というわけではありません。私達は、絶望の中にも希望を見い出して生きています。いえ、私達に願いがかけられているからこそ、その願いに向かって歩み出せるのです。
「いのち」と「ひかり」が交差する大海原を、われらは生きています。しかし、方向を指し示すものがなければ、その大海原で迷い沈んでしまいます。お釈迦さまや親鸞聖人のおしえに出遇うということは、自分の力で泳いでいるつもりでいたけれど、実は阿弥陀の船に既に乗っていた! その真実に目覚めるということなのです。

生きとし生けるものすべてをすくいたいという、阿弥陀如来の「ねがい」。「いのち」と「ひかり」が交差する大海原に浮かぶ「ねがい」という船に、私はすでに乗っているのでした。だからこそ、「一切皆苦」「生死の苦海」を、いのちを尽くして生ききることができるのです。南無阿弥陀仏

   

(雑記)
毎月1日発行の寺報が今月で通算180号になります。丸15年書いてきました。
15年書いてきて(書いてきたからこそ)やっと感じられたことを、今月は表現しました。
「15年かかってこの程度?」「なんか、違くない?」などと言われるかもしれませんが。
教えに触れるとは、自分と向き合うことです。
“書くこと(語ること)は、自分を見つめること”なのだと、痛感しながら書いてきました。
自分で自分を傷付けながらの15年です。
さて、懲りずに、まだ傷付け(書き)続けるつもりです。

   
   

    
掲示板の人形
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数年前に沖縄で、目力に惹かれて買ったシーサーたち(ゴーヤに乗っています)。

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コメント

素晴らしい言葉をありがとうございます。
毎月の言葉が楽しみで仕方ありません。
私みたいに楽しみにしている方もいらっしゃると思います。
これからもどうぞ宜しくお願いします。

☆Kさん コメントをありがとうございます
先月・今月のことば(文章)は、「きついことを言っているかもしれないなぁ(でも、真実だし)」と思いながら綴りました。評価・反応を気にして書くことは一切ありませんが、
「私みたいに楽しみにしている方もいらっしゃると思います。」
と仰っていただけたこと、正直こころに しみました。ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。

こちらこそありがとうございます♪
お返事頂いて嬉しいです。
かつさんの言葉はいつもありがたくて、自分自身を
見直せる事ができます。
きついなんて思った事もないです。
私はふらふらーとここにたどり着いて1年くらい
になります。過去のブログは全部読ませて頂いて
感動しました。
きっと仏様が出会わせてくれた縁だと思います。
それだけでも本当に感謝です。
九州は暑い日が続いてます。
かつさんもお体気をつけて下さいね。

☆Kさん こころにしみるコメントをありがとうございます
Kさんは、九州にお住まいでいらっしゃいますか?
九州のどちらでしょう?
ちなみに、坊守(母)は長崎の出身です。

私も楽しみにしてます。

http://doubousyakai.com/data/doubousyakaisassi.pdf

『どう見るかという以前に何を見るかということの中にもすでに選択があります。目に入っても見えていないということはいくらでもありますし、見えていても知らん顔をすることもある。注目していくかということで、目に入るものが違っていきますからね。 そもそも自分が何にどう注目していくかということで、目に入るものが違っていきますからね。』p.24

そこに、他の方から、話を聞いていたから、見える、ということもあると思います。

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