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2013年6月25日 (火)

普遍的であり、一人のためのもの 一人のためのものであり、普遍的⑤

タイトル:悩みに対する万能薬

友人と話していて、このようなことを言っていました。
「便秘や下痢になった場合、
西洋医学では、便秘に対してはこれ、下痢に対してはこれ、と、症状に対応した薬を処方する。
けれど、
東洋医学(漢方)は、便秘と下痢といった正反対の症状であっても、体の悪いところを治すという観点から、同じ薬を処方する。
症状に対応した薬の方が治りは早いけれど、またいつか(薬の効果が無くなればすぐにでも)、症状が現われてしまう。
ピンポイントの症状に対応するのではなく、体の悪いところを治しておけば、治療に時間はかかるかもしれないけれど、治った後、症状は出にくくなる」
 
私の記憶のままに書きました。事実誤認があればお許しください。
さて、この話を聞いて、今、自分が考えていること(6月21日~24日の投稿)がピタッと当てはまりました。
友人とは、「今、自分が考えていること」について話していたわけではありません。まったく別の、関係のない話をしていたのですが、ものごとは関連を持っているゆえ、こころの中でパズルのピースがはまったような気がしました。
 
悩みを抱えるあなたは、
悩みを聞いてもらいたくて、その悩みにピンポイントでの答を求めます。あるいは、応えてくれる人を求めます。
たしかに、答や応えてくれる人の発言がピタッと当てはまれば、すぐに悩みが晴れることもあるでしょう。
しかし、生きていると、次から次に悩みは起こります。
そのたびに、答を求めたり、応えてくれる人の元を訪ねます。
それをくり返していると、自分で解決する、視点や考え方を変えてみる、悪いのは周りではなくて自分だったのではないかと考え直してみる…そういう力が失われてしまいます。同じ薬を飲み続けていたら、効果が薄くなるように。
厄介なことに、せっかく悩みに応えてくれる人・話を聞いてくれる人に出会えたとしても、この私の根性は、そんな有り難い出会いを、自ら崩してしまいます。自分が納得できる応えをしてくれるうちは、「あぁ、この人は分かってるなぁ。やさしいなぁ。頼りになるなぁ」と、頷けます。でも、どんなに長いことお世話になった人でも、たった一度でも、自分の考えに合わない応えや厳しいことばをかけられると、「この人はダメだ」と見限ってしまいます。薬を飲み続けているから、病気が落ち着いているのに、「もう治った」「この薬じゃダメだ」と素人判断で薬をやめて、症状を悪化させてしまうことがあるように。
 
たとえ、悩みにピンポイントで答えられたことばでなくても、応えてくれない人でも、
ことば(おしえ)に聞き続け、人との対話を楽しみ、人の話を聞くということを大切にしていると、
すぐに悩みを解消するものではなくても、
悩みそのものに応えたものでなくても、
悩みを抱える状態になったそのときに、自分で解決しようと試みる、別の視点や考え方をしてみる、自分にも悪いところがあったなと冷静に分析できる…そういう力が、自分でも知らないうちに身についているものです。じっくり ゆっくり 長く飲み続けた漢方薬は、いつの間にか体質改善をしてくれているかのように。
 
おしえに触れ“続ける”ということは、たとえ悩みにピンポイントで応えてくれるものではなくても、生きる力を与えてくれます。生きている間に直面する物事に対する対応力が養われます。
 
ことば・おしえ・人・出来事との出遇いを大切に
悩みに対する万能薬です


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