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2013年6月22日 (土)

普遍的であり、一人のためのもの 一人のためのものであり、普遍的②

タイトル:権利の一割引を

電車内でのベビーカーの使用について論争になっています。
肯定派は、ベビーカーの必要性や子どもがいると荷物も増える事情を訴えます。
反対派は、マナーを持ち合わせない親を責めます。
 
何事も、双方の意見・主張を、それぞれに聞くと、それなりの言い分があります。
それぞれに耳を傾けると、“間違っている”とも言い切れません(あきらかに「あんた、そりゃ違うだろ!!」ってときもありますが)。
だって、正しいことを言っているんだもの。確かに、間違ったことは言ってない。配慮を欠いたこと、他者(ひと)を見ない物言いだけど。
正しいことを言っている者と、正しいことを言っている者どうしが、自分の言い分を言えば、そりゃぶつかります。
  
子どもを持つ親にとって、ベビーカーは必需品。「こんなに混んでいるときにベビーカーで乗り込んで申し訳ない」と思っている親もたくさんいます。
自分たちこそ優先されて当たり前という態度の親もいますが。そのような親の態度を見て、だから許せないという気持ちも分かります。
  
それぞれに意見はあるものです。想いがあるものです。言い分があるものです。
でも、その個人的な意見は意見として、それを越えて認め合わなければいけない部分があるのではないでしょうか。
「想い」や「言い分」を言い換えると、「権利」を主張しているように感じます。
一方はベビーカーを利用する権利、一方は電車に快適に乗る権利…現代人は、権利の主張が大好きです。権利の「権」は、「仮」と同義。仮の約束事で成り立っている(成り立たせている)のが、社会。主張しあうものではなく、譲り合ってこその権利だと思うのですが。
自分が主張する権利とやらを、一割二割引いてみてはいかがでしょうか。お互いに。
いがみ合わずとも、今よりは快適な生活が送れると思います。
   
自分の主張が通れば、住みやすい環境になるとお思いでしょうが、そうはいきません。
結局、どんなに思い通りになったって、主張を押し通す“私”がいるのですから。
思い通りになった果てにあるのは、“孤独”です。
  
ブツブツ書きましたが、ことばが少ないことが原因かと…
「すいません」「失礼します」「どうぞ、どうぞ」…「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」
相手の目を見て挨拶を交わせば、ベビーカー論争なんて悲しい争いは起きないと思います。

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