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2013年6月16日 (日)

こころをよごすな

2013年6月14日(金)
原発再稼働反対 金曜デモ(主催:首都圏反原発連合)に参加
 
出先での会合が早く終わり、直帰せずに 丸ノ内線「国家議事堂前駅」へ。
地上に出て、国会議事堂前へ。到着時間は午後6時30分。終了時間の8時まで(時間をキチンと守って、活動をされています)、原発再稼働反対を訴える輪の中へ。
   
金曜デモは、想いある人が台に上り、国会前で反原発を、福島の現実を訴えます。
その中で、福島の声を聞きました。
 
ある小学校で、プール開き前の掃除を生徒にさせるために、子どもが親に「承諾書」を持ってきました。。
「プール掃除を 生徒にさせますが、承諾をいただけますか?」 それだけでも異常なこと。親の承諾が必要ということは、なにかしら危険なことをさせるということです。
それだけが問題なのではない。
原発事故後、福島に残って生活をする人人がいます。県外に住む者は、「どうして避難しないの?」「自分(たち)で決断したんでしょ(自己責任だよね)」と、他人事のように口にします。
福島に残る決断をした人人は(福島から出る決断をした人人も)、決断によってスッキリしているわけではない。葛藤や苦悩を抱えながらも生活をしている。他人事のように発せられる声を浴びながら。
それでも、残った人間どうしの想いが同じなら、まだ手をつないで生きられる。しかし現実はそうもいかない。
福島に住みながら、反原発を訴え、子どもの甲状腺がん検診の結果を公表することによって福島の現実を伝え、食品の放射性物質の数値を調べて公表し、行政に補償を求め…様々な活動をされている人がいます。
反面、「訴えたり、数値を計ったり、もう、そういうことはいいんだ。今まで(原発事故前)通りのくらしをさせてください」と願う人もいます(そういう人の方が多いのかな)。
どちらの姿勢が正しいとかという話ではありません。原発がある生活を享受してしまった結果、生み出された(生み出してしまった)現実なのです。
立場や想いがこれだけハッキリ分かれてしまうと、何か活動をしていると、「行政が大丈夫と言ってるんだから、もう、活動はやめようよ」「不安を煽らないでください」「そんなに気になるなら、福島から出て行けばいいじゃない」と、言われてしまいます。
プール掃除の承諾書も、承諾を得た子どもたちは掃除をし、承諾を得られなかった子どもたちは掃除をしないことになります。掃除をする子としない子に別れるということは、そこに親(家族)の姿勢が反映されます。恐らく少数であろう、承諾をしない家族・そこのお子さんは、いじめ・差別・偏見の対象になってしまいます。
承諾書が差別を生み出す現実を、福島の現実を、教えていただきました。
「掃除の際は、タワシを持参で」と、プール掃除の承諾をもらう際のプリントには書かれていたそうです。「プール掃除」といっても、それは「除染」。子どもたちは、濡れても良い格好で、おそらく素手にタワシを持ち、プールを掃除する。ちょっと想像するだけで(想像しなくとも)、危険なことを子どもたちにさせようとしていることは分かるはず。プールの掃除って、水をかけ合いながらワイワイ騒いで行う、日常とは違う楽しい出来事のはず。それを出来なくさせてしまっている(承諾書なんかを必要にさせてしまった)現実を問う。
福島の現実の声は、私に突き刺さります。
     
  
都議選が行われ、参議院議員選挙が行われます。
福島の声、国民の声に耳を傾けてくれる人を選びたいと思います。
議員の皆さん(立候補した方、しようとしている方) こころは よごさないでください

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