« 2013年5月のことば | トップページ | 因幡の源左さん »

2013年5月 7日 (火)

西蓮寺永代経法要2013

2013年4月29日(月) 西蓮寺永代経法要
 
快晴
「おみがきの会」を経て、「永代経法要」の日をお迎えすることができました。
29日当日も、朝からお手伝いの方に来ていただき、準備。参拝の皆さんをお待ちしています。娘たちも、シャボン玉をしてお待ちしていました。
Dsc_0792
 
Dsc_0793

Dsc_0796

Dsc_0783


ご法話は、川村妙慶さん(京都 正念寺)
Dsc_0809

(お話…副住職メモより)
○どうしてこんなことになったんだろう? どうしたらいいんだろう?
 答ではなく、問いを求めてください。 
 学んで、問う。それが「学問」です。「学答(がくとう)」とは言わないですよね。

○私たちは、「おかげ」を生きています。
 光が当たると、影ができます。今まで見えなかったものが見えてきます。
 それを教えてくれるのが、宗教です。
 
○仏法聞いて、(知識として)つかむものではありません。
 良いところも悪いところも、私自身を教えていただく。
 そこに南無阿弥陀仏と手が合わさります。

○背中に背負っている荷物を、ちょっと下ろして見てください。
 捨てるのではありません。捨てられるものではありません。
 阿弥陀さまの前で、ちょっと荷物を下ろして、そしてまた背負えるものを背負って、生きて参りましょう。

 

川村妙慶さんと、永代経法要にご参勤くださったお寺さんと一緒に
Dsc_0814
 
妙慶さんはこの後、翌日の佐賀県嬉野でのお話のため、品川駅に向われました。
前日、若坊守と共に夕食をご一緒させていただき、たくさんお話をさせていただきました。
数えるほどしかお目にかかったことがなかったのに、ご法話にお出かけくださり、感謝申し上げます。
またお会いしましょう。ありがとうございます。

« 2013年5月のことば | トップページ | 因幡の源左さん »

コメント

処時の間にか祈る者ですね。なんでこんな事にっていうのも若者にとってはステップですからね

『答ではなく、問いを求めてください。』

100%、仰る通りですねぇ……。

それが、不可能であることを含めて、仰る通りですね。

真宗会館で、報恩講なりなんなりあって、周囲の人々のお話が漏れ聞こえてくるのを聞いておりますと、別の日時で何度も、次のようなことがありました。

「御位牌を作っちゃいけないんですってね」

「間違って御位牌を作ってしまった」

えらいことをしてもうた。おおごと。一大事。顔真っ青。がくがくぶるぶる。

何度か、私はそんなことは、正直、ほとんどどうでも良いことだと思います、と、それぞれ違う方に、人間ができていないので、我慢できず、口にしてしまったことがあります。

一様に、大安心。ものすごくホッとされる。

それは、位牌ではなく法名軸、法名に「居士」とかつけない、墓石は「南無阿弥陀仏」、お浄めの塩は配らない……等々が、「正解」になってしまっているわけです。

「いけないんですってね。細木和子先生がテレビで言ってました」と言っているのとまったく同じ。

そうではなくて、たとえば、東北にボランティアに行っても問われるし、行かなくても問われる、わけですが、人間は、日々、なんでもかんでも、「正解」を求めているわけです。

マークシート式テストで、どこを鉛筆で黒く塗るかに人生がなってしまっています。

難で「居士」ダメなんですかぁ~。こじこじカワイイじゃないですか‼‼世間がよくないんですよdvd

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 2013年5月のことば | トップページ | 因幡の源左さん »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ