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2013年2月15日 (金)

自分が作りだした闇の中を、自ら彷徨っている

2012年2月13日(水)西蓮寺聞法会開催
夜半の雪も朝にはやみ、ほとんど積もりませんでした。ホッとしたのも束の間、昼前から強い風が吹き始めました。
「今日、聞法会に来てくださる方は大変だなぁ。風に飛ばされなければいいけど…」
などと心配していましたが、7名の方がお寺にお参りくださいました。有り難いことです。
今年の聞法会は、松本梶丸さんの『生命の見える時 一期一会』(中日出版社)からお話をいただきたいと思います。所収の「善悪の向こう岸」「人間の知恵とはなにか」をご縁に、親鸞聖人のことばにかえりました。
「人間の知恵とはなにか」の中で、高史明さんのことばが紹介されていました。
現代の最大の不幸は、人間が人間の知恵を世界の中心においたことだ

   

さて、先日電車に乗っていて、広告を眺めていると、某学習塾の広告に、ある中学校の入試問題が書かれていました。
「あなたの身の回りにあるもので、一番の発明だと思うもの一つをあげ、その理由を150字以内で説明しなさい」
という問題でした。
電車に乗っている間も降りてからも、“一番の発明だと思うもの”を、ずっと考えていました。でも、なかなか思い浮かびませんでした。というか、“一番”を決められまでした(入試において、アウトですね)。
あなたにとって、“一番の発明だと思うもの”はなんですか?
 
そんな問題を目にしたものですから、頭の隅っこに残っています。
2月に入り、鼻がムズムズしてきました。花粉症到来です。さっそく鼻ズルズル状態。鼻をかみ続けます。数年前から、水分率の高いティッシュが販売されています。このティッシュは優れものです。従来のティッシュで鼻をかみ続けると、鼻の下が乾いてヒリヒリしてきます。でも鼻水は出てくる。痛みをこらえて鼻をかんでいたものです。しかし、水分率の高いティッシュを使うと、まったく鼻がヒリヒリしません。花粉症シーズンの必需品です。割高ではあるのですが。
水分率の高いティッシュで鼻をかみながら思いました。「このティッシュこそ、“一番の発明”だ!!」と。(「なんだ、そんなものが?」と思われるかもしれませんね)

決して大袈裟ではなく、このティッシュは大発明だと思う私ですが、そこからいろいろと考えました。
このティッシュが大発明だと思ったのは、私が花粉症を患っているからです。
日本に住む人は、花粉症の人が多いですよね。高度経済成長期に森林の伐採が進み、成長の早い杉の木を大量に植樹し、その杉が成長して大量の花粉をまき散らしているから。しかも、道路が舗装され、花粉が土に帰ることもできず飛散し続けている。だから、花粉症を発症する人が多いと聞いております(他にも原因・理由はあり、複合的な要因で発症するので、このことだけが原因とは言い切れるものではありませんが)。
そう考えると、経済成長・発展の延長線上で、花粉症になる要因も発生してきたわけです。面白いものです。一番の発明品と考えたものは、発明(成長・発展)の副産物なのですから。
このティッシュ自体は素晴らしい発明であったとしても、それが発明される背景には、右肩上がりの経済成長を目指してきた歴史があるわけです。つまり、人間の欲望の果てに、生まれてきたものなのです。本来は生み出されなかったかもしれない発明ですね。
そのようなものが果たして“一番の発明”なのだろうか。そういうことを思います。

「そのようなものが果たして“一番の発明”なのだろうか」などと、ものに失礼な言い方をしました。問題があるのは、“もの”ではなく、人間の方なのですから。
ドラえもんが出す便利な道具を使い、調子に乗って使った挙げ句、ことごとく我が身に失敗が返ってくるのび太君。原作者の藤子・F・不二雄さんは、「のび太君の姿は、我々の姿なのです」とインタビューに応えられていた記憶があります。
いつも失敗ばかりののび太君を、「嫌いだ」「懲りない奴だ」「しょうがない奴だ」と言う人もいますが、実は、経済成長・発展、その果ての現代を生きる我々の代表者なのです、のび太君は。「嫌いだ」「懲りない奴だ」「しょうがない奴だ」の罵(ののし)りは、すべて自分に返ってきます。
原発の問題が、すべて「ドラえもん」に凝縮されていたのでした。他人事ではない、自分事でした。

   

発明とは、物に限りません。
お釈迦さまは、仏の智慧に目覚め、私たちに説き広めてくださいました。
仏の智慧の発見は、人知を超えた発明とも言えるのではないでしょうか。

仏の智慧、教えに出遇うか出遇わないかが、人生を大きく変えます。


松本梶丸さんの文章に、マザー・テレサのことばも紹介されていました。
これほど恵まれた豊かな国に生きる日本人の表情が、貧しく暗いのは、日本人が正しい信仰を持っていないからだ

「“正しい信仰”とは何か?」という議論は今は置いておいて、
教えに出遇い、教えに生きることの大切さを、
学習塾の広告をご縁に教えてもらいました。

2月に入って2週間が過ぎようというのに、
つまり、2週間毎日見てきた法語カレンダー2月のことばが、今になって突き刺さってきました。
先に紹介した高史明さんのことばでした。
人間とは その知恵ゆえに まことに 深い闇を生きている

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