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2013年1月14日 (月)

まず動く

2013年1月14日(月)
西蓮寺あたりは、午前9時頃に雨が雪にかわり、一日中降り続けていました。
今日はご法事がありました。ご法事の方々が歩けるように、ご法事が始まるギリギリまで参道の雪かきをしていました。ご法事中は、若坊守が娘たちと一緒に雪かきをしていましたが、雪は降り続けています。しばらくすると、雪かきを始める前以上の積雪が

降り続ける雪の中で雪かきをしても無駄、意味がないと仰る方はいるでしょう。しかし、たとえ無駄なように思えても、雪かきをせねばならないときがあるものです。無駄なことのように思えても、無駄なことなどありません。

などと思うのも、まもなく開催される東京教区親鸞聖人750回御遠忌法要について、「そんなことやって、どんな意味があるんですかね。無駄だと思うけどなぁ」と言う若いお坊さんがいると伝え聞いたからです(誰なのかは知りませんが)。 
その若いお坊さん、やる前から、或いは何も関わらずに無駄無駄いうのは止めましょう。やってみて無駄だと思ったなら、それはそれでいいことです(その段階で、もはや無駄ではありません)。
もし無駄だと思うなら、自分がこれこそ意味があると思う活動をすればいい。「意味があります? 無駄じゃありません?」と言う人に限って、何もしていないものです。

協力しなければダメなどと言っているのではありません。自分の頭の中で、「どういう意味があるのだろう」「どういうご縁の積み重ねで、このようなことをすることになったのだろう」「どのように動けばいいのだろう」って、考えましょう。
その結果、距離を置いたり、違うことを始めるのならば、それはそれでいいと思います。しかし、おそらく誰かの入れ知恵か、誰かが言ったことを鵜呑みにして、「意味があります? 無駄じゃありません?」と言い、しかも誰かを責めるのはやめましょう。そんなことして、意味あります? 無駄じゃありません?
降雪の中で雪かきをしながら、そのようなことを思っていました。

東京教区親鸞聖人750回御遠忌法要」に是非ご参詣ください。

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コメント

「正解はない。ただ、あなたが道徳的人間なら、あなたはどちらを選ぼうと「しかたなかった」と呟いてそれから眼を逸らせてならないことだけは確かである。あなたは、どこまでも「自分はどうすればよかったのか?」と問いつづけなければならない。たとえその答えが永遠に与えられなくとも。」

中島義道『悪について』

雪が降った時にはびっくりしました。都内に雪が降るのは若者にとって善かったのではないでしょうか。学びはこころにしずんだ時に学習率になるんだから、事のぜんまく以上の事ですよね。

☆HikkenDokugoさん
『悪について』という本自体は存じ上げていましたが、中身は存じ上げませんでした。
中島義道さん、なかなかいいことをおっしゃる(こらこら)。

「答がないという答」
「問いを持ち続けるということ」
そんな表現で坊さんは逃げているとも言われますが、大切な気づき(視点)だと思います。

☆ひろポピ
「こころにしずんだときに学びとなる」
ステキな表現ですね。

初めて投稿します。前々から拝見させて頂いてます。
いつも素晴らしい言葉をありがとうございます。
全ての人達が神仏に感心を持ってくれるといいですね。
これからもブログを楽しみにしてます。
ここのブログで出逢えた縁に感謝です。

☆Kさんへ
コメントをありがとうございます。書き続けることの励みになります。
神仏への感心は、私も持って欲しいと思います。
しかし、私たちが感心を持つ以前に、私たちに感心を持ってくださっている方々(はたらき)がいます。それこそが神仏。
それゆえに、想い、考え、悩み、その果てに神仏と遇(あ)えるのだと思います。
Kさんとの出逢い感謝です。

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