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2012年12月17日 (月)

戦後67年も経つと、戦争を起こしたくてウズウズするらしい

争いは、
他(外)からの攻撃によって起こるのではなく、
自ら(内)からの想いによって生ずる。

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コメント

特に自分の願いではなく…ということも考えられますね。

経済学で「美人コンテスト」という喩えがあります。

美人コンテストに投票するときには、人は、自分の好き嫌いとか、自分が美人と思うかどうかとか、は、実は全く無関係である、とされます。

そうではなくて、自分の想いではないが、自分以外の他人は誰に投票するかを想像し、その候補に投票すると。

自分の意見ではないが、他人はみな、この人が美人だと思うであろう、だから、その人に投票するというメカニズム。

これをもっと考えると、そもそも、人間、自分が何を願っているのかは知らないという根源的な無明があるのだ、と、取ることもできますね。

人は、自分が何を願っているのかは知らないが、なぜかはしらねど、他人が願っていることについては、自分が知っていると思っている、と。

自分の中に、勝手に、レディーメードの、おしきせの、他人像を人はみな、もっていて、他人が何を思っているかについては知っている気になっている。

そうでないと、びくびくしていないといけないので、仕方ないというか、もう構造的、根源的であり、そのこと事態は、多分、変えようがない。

世界が意味あるものとして現れる、世界が価値あるものとして現れるためには、そして、他人がともに生きるに値するものとして現れるためには、どうしても、勝手に、自分は他人が望んでいることを知っている、という幻想に生きないといけないという構造はあると思います。そのこと事態は変えられない。

人間は何を思うのも自由であるとなると、何も分からなくなってしまうため。今、この人はこれこれと考えているな、と思っても、1秒後に変化するかもしれませんし。すると、他人はみなこれこれと思っているに違いないという、主観的な意味づけそのものは、それ自体は、なくせない。

しかし、その内容、何を信じるのかは、おそらく、われわれが、選べる。

この場合、何を選んだとしても、それは、いつでもつねに、幻想であることには変わりません。

現実を直視したりはできません。

なにせ、人間は、誰も、自分が何を願っているのか知らないのですから。この人はこう言っているが、その真意は、これこれに違いないという想像ですが、それはいつでも幻想。

言葉の壁は、何も隠していない。

言葉の壁の向こうには何もない。

ですが、と、申しますか、だからこそ、善意を想像し続けるしかないですね。

今はまだない善意を、みんなで作っていくしかありません。

それは、みんなで、自分は生きるに値するという自分をつくっていく、ということでしょう。

この場合、戦争を放棄すると宣言している国の国民であることに誇りを持つこと。戦争放棄をやめてしまうなら、そんな国の国民であることに、もう、誇りが持てないと、言うこと。

☆ HikkenDokugo さんへ 
コメントいっぱいありがとうございます。
「美人コンテスト」のたとえは面白いですね。
日本人の特性なのか、世界的にそうなのか…。


「戦争を放棄すると宣言している国の国民であることに誇りを持つこと。戦争放棄をやめてしまうなら、そんな国の国民であることに、もう、誇りが持てないと、言うこと。」
御意

いやっっ(汗)かんがえようよ、、、。

住職。あのさっ(汗)いろいろ云われてるのはみんなそうなんだからさ。一か月の文章見なおして地味にブログ運行してきなよ、、。こんな凄い軽口いわれるのもそうそうないよ。なんか、こころのはなのブログみにくくなっちゃてて直して、、えへっ。

☆ひろポピさん
どこが気にくわないのか、きちんと明記してください。そのうえで、「かんがえようよ」とおっしゃってください。
何も考えずにブログの文章を書いたことは、一切ありません。
それに、あなたに(特定の人に)合わせて文章を書く気は、毛頭ありません。
「えへっ」なんてことばで誤魔化さないでください。

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