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2012年10月27日 (土)

共に生きるということ

幼稚園の父兄参観日
子どもたちの、幼稚園における日常の姿を見ることが出来て、部屋の隅で感涙。
クラスのみんなで大きな声歌っている歌声を聞きながら、世田谷区報(10月25日)の保坂区長のメッセージ「最近考え込んでいること」を思い出していました。
「保育園の子どもの遊ぶ声がうるさいので、なんとかしてほしい」という訴えがあるとのことです。
声を出してグランドを駆け回って遊ぶのは子どもたちにとって からだ全体を使って、生きていることを表わしています。保育園に限らず、幼稚園、小中学校においても同様です。
現場を預かる園長先生の話によると、近隣の方々に対するご挨拶やお詫びなど、細心の注意を払うことに、精神も時間も費やされるとのこと。近隣の方々との話し合いや、気を遣って、園庭に出ることを制限したり、園庭で遊ぶ時間を短くしているとのこと。園長先生や校長先生のご苦労には頭が下がります。それでいて不手際があったら、鬼もクビをとったかのように責められてしまうのですから。
訴えた方にとっては、日常の話ですから、訴えは切実でしょう。そこに住んでいない者が、「まぁまぁ、そうおっしゃらずに」と言える話ではありません。訴えを非難するつもりはありません。

思い返すに、保育園・幼稚園・小中学校は、住宅地から外れたところにあったわけではなく、日常の生活の中に、子どもたちの声は響いていました。さて、いつから「うるさい」と言われるようになったのでしょう。いつから「うるさい」と感じるようになったのでしょう。
「子どもは国の宝」とか「(保険制度や国の借金等)今の子どもたちに将来お世話になるのだから」などと言いますが、元気いっぱい遊んでいれば「うるさい」と一括されてしまう。静かに静かに暮らして、将来お金はいっぱい稼いでおくれよということなのでしょうか。
子どもたちがうるさいことが問題なのではなく、私に問題があるような気がします。よ~く考え込んでみましょう。

子供叱るな 来た道だもの 年寄り笑うな 行く道だもの

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