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2012年10月 9日 (火)

戦争前夜のにおい

ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争・・・戦争はずっと続いています。
犠牲になる人の身になって考えてみてください。
今の日本人には、その危機感がありません。
戦争の悲惨さを知らない日本人の安穏さは危険です。
今は昭和初期と時代の雰囲気はかなり似てますよ。

大滝秀治さん(1925.6.6~2012.10.2 87歳)

昭和初期の雰囲気は知らないけれど、
戦争前夜のにおいがプンプンする。
時代は繰り返すというけれど、忘れてしまうから繰り返すのだろうか…
戦後67年というけれど、戦争はずっと続いてきた。
日本と関係のない戦争なんてない。
今も、地球のどこかで、誰かが犠牲になっている。
権力を巡り、土地を巡り、経済を巡り…
忘れてしまうから繰り返すんじゃないんだ。
欲望は、どんなに悲惨な出来事も、見えないものにしてしまう。
たちが悪いのは、権力・土地・お金…欲望の源を欲する人間は、危険な場所に立たないということ。
欲望のままに生きるヒトのために、必死で生きている人々が悲惨な目に遭う。
死を省みずに生きるヒトのために、死に直面しながら生きる人々がいる。

戦前を生きた方が、戦前の空気が現代には流れているという。
それを「バカな」と笑えるか。
戦前を知らない、戦後生まれの人間が多数いる。
忘れたから、知らないからまた同じ過ちが繰り返されてしまうのか。
でも、戦前は知らなくても、あの震災を、津波を、原発被害を知っている人間は、この国の大多数を占める。
忘れたから 他者(ひと)が見えない生活をしているわけではないだろう。
知らない(自分が被災したわけではない)から 安穏としているわけではないだろう。
あの震災後の被害は、今も続いている。
忘れたわけでもない、知らないわけでもないのに、震災直後の想いがどこかに行ってしまった。
戦争を知らない世代が増えたとはいっても、情報として、その悲惨さをまったく知らない人は少ないだろう。
そこに傷みを感じるか否かは別にして。
つまり、先の大戦を忘れたわけでも、知らないわけでもないのに、その悲惨さ・危うさ・悲しみがどこかに行ってしまっている。

“どこかに行ってしまっている”と書いたけど、
どこかに行ってしまったわけではない。
ここにあるのに、見えなくしてしまっている。
自分の欲や、忙しさというごまかしや、自分には関係ないという傲慢さで。
だからこそ同じ過ちを繰り返してしまう。忘れてしまうからではなくて。
欲や、忙しさというごまかしや、自分には関係ないという傲慢さで、大切なものを、大切な人を見えなくしてしまってはいないだろうか。

大切なものを見続けてきた人が往きました。
そういうことを言ってくれる人(警鐘を鳴らしてくれる人)がいなくなって、
私はますます大切な者を見失い、同じ過ちを繰り返すのだろうか。
大滝秀治さんのことばを胸に刻みます。
大滝秀治さん、ありがとうございます。

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