« 昨年の8月7日に、お祭りですくってきました | トップページ | 葛藤を抱えて生きる »

2012年8月10日 (金)

いつのまにか

67回目の原爆忌を迎えました。
今日は8月10日 金曜日 首相官邸前では大飯原発再稼働反対のデモが行われています。一度私も参加させていただきました。
大手マスコミは、核廃絶と反原発を同じく語るべきではないと訴えています。
しかし、原発を頼りとし、必要とし、使い続けるということは、核を頼りとし、必要とし、いつかは使うことも念頭に置いていると思わざるとえません。
同じく語ろうとしているのではなく、同じものであるという認識に立たなければ、恐ろしいことになります。
原子力の、平和利用だと“原子力発電所”、兵器利用だと“核爆弾”
原子力を、“いい国(と言われている国)”が使えば「原発」、“悪い国(と言われている国)”が使えば「核利用」
同じものを、場合によって表現を変えているだけのことです。

これだけ放射能汚染の問題が深刻化していても、どうして国は原発を推進するのだろう? と思ってきました。
電気の量が足りなくなるから? 
いえ、電気の量が足りないわけではないのはもうハッキリしていることです。
火力発電のための化石燃料がいつかは無くなるのだから、原発?
いえ、ウランも使い続ければ無くなりますから。

気になる記事を、友人のブログを通して知りました(「中日新聞」コラム 中日春秋 2012年7月14日より)。

夜空を見つめて、きぼうの光を探す。と言えば、陳腐な歌の文句のようだけれど、これがおもしろい ▼日本の実験棟「きぼう」がその一部を成す国際宇宙ステーション(ISS)を観測するのだ。宇宙航空研究開発機構のホームページで時間と方向を確認しさえすれば、肉眼で見える ▼サッカー場ほどもあるISSは、大きな太陽電池パネルを広げる。それが陽(ひ)の光を反射し、時に金星よりも輝く。飛行機より遠く星よりは近い独特の高さで夜空を横切っていく。その輝く点の中にも人間の営みがあるかと思うと、愛(いと)おしさすら湧く ▼宇宙への思いは心をわくわくさせる。しかし、気になることがある。日本の宇宙開発は、法で「平和のため」と限定されてきたが、その条件を削った改正法が先月の国会で成立した。この時、原子力基本法も改定されて「安全保障に資する」と盛り込まれた ▼同じものでも平和目的ならロケット。攻撃に使えばミサイル。宇宙と核、二つの技術が結び付いたのが核弾頭を積んだ大陸間弾道ミサイルだ。まさか、とは思う。だが、わざわざ法改正したのはなぜか。納得のいく説明を聞かない ▼十五日には、星出彰彦(ほしであきひこ)さん(43)がソユーズ宇宙船で飛び立ち、秋までISSに滞在するから、夜空を見上げて欲しい。ただし、「きぼう」の光の向こうに怪しい影が蠢(うごめ)いていないか、目を凝らしながら。


これだけ放射能汚染の問題が深刻化していても、どうして国は原発を推進するのだろう? と思ってきました。
あぁ、戦争のため。核を使いたいがためなのですね。分かりやすい。

国やマスコミ(すべてではないけれど)は、核と原発を同列で語らないように訴えているけれど、原発での核開発の先に、宇宙開発が結びついていたとは。もはやSFの世界を越えた現実が、ここにある。宇宙を通して核戦争をする気なのか、未知との遭遇に際し、核を利用する気なのか。想像するだけで恐ろしくなります。
国やマスコミの動向に無関心でいると、いつのまにかいろいろなことが進んで行ってしまう。平和を目的に決められた文章が削られたり、変更されたり。

デモに参加して思いました。デモを通して(参加の有無は別にして)、自分自身で学び、感じ、考えるということは大切なことです。で、声を伝えるべきことは、伝えてゆく。
なんてこと、本当は大事(おおごと)になる前に気付くべきこと、行動に移すべきことなんですよね。

最近、自衛隊(らしい)飛行機が頻繁に飛んでいませんか? 私はそう感じます。「なにか企んでいるのかな? なにか起こるのかな?」などと思いながら空を眺めています。そんなこと思いながら空を眺めたくないのだけれど…
学び、感じ、考えるということをしないと、いつのまにかいろいろなことが決まり、実行され、気付いたときにはとんでもないことになってしまいます。

原発と核開発は 切っても切り離せないことです。というか、同じ問題です。
かたや平和利用・経済の発展のため、かたや兵器・廃絶の対象。別々に語られることではないのです。
原発を有するということは、核を持っているようなもの(「それは言い過ぎである」と言われるかもしれませんが、核開発のための準備をしているようなものなのです。宇宙開発の条件の文章を削った事実が、その裏付けになるのではないでしょうか)。

2012年8月9日(木)11時2分
妻と子どもと正座 合掌して迎えました。
テレビでは長崎の平和祈念式典を放映しています。田上富久市長の平和宣言に耳を傾けました。時折野田首相の姿が映ります。前日まで自民党公明党とゴチョゴチョ話し合っていたようですが、式典に出席するにあたり、なにを考えていたことでしょう。式典に出席し、なにを感じたことでしょう。
それは、私たち一人ひとりも同じこと。なにを考え、なにを感じているか。後になって、「いつのまにか決まっていた」なんてこと言わないために。

« 昨年の8月7日に、お祭りですくってきました | トップページ | 葛藤を抱えて生きる »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 昨年の8月7日に、お祭りですくってきました | トップページ | 葛藤を抱えて生きる »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ