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2012年7月 2日 (月)

2012年7月のことば

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もしも自分のためにかがやくなら、
燈台は船をみちびくことができない。
むのたけじ

自を灯明(ともしび)ともしびとしなさい 法を灯明(ともしび)としなさい

「お釈迦さま、あなたに先立たれてしまったら、私たちはなにを頼りとして生きてゆけばいいのですか。お願いです、どうか元気になられて、今までのようにお話をお聞かせください」
お釈迦さまの臨終を前にして、弟子の一人が懇願します。
「私も長くはありません。いいですか、よく聞きなさい。生きるものは、いつか死を迎えるものです。それが道理であり、縁なのです。死を迎えることは道理であり、縁であるなどと言われると、人生の先行きが闇のように聞こえるかもしれません。しかし、闇のような人生を、私たちは生きてきたではありませんか。どうして闇を歩むことが出来たのか。それは、私たちの足元を、先行きを照らし出す灯明(ともしび)があるからです。私や、私の話が灯明なのではありません。もしそうだとしたら、あなたが悲しむように、私の死後、あなたたちは暗闇を歩むための灯明を失ってしまいます。しかし、私も含め、生きとし生けるものすべてが、灯明により照らされているのです。
私は、生まれ、老い、病み、やがて死を迎えるいのちに、不安や恐怖を抱いていました。その不安や恐怖から逃げたいがために苦行をしました。しかし、苦行の先に見えてきたものは、苦行によってはすくわれないということでした。苦行の先に私をすくう法(はたらき)があるものと思っていましたが、そうではありませんでした。法は、すでに万人を照らしているのでした。その灯明に気付いたとき、この身をこのままに生きることがすくいであるのだとさとりました。
私が死んでも、なにも心配はいりません。自らを灯明とし、法を灯明としてください。生老病死するいのちを生きる私。灯明に導かれている私。苦悩から逃げたいがために、自分で自分の眼を覆っていました。自分の眼を覆う手を外したとき、そこに自ずと頼りとするものが見えてきます」

お釈迦さまの遺言であると言われている「自灯明 法灯明」。
お釈迦さまは、私たちに仏教を説き広めてくださった方、つまり私たちに光を与えてくださった方です。しかし、そのお釈迦さま自身も、光に照らされて生きている存在であったのです。私たちを導く光は、誰へだてなく、すべてのいのちを照らしています。

燈台は、船を導くために光を放ちます。船は、燈台の光を感知し、陸があることを知り、自身の位置を知ります。
燈台の光は、船を選びません。密漁船であろうが、海域を無視した他国の船であろうが、分け隔て無く光を放ちます。私たちを照らす燈も、人(いのち)を選びません。誰であろうと、どのような人であろうと、私を照らしています。浄土真宗のおしえに出遇っていない人でも、「南無阿弥陀仏」の念仏を称えていない人でも、日本以外の国の人でも、私たちを照らす燈・・・阿弥陀如来の慈悲のおこころは私を照らします。

先に慈悲があるから、手が合わさる

親鸞聖人は、仏の功徳を讃える詩(和讃)を数多く書かれています。その中でも、「恩徳讃」と言われる和讃は、曲をつけ、真宗の法話会や集いの閉式の際に歌われています。

 如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 骨をくだきても謝すべし

「阿弥陀如来からいただいている慈悲のおこころの恩徳は、身を粉にするほどに報じる(報いる)ものである。私に至るまでお念仏を届けてくださった先達のご恩にも、 骨を砕くほどに感謝するものであります」といった現代語訳になります。
しかし、私たちの発想は、「助かったなぁと思えたから、その恩に対して報いる」「有り難いなぁと感じたから感謝する」といったものです。そんな気持ちもないのに、報いられない感謝できないと思うし、仮に気持ちは芽生えても、身を粉にするほどに、骨を砕くほどには大袈裟でしょうと一笑に付されます。どこまでも自分中心です。「恩徳讃」に対する距離感は、自分のために輝こうと考える意識から湧き起こります。
自ら輝こう、自分の分別心で報じよう感謝しようと考える私でした。さとりを得て、ましな人間になって、清浄なるこころの持ち主になって、輝ける私になるのではありません。自ら光を発するものとなるのではなく、光によって照らされている私なのでした。その自覚・感謝が、親鸞聖人にとって「恩徳讃」となって表われたのです。

灯明(ともしび)に照らされている私

若坊守(妻)が得度をし、「釋尼燈美(しゃくにとうみ)」という法名をいただきました。阿弥陀如来の恩徳に包まれ、燈の温もりを感じながら生きる身となる。そのように私はいただいています。
さて、おしえに触れる生活をしてはいても、常におしえを胸に生きているわけではありません。おしえに触れて悩み悲しみを無くそうと期待する人もいますが、悩み苦しみがなくなるということは、他を、いのちを感じるこころをなくすということです。ときに怒り、ときに明るくなり、ときに沈み、ときに前向きになる。生活の中で感情も起伏します。しかし、それが生きるということです。
燈台の光は、常に同じ方向だけを射しているわけではなく、グルグル回っています。慈悲の光も、射しているのは常ですが、感じるのは、自身の感情に振り回されて自分の立ち位置が分からなくなったときです。常に光の中にいるのに、光の中にいる事実すら私は忘れています。優しさの中にいると、その優しさを忘れてしまうように。
そんな私です。自ら輝こうとするなんて恥ずかしい限りです。 照らされている、包まれている、この私のことを忘れずに想っている人(はたらき)がいる。あぁ、だからこそ、ここに立っていられる(この身このままに生きていられる)のですね。

むのたけじ(1915~ 秋田県六郷町出身)
新聞記者を勤めるが、1945年8月15日、敗戦の日に、新聞人としての戦争責任(真実を伝えるはずの新聞記者として、果たして真実を報道したであろうか)をとる形で退社。郷里で週間新聞「たいまつ」を創刊し、主幹として新聞のあるべき姿を求め続けた。
今月のことばは、『詞集 たいまつⅠ』(評論社)より

      

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コメント

自らを灯明としなさい、法を灯明としなさいとはもの凄い誓願ですね。
自分自身のクチからは出ないです。これは釈尊在世の戒ですからね。
ズバリ、目標達成!!

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