« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

2012年6月29日 (金)

子どもたちが駆け回る姿を、想像しなければならない世の中なんて

娘が通う幼稚園で、有志のお母さんが、年少組全体での遊びを企画してくださいました。
保育時間が終わり、富士見ヶ丘グランド(旧NHKグランド)に自由集合・自由解散。広い広いグランドで、子どもたちは思い思いに遊びます。ボール・シャボン玉・かけっこ・花摘み・松ぼっくり拾い・・・。子どもたちは好き勝手に遊びます。お母さんたちは、ビニールシートを敷いて仲良くおしゃべり。
うちも、妻と娘がグランドに行きました。私は寺で次女のお守りをしていたのですが、行ってみたくて、遅れてグランドへ。
グランドは、野球をしていた頃はよく通っていましたが、腰痛を患ってからご無沙汰です。久しぶりに足を運びました。入口を入って、広い草っぱらの奥の方に集団がいました。次女と一緒に歩いて行くも、妻や長女の姿は見えないし、お父さんの姿が一人もいない(平日だから当然か)・・・。妻と長女はトイレに行っていたので、すぐに戻ってきましたが、とても場違いな 冷や汗をかいていました。
私が来たものだから、長女は大喜び。「あそぼ あそぼ」の大合唱。
持ってきたボールを思いっきり遠くへ蹴って、娘と駆け出します。ボールを蹴ってはまた走り、ボールを蹴ってはまた走り、そのうち他の子も寄ってきます。広いグランドで、汗かきながら思いっきり遊び回る。すぐに息がきれました。こどもたちは「もっと もっと」。体がついてゆきません。でも、楽しい。
仰向けに倒れ、空を見ながら思いました。こんな ちょっとの幸せが、出来ない、制限されている子どもたちがこの日本にいる。耳に入ってくる子どもたちのはしゃぐ声。こういう声も響いていないんだなぁ。遊ぶことも、駆けることも、そのうえで出てくる笑い声も、すべて奪われてしまった子どもたちがいる。そんな宝物を奪う権利が、誰にあるのさ!! 

スックと立ち上がり、娘の手を取って、グルグル回転しました。回転を止めて娘を置くと、私も娘もフラフラで立っていられません。でも、娘は「もっと もっと」とせがみます。手を放さないようにしっかり繋いで、またグルグル・・・フラフラ・・・グルグル・・・フラフラ。三半規管が強くない私は、気持ち悪くなってきました。娘はもっとやってほしそうです。そして、娘のはしゃぐ声に引き寄せられて、気付けば他の子も集まってきました。万が一手を放してしまって怪我をさせたり、グルグルが体に合わない子もいるかもしれないから、「ごめん、グルグルはなし」と、子どもたちに謝りました。私自身の頭がグルグルしながら(気持ち悪かったぁ)。

お父さんひとり・・・子どもたちと(いっても数人だけど)一緒に走り回りました。
「みほちゃんのパパ、若いね」って、妻は声をかけられたそうですが、その晩に体中がきしみ、次の日は体がだるくて動きませんでした。年です。もう少し普段から体を動かさねばと思いました。

福島県二本松市に住む子どもたちを、放射線量の少ない土地で、思いっきり遊ばせてあげたい。そのために活動している朋がいます(NPO法人 TEAM二本松)。
その活動を、一人でも多くの人に知ってもらいたいです。
頑張っている人がいることを。
思いっきり遊ぶことが出来ない子どもたちがいることを。
頑張らせてしまっている私、遊べなくしてしまった私がいることも。

2012年6月23日 (土)

私が無駄に過ごした今日は、

私が無駄に過ごした今日は、
昨日死んだ人が
痛切に生きたいと思った一日(いちにち)である。


「今日は何もしなかったなぁ」「無駄に過ごしたなぁ」と思う一日があるかもしれません。
その、無駄に過ごした一日は、昨日死んだ人にとって、痛切に生きたいと思う一日であったかもしれません。
そう思うと、無駄に過ごしていい一日などないし、一日の無駄は一生の無駄に通じてしまうかもしれません。
大切に生きたいものです。

しかし、自分の感覚として「無駄に過ごした」と思う一日があったとしても、
いのちにとって、無駄な一日などあり得ません。

縁を生かされている私
すべての事柄は、縁によって起こります。すべての人々や様々な事柄が複雑に絡み合う縁の中で、“私”となりました。自分の力で生きてきたつもりでも、実は何一つ自分で為し得ないのです。
縁を生きる(生かされている)ことに向き合うと、自分で頑張った事柄だけでなく、つらく悲しい出来事にも忘れてしまいたい現実にも、すべての出来事に意味があることが知らされます。無駄なことなどありません。

諸行無常のいのちを生きている私
形あるものは常に滅し、いのちあるものは常に「死」に向かっての「生」を歩んでいます。お釈迦さまは「諸行無常」と教えてくださいました。
有限ないのちを生きているという事実に向き合えば、日や方向や縁起の善し悪しを気にしたり、迷信に惑わされたり、「死」を忌み嫌うことがどれほど無駄なことか気付かされます。
「死」も含めての「生」であり、誰にも訪れる「死」は、「生の証」なのです。

昨日死んだ人(私に先立って生ききられた人)は、いのちの現実を私に目覚めさせます。「生きたい!」という目覚めは、人生を無駄にはさせません。

2012年6月20日 (水)

うちゃ ぼんのうの深かけん もう一ぺんきっと人間に生まれ替わってくる

2012年6月20日(水) 西蓮寺聞法会
台風一過、まだ強い風の吹く中、西蓮寺聞法会にお出かけくださった皆様、ありがとうございます。
皆様には、若坊守得度のご報告をさせていただきました。

西蓮寺聞法会では、東本願寺より発行されています『真宗の生活』をもとにお話をさせていただいています。
6月は、常盤知暁先生が書かれた文章。

文章中、水俣の作家 石牟礼道子さんの「もう一ぺん人間に」(『苦海浄土』講談社)が引用されています。
登場人物 漁師の妻 坂上ゆきさんに次のように語らせています。
うちゃ ぼんのうの深かけん もう一ぺんきっと人間に生まれ替わってくる
初めて読んだときは、煩悩が深いから、罪深い身であから、再び苦悩多い人間として生まれ替わってしまうということを表現されているのかなと思いました。
でも、煩悩が深い、苦悩が多い身であるということは、想う気持ちが強いということ。執着とも言います。執着深きゆえに迷い苦しむのが人間ですが、執着深いからこそ人間であるとも言えると思います。執着を生きる身であるからこそ、おしえに出遇ったとき、自身の執着の深さを思い知らされます。私とは、人間とは、憐れむべき存在であることに目覚めます。しかし、憐れみ悲しんでくださっている主体は、実は阿弥陀如来であったのです。
自身の執着の深さを思い知り、そこでやっと阿弥陀の慈悲に巡り会います。執着ある故に、阿弥陀と出遇えるのです。
親鸞聖人のおしえに触れ、自身の執着に目覚め、阿弥陀の慈悲を感じる。そのような身となったものは、おしえを自分だけのものにしてしまうのではなく、身をもって他者(生きとし生けるもの)をすくいたいという願いに立つ。その願いの告白が、「もう一ぺん人間に生まれ替わってくる」ということだと聞こえてきました。

想いが強いということは・・・
人生における悩み苦しみからの逃避を求め願うけれど、
深い苦しみを経験するからこそ、身近な人を、大切な誰かを、自然を守りたいと想う気持ちも、強く出てくる。
自分だけが良ければいいのなら、もう一ぺん人間に生まれたいとは思わないかもしれない。
他を想う・感じるこころが芽生えたならば、もう一ぺん人間に生まれて、自力の限りを尽くしたいという願いに立つ。阿弥陀如来の慈悲のこころによって、持(たも)たれているから。

2012年6月15日 (金)

私の前を歩く人が、ゴミをポイッと捨てていったとして、何も感じませんか?

前回は、真宗大谷派の声明(大飯原子力発電所再稼動に関する声明)をアップしました。
声明に賛同し、取り急ぎアップしたため、私の想いを書きませんでした。無責任でした。失礼しました。想うところを書かせていただきます。

今回の声明や「死刑執行の停止、死刑廃止を求める声明」を発表したとき、あるいは、差別を受けている方々の側に立って活動をしたり、社会運動と言われるものに関わったとき、「どうして真宗はそういうことをするの?」「親鸞のおしえなの?」と問われることがあります。「親鸞のおしえは、煩悩具足・煩悩成就の身の自覚を促す教えであり、その教えの元に、こんな声明とか社会運動に関わるのは、違うんじゃないの?」といった具合に。

親鸞聖人は言われます。
「私たちは、出遇う縁によって、なにをしでかすか分からない存在です」と。
お釈迦さまも、縁起の道理を説かれました。すべての事柄は縁によって起こるのです、と。
縁によって生きる(生かされている)存在です、と。

以前の私は、
原発の事故によって苦しむ人々の側にいようと思うこと
差別で悲しむ人の助けになりたいと思うこと
社会問題に関わろうと思うこと
それらのことは、“縁”によって出会った人・事との関係において促され、こころに動きが生じ、行動に移る…そういうことを“縁”だと思っていました。

しかし、3.11以降、“縁”とは、私たちが日常 口にするような“出会い”を意味する程度の話ではないのだと感じるようになりました。

両親の縁、そのまた両親の縁。代々受け継がれてきた血や法(おしえ)のつながり・・・時間という縦軸
同時代を生きる衆生(生きとし生けるもの)とのつながりという横軸
それら縦軸と横軸が編み目のように織り成すつながり “縁”の中に、私はできました。
その事実は、
私にとって楽しい出来事が起これば、同時に悲しい想いをしている人を生じさせます。
誰かが幸せを享受しているとき、私は涙を飲まねばならないかもしれません。
それが“縁”であり、そういう中を生かさせるはたらきが“阿弥陀”です。

「原子力発電所再稼動に関する声明」を出し、原発再稼働をすることないように念じます。原発に依存しない社会を目指します。
すると、「電力が足りなくなったらどうするんだ?」「原発に生活を依存している人々がいるんだぞ!」「お前らも原発がある生活を享受してるじゃないか」と言われます。
「死刑執行の停止、死刑廃止を求める声明」を出し、死刑の廃止を願います。
すると、「身内を殺された遺族の気持ちはどうするんだ?」「お前の身内が殺されても、死刑廃止を訴えられるのか!」「本山はそう言ってるけど、お前らの本心はどうなんだ?」と詰め寄られます。うん、鬼気迫る感じで。
声明を発表するにしても、社会活動に関わるにしても、賛成にしても反対にしても、関わりをいただいた誰かのために行動を起こすと、反面つらい思いをさせる人も生まれるのです。先ほどの“縁”の話です。
ご本山も、何らかの活動をしている人も、すべての人(いのち)のためになるとは思っていないと思います(お一人お一人と話したことがないので分かりませんが)。自分が関わることによって、悲しむ人も生じている。その自覚が、胸に突き刺さりながらの声明発表であり、社会活動への参加なのだと思います。逆に言うと、胸を突き刺す痛みのない活動は、自己満足・自己陶酔にすぎません。

原発停止に関して、「大谷派は動きが速いね、よく活動するね」という声を聞きます。それは、お他宗が何もしていないわけではありません。
当然、原発が建っている地に立っているお寺もある、生活している檀家・信徒・門徒もいる。ということは、原発関係の仕事に就いている檀家を多く抱えているお寺もあるわけです。すると、宗派として大きな声で「原発反対」を訴えられないのです。お他宗の住職からそのような苦悩を聞いたことがあります。個人レベルでは活動できても、宗派として「原発反対」「再稼働反対」とまでは言えない実情があるのです。
ではなぜ真宗大谷派は声明を出したのか。そのような地に寺がない、ご門徒がいないわけではありません。お寺もあるし、ご門徒もいます。思うに、親鸞聖人のおしえをいただき、“縁”に生かされている身の事実を感じているからこそ、声明が出せる・素早く行動ができるのです。
声明を出すことによって苦しむ人がいる。そのことを承知の上で、行動に移しているのです。
「親鸞のおしえは、煩悩具足・煩悩成就の身の自覚を促す教えであり、その教えの元に、こんな声明とか社会運動に関わるのは、違うんじゃないの?」・・・いえ、煩悩具足・煩悩成就の身であることを知ったからこそ、身が動くのです。
「人間ってそんなもんだからしょうがない」と立ち止まるのではなく、「“縁”によって生かされているんなら、自分から何かする必要もない」のではなく、身が動くのです(「身を動かす」のではなく)。他力(阿弥陀のはからい・縁)に包まれ生かされているからこそ、必死で自力を尽くせるのです。

死刑廃止に関して、ここまで書き綴ってきたことでは、私の答(想い)としては、不十分ですね。
私は短気です。以前は瞬間湯沸かし器と言われることもありましたが、さすがに40歳にもなると、そこまでは怒りませんが(と、思っていますが)。
当然、大切な人の身に何かがあれば、何を考え、何をしでかすか分かりません。「お前の身内が殺されても、死刑廃止を訴えられるのか!」なんて問いを投げかけるな!! です。
恨みを持つこともあるでしょう。いえ、うちをメチャクチャにしてくれたものを憎み恨みながら生きています、今、現に。しかし、それはそれとして、私が他者を恨むこころを持つ者となるということは、私は誰かに恨まれる者となり得る存在であるのです(私が恨む他者から 恨み返されるということだけでなしに)。それが、“縁”ということです。
自分の中に尋常でない怒り心が存在するからこそ、その怒り心は自分に返るものであると突き刺さるほどに感じています。いえ、突き刺しながら生きています。忘れてはいけない。それでも生きていられるのは、他力を生かされているから。親鸞聖人のおしえに出遇えたから。

親鸞聖人は、おしえに「あう」というときに、「遇う」と書きます。
何度も書いてきましたし、何度もお話してきました。「遇」には、自分にとって良いことも悪いことも、すべてのひっくるめての「出遇い」の意味が込められているのだと。なぜなら、“縁”を生かされているから。
「縁」を、「いい人に出会えて」「いいご縁があって」という、私たちが日常 口にするような意味で捉えると、納得出来ないことでしょう。でも、おしえをいただき、身の事実を少しでも感じたのならば、「遇」には、いろいろな出遇いが含まれている、人生すべてが含まれているという気付きがあると思います。
「それじゃ、おしえに出遇った方が苦しいですね」と思われるかもしれません。確かに苦しいことだと思います。苦から逃れて理想(自分にとって好都合)を追い求めるためのおしえではありませんから。でも、人生とは苦しみながらも歩めるものだということを、親鸞聖人はおしえてくださったのです。

若坊守(妻)が得度をしました。得度式を終え、ご本山から出てきたら、お世話になっている先輩僧侶とちょうど出会いました。私のことも妻のことも知っている方です。
私 「今、妻が得度をさせていただきました」
先輩「そうですか、迷いの衆生を誕生させてしまいましたね。おめでとうございます」
と、お祝い()のことばをいただきました。
親鸞聖人のおしえに出遇い、悩みスッキリではなく、いよいよ迷いを生きる身となる。
悩み迷いが生じるのは、“縁”を生きるから。私に悩み迷いが生じるとき、楽しい想いをする人も生じ、私と共に悩み苦しんでくれる人も生じる。私が悩み苦しみなくスッキリできたとき、悩み苦しみが生じている人もいて、何も見えなくなっている私を哀れむ人も生じる。“縁”は、独りに起こる事柄ではなく、縦軸横軸がすべてを織り成し、人間だけでなく 生きとし生けるものすべてを結ぶ。
声明を出しては人を勇気づけ、励まし、新たなつながりを生む。
声明を出しては誰かを傷付け、何もしなければ不信感を生む。
どちらにしても、なにかが生じる。そんな中を生きているからこそ、立ち止まってなんかいられません。

修練(大谷派教師資格を得るための研修)を受けているとき、同じ班に、原発がある地にお寺がある子がいました。
「うちは、原発推進派の住職(父)と反対派の私で対立しています。うちだけじゃなく、私が住んでいる土地では、夫婦・親子・兄弟など肉親どうしで賛成反対に別れていがみ合っています。喧嘩が起こります」
と、話してくれました。20年ほど前の話です。そんな大事な話をしてくれたのに、私にはピンと来ませんでした。私事として聞いていませんでした。今更、彼の言っていたことの重大さが重くのしかかっています。原発そのものが身近にない私たちは、危険な原発を、ある地域に押し付けているだけでなく、そこに住む人々を、肉親でありながらもいがみ合い、喧嘩をさせているのでした。そういうことをさせる権利が、どうして私にあるでしょうか。
思い返すに、修練の話は20年ほど前の話。ということは、日本において原発がある生活が始まってから20年程度しか経っていない頃の話なのです。その時点で、苦しめられている人々がいました。今になって、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
電気がある生活を享受しているとき、親子兄弟でいがみ合わされている人々がいます。

「私の前を歩く人が、ゴミをポイッと捨てていったとして、何も感じませんか?」
多くの方が不快に感じるのではないですか?
不快に感じながらも、そのまま通り過ぎてゆくことでしょう。
タバコだったら、火を踏み消してくれる人はいるかもしれません。
ゴミを拾ってゴミ箱に捨ててくださる人もいます。だって、そうでなければ日本中ゴミだらけです。
紙くずやタバコなどのゴミなら、簡単に片付けられます。しかし、核廃棄物はそうもいきません。原発から生じる核廃棄物は、その廃棄方法も確立していないし、一時保管もままならない現状です。つまり、原発に依る生活というのは、今を生きる人間が処理できないゴミを、後を生きる人に対してポイッする行為なのです。自分が不快に感じることを、実は平気でしているのです。気付いてやっているのか、気付かずにやっているのか分かりませんが。

原発推進・反対の話になるとき、その大多数は電力が足りる足りないの話に終始してしまいます。でも、そういう話ではないのです。
私のために、する必要のないいがみ合いをさせられている人たちがいます。
後の世を生きる人に対して、ゴミをポイッして平気なのでしょうか。
そういうことに目覚めさせようとしているのも、宗派声明であると受け止めています。

2012年6月12日 (火)

真宗大谷派 大飯原子力発電所再稼動に関する声明

6月8日、野田内閣総理大臣の大飯原子力発電所再稼動の表明に対して、真宗大谷派では6月12日、宗務総長名による宗派声明を発表しました。

--------------------------------------------------------------------------------

大飯原子力発電所再稼動に関する声明

 真宗大谷派は、福島第一原子力発電所の事故以来、一貫して「原子力発電に依存しない社会の実現」を目指してきました。
 私たちは、福島第一原子力発電所の事故により、ひとたび放射性物質の拡散が起これば、取り返しのつかない事態に陥ることを、改めて思い知らされました。そして、原子力発電の「安全神話」も「必要神話」も、経済を優先するあまり、人間が創り出した闇であったことを認めなくてはなりません。
 今なお、福島第一原子力発電所の事故で多数の苦しんでおられる方がある中で、一旦停止した原子力発電所を再稼動する理由に、人のいのちよりも優先すべきことがあったのでしょうか。
 ここに、真宗大谷派は、このたびの野田内閣総理大臣の大飯原子力発電所再稼動を表明されたことに対し、強く遺憾の意を表明いたします。あらためて大飯原子力発電所はもとより、他の原子力発電所も決して再稼動することのないように、念願するものであります。

2012年6月12日
 真宗大谷派(東本願寺)                 
   宗務総長 安原 晃

2012年6月 9日 (土)

若坊守得度受式報告

2012年6月6・7日
西蓮寺が所属する真宗大谷派東京教区東京五組で、3人の若坊守が、ご本山(真宗本廟)において得度式を受式しました。
私も、娘ふたりを連れて京都に行ってきました。若坊守にお声明の稽古をつけてくださっている佐伯住職・若坊守の先輩方も付き添ってくださり、賑やかな門出となりました。(東京五組若坊守の会…通称 若藤会)

得度式とは真宗大谷派の僧侶になるための儀式で、宗祖親鸞聖人が9歳で得度されたということにちなんで、満9歳から受式することができます。得度式は1月・12月を除いて毎月7日に行なわれています。今回の得度式には、全国から60名を越える方々が集まりました。

6日は得度受式に際しての説明と装束の確認。
7日は得度式本番です。
両日とも受式者に付添人が必要なのですが、付き添いは若藤会にお任せし、私は子守り。
6日の説明会中は本山内をウロウロしていました。境内でシャボン玉し、御影堂で子どもと戯れ、参拝ギャラリーを走り回っていたのは私たちです。お騒がせしました。
7日の得度式は、受式者だけが御影堂に入るので、式が終わるまでの時間、新しく出来た京都水族館に行ってきました。綺麗で、小さい子どもを連れて行くには規模もちょうどよく感じました。
式が終わってもう一泊。8日は梅小路蒸気機関車館に行ってきました。3歳の長女は、水族館に行ったことや蒸気機関車に乗ったことが楽しかったらしく、「また行きたい」を連発しています。

7日は、御影堂で得度式があり、それが終わると受式者は大型バスに乗って大谷祖廟に行き、親鸞聖人にご報告に参ります。その後、また真宗本廟に戻り、法名伝達式があります。

Dsc_0182

法名伝達式が終わって、得度も無事終了。
先生と若藤会の皆さんで記念写真。
受式者3人には、それぞれの法名が書かれた紙を持ってもらって記念撮影。
3人とも在家に生まれ育ち、縁あっ​て大谷派のお寺の副住職と結婚し、時を経て、得度を受式しました​。
坊守にとって、得度は必ずしなければいけないものではありません。自分の想いとして、受式するもしないも決められます。そんななか、お寺での生活をしていく中で、得度を決意された3人。装束を着て、いただいた法名を手にする姿をファインダー越しに見て、あらためて感動していました。
自力でははかれない縁を生き、おしえとの稀な出遇いをいただき、得度のご縁にたどり着く。
自力を尽くしながらも、それらすべて他力の中。
一人おしえに生きるのも有り難いことですが、3人の仲間と共に得度受式のご縁をいただく。しかも周りには、同じように得度受式のご縁をいただいた先輩方がいる。親鸞さまもいる。温かい得度式でした。

西蓮寺若坊守の法名は「釈尼燈美(しゃく に とう み)」
「美」は名前からつけさせていただきました。
「燈」は、法(おしえ)の燈(ともしび)です。
常に阿弥陀如来の導きを生き、常に教えに照らされ、常にご縁をいただいている身である。
他者を照らす存在となるのではなく、他者(ひと)に照らされているからこそ生きている存在であるという自覚。
「釈尼燈美」には、そのような願い(想い)が込められていると、いただいています。南無阿弥陀仏

6月9日は前坊守(住職のお母さん)の祥月命日。
大谷祖廟に分骨してあります。
実は、受式者が大型バスに乗って祖廟に出発するとき、私は娘ふたりと共にタクシーで祖廟に行ってしまいました(付添人は真宗本廟で待っているんですけどね)。
バスより先に祖廟に着き、本堂前と御廟前でナムナム。
「ここにはね、ジィジ(住職)のお母さんのお骨が納めてあるんだよ」と娘たちに話ながら 手を合わせてきました。
娘はキョトンとしていましたが、手を合わせ、ナムナムし、お焼香もしてくれました。祖廟にも来られてよかったです。
ナムナムが終わった頃、得度を受式された皆さんが来られました。「やぁ」と手を挙げる私に、先導していた 知り合いの職員と、若坊守3人の目は訴えます。「来てるし…」。偶然だから仕方ありませんよね^^(いやいや)

妻は緊張の得度式だったと思います。
私は、妻が得度してくれたことや 京都に来られたことなどでウキウキしていました。
娘2人は、楽しそうにしていましたが、疲れさせてしまったかもしれません。
次は、報恩講にお参りしたいと思います。

新しい1歩を踏み出します

532999_165798633551445_441054179__2

2012年6月 6日 (水)

真宗本廟 御影堂門修復①

P1010232


P1010231


P1010233


2012年6月 1日 (金)

2012年6月のことば

Img026
名前は宝物

お仲間のお寺さんと話しているとき、今は亡きある住職(以下、H住職)の話になりました。
「H住職は、人を呼ぶとき、名前で呼んでいたよね」
 (たとえば、「よしかずっ」とか「つとむっ」とか。なぜか私には「かっちゃん」でしたが。)
「そうだね。考えてみれば珍しいよね」
「でも、それが温かかったよねぇ」
「懐かしいね」
名前で呼んでくれる人って、あまりいません。「○○さん」とか、あだ名とか、中には「おいっ」など人権無視的な呼び方をする人もいますが。それだけに、H住職の呼び方は、H住職自身の人柄もあり、とても温かく、とても懐かしく、いつまでも耳の底に残っています。みんなで ふと思い出したことでした。

今春から長女が幼稚園に通っています。幼稚園の面接日、入園希望の子どもたちは幼稚園が預かってくれて、別室で親の面接や説明会がありました。子どもたちの遊ぶ様子を見ていたら、幼稚園の先生たちが子どもたちのことを 「○○ちゃん」「○○くん」と、名前で呼んでいました。まだ入園するかどうかも分からない、初めて会った子どもたちを、名前で呼んでくれている先生方。名前で呼ぶということは、そこにあっという間に感情の交流が生まれるんだなぁと感じました。この幼稚園に入れたらいいなぁと思いました。おかげさまで入園が決まり、長女は毎朝元気に登園しています。

H住職が人の名前を呼ぶと、大勢の中の誰かを呼んだのではなく、あなたのことを呼んだのですという、代わりのいない私を認めてくれていたような響きがありました。幼稚園で先生方が子どもの名前を呼んでくれるのも、安心感を得られます。一人ひとりを見てくれているんだなぁって。だから温かく、だから懐かしいのですね。

宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」では、主人公の千尋は、名前を奪われることによって、千尋としての記憶を失いそうになります。ハクという少年は、名前を奪われることによって、過去の記憶・自分の生い立ちを思い出せずにいました。「名前」というものが、一人ひとりの個性や人生を表わすものであり、無数の縁が込められたものであるからこそ、「千と千尋の神隠し」のような作品が生まれたのですね。

親鸞聖人のおしえをいただく者にとって、自分の名前と共に大切な「名前」があります。「南無阿弥陀仏」です。「南無阿弥陀仏」を名号(みょうごう)と言いますが、名前のことです。
浄土真宗のご本尊 阿弥陀如来は、生きとし生けるものすべてのすくいを願い、「あらゆる いのちあるものよ。どうか私の名前を呼んでください。名前を呼ぶすべてのものを、私はすくいます」と誓いを建てられました。この願いによって、私たちは「南無阿弥陀仏」の念仏を称える縁をいただきました。
阿弥陀如来とは、無量寿・無量光。人知を越えた、量り知れないいのちの歴史と、量り知れないいのちとのつながりを意味します。つまり、「南無阿弥陀仏」の名号とは、ご本尊 阿弥陀如来の呼称ではなく、過去現在未来を貫くいのちの歴史と、今の世を共に生きるいのちのつながり。つまり「縁」です。

子どもやペットに対し、名付け親は様々な想い・希望・願いを込めます。しかし、「名前を付ける」というと、名前を付ける人が主体になってしまいますが、名前を付けることができるのは、子どもやペットなどがいてくれるからです。つまり、名前をつけてあげるのではなく、名前をつけさせてもらっているのです。そのような事実から、縁をいただいて今の私がいることを思わされます。

曽我量深先生(1875~1971)は、
「南無阿弥陀仏は生ける言葉の仏身なり」
と教えて下さいました。「南無阿弥陀仏の名号は、生きた言葉となって、私たちにはたらいてくださっている仏さまであります」と。
阿弥陀如来やそのすくいといっても、目に見えないものは信じられないと言う人もいることでしょう。しかし、名前を付けるのではなく、付けさせてもらう縁をいただくということも、目に見えないはたらき(すくい)が、私に届いているということです。慈悲のはたらきが、生きた力となって私にまで届いています。名号(名前)は、縁を生きる私の姿と、私にまで届いている慈悲のこころ(阿弥陀如来の願い)を明らかにしてくださいます。

さて、土地にも名前があります。土地の名前は、風土の特徴などが表現されています。風土と名前が一体となって、人のこころに記憶されます。原発事故により、故郷(ふるさと)を追われている方々がいます。放射能汚染を気にしないでいられる地に住む者は、「危険な場所からは、一刻も早く離れた方がいいのに」などと簡単に言います。しかし、その土地を故郷として生きている人にとって、故郷を離れるのはつらいものです。
「故郷を失う」という言い方をしますが、はじめ私は、故郷から離れても失うことはないだろうと思っていました。しかし、福島の人々に対する差別が生まれている現代日本において「故郷を失う」とは、「福島出身であることを名のれない」ということを意味するのでした。故郷を名のれないということは、自分の名まえを奪われるに等しいことです。「名のれない」と書きましたが、正確には「名のらせない」のです。どうして人の名前(故郷)を奪う権利が、私たちにあるのでしょうか。故郷を名のれない(名のらせない)現代に、絆だ、つながりだ、縁だと言っても、虚しく響くだけです。

「○○出身の○○です」「南無阿弥陀仏」
名前を名のることができる、名号を称えることができるということは、宝物を持って生きている事実です。誰にも奪われることのない大切な宝物を、誰もが抱えて生きています。

   

掲示板 6月の人形
カエルの親子とでんでん虫です
Dsc_0095

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ