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2012年5月 1日 (火)

2012年5月のことば

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人は慣れると、
手ですることを足でする

子ども(3歳)に手を洗わせるとき、洗面台の前で子どもを抱き上げて、足で踏み台を動かして、子どもを台に乗せてしまうことがあります。
子ども(1歳)のオムツを替えるとき、子どもを抱えたまま、床に散らばるおもちゃを足でどかして、スペースを作ってしまうことがあります。
格好良いことではないなぁと思いつつ、つい足を使ってしまいます。
「人は慣れると、手ですることを足でする」…相手を邪険に扱ったり、見下したり、まともに対応しなかったりすることを、「足でする」と教えられます。思い当たることはありませんか?
「五月病」ということばがあります。希望や決意をもって、新しい歩みを始めた4月。一ヶ月の歩みを経て、想いと違ったり、人間関係で苦しんだり、生活のペースが変わったりして、気分が落ち込んでしまうのが5月。新しい歩みになかなか慣れないのも無理はありません。
反面、慣れすぎてしまうという厄介な問題も人間は抱えています。熱意をもって頑張っていたのに、長いこと続けていると対処方法を身につけてしまい、手や気を抜きながらこなしてしまいます。まさに「足でする」状態ですね。

以前、寺の掲示板に、
「あぐらをかいて字を書けば、字もあぐらをかく」
と掲示をしたことがあります。後で分かったことなのですが、このことばが掲示してあるときに、作家の阿川弘之さんが友人の墓参で西蓮寺に来られたそうなのです。
寺の掲示板のことばなど説教くさくて嫌だと気にも留めない阿川さんも、このことばには、おやと足を止めました。阿川さんは、原稿を書くのは気にならないけれど、手紙などを書くときは、自分の字が嫌で筆が進まないそうです。で、どうしても書かなければいけなくなってから嫌々筆を執ります。パジャマを着たまま。
掲示板のことばを見て、「パジャマを着て字を書けば、字もパジャマを着るということだなぁ」と感じられたそうです(と、ある雑誌のコラムに書かれていました)。
嫌々やっていると、やったことのすべてに嫌々な雰囲気が染み付いてしまいます。
ダラダラやっていると、やったことのすべてにダラダラ感が染み付いてしまいます。
足ですると、邪険に取り組んだ跡が残ってしまいます。
たとえ形は整っていたとしても、嫌々な雰囲気・ダラダラ感・邪険に取り組んだ跡が漂っていては、あなたにお任せすることは出来ませんと、他者(ひと)に愛想を尽かされることでしょう。
「足でする」と、他者から愛想を尽かされます。それだけでなく、何事をも「足でする」態度を続けていると、自分で自分自身を軽んずることにもなります。他者を粗末にし、仕事を粗末にし、責任を粗末にするということは、実は自分自身を粗末にしていることの表われなのです。

掲示板には「人は慣れると」と書きましたが、「なれる」には「慣れる」だけでなく「馴れる」もあります。「人と親しくなる」という意味の「馴れる」です。「馴れ初め」とか「馴れ馴れしい」と言いますよね。
「人は馴れると、手ですることを足でする」という面も持ち合わせています。せっかく親しくなり、分かり合えるほどの仲になったのに、大切に接するどころか、高慢な態度で相手に接するようになってしまう。出会えた有り難さを忘れ、そばにいてくれることが当たり前になってしまうのですね。そばにいなくなったときに、その存在の大きさに目覚めても、気付いたときにはもう遅いのに。

さて、「足でする」ということで文章を書いてきましたが、どうしても「足でする」=「失礼なこと」という文章になってしまいます。しかし、書いていて思いました。足でしてはいけないことを足でしてしまうのは、実は私自身の問題なのでした。足は、まったく悪くありません。「慣れて(馴れて)しまうと、手ですることを足でしてしまう私です」ということばでもよかったですね。

足の偉大さを思うとき、作家の高 史明さんのお話を思い出しました。
ある日、「死にたい」と訴える女子中学生が高さんのお宅を訪ねます。
高さんが「死にたいって、あなたのここ(頭を指して)が言っているの?」と尋ねると、女子中学生はコクリと頷きます。
高さんは言います。「頭で〝死にたい〟と考えていると言うけれど、あなたが死ねば、手も足も死んでしまいます。手を開いて相談しなさい。そして、あなたを支えている足の裏に相談してみなさい。足の裏を洗ってから」と。
彼女は帰り、数か月して手紙が届きました。その手紙には「足の裏の声が聞こえてくるまで、歩き続けることにします」と書いてあったそうです。

誰もが平等に立つことが出来る大地があります。大地があるからこそ、私たちは立ち、歩み、生きることができます。そして、その大地に私たちを立たしめてくれるのが、足です。大地を踏みしめているのが、足の裏でした。
足の裏の声に耳を澄ませながら、一歩一歩の歩み(立ち止まることも含めて)を大切に生きて往きたいです。

   

掲示板 5月の人形
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コメント

あ~そうよねえ、足の裏ほとんど見ないんだわねえ、お風呂に入った時ぐらいかなちょっと見る、
でも魚の目なんか出来ちゃったら大変だ、歩けないんですもの、良く見てケアしなきゃねえ足の裏、
若い女性が、細い先のとがった靴をはいているんと気になる、ああ外反母趾になるよ~だめだめ
昨日、駅のホームでベンチに座っていたら、目の前を歩く足が見えて、フラットな靴(踵のひくい)を履いている女の子、かっこいいのよ、すっきりした足が伸びていて、
おもわず、自分の足元を見ちゃいました、運動靴、お洒落じゃないけど、まあ足にはいいかな
あれ、こういう問題ではない?

☆柳沢佐智子さま
えぇ、そうでうすね、フラットな靴を履いて、しゃんとした姿勢で歩いている姿は、美しくも格好良いですよね。で、強い匂いの香水ではなく、石鹸のような自然で優しい感じの匂いが漂っているとグッとですよね。
って、そういう話ではない?

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