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2012年5月31日 (木)

苦労考

「苦労」という字を見ていて、ふと思いました。

「労」にも“骨を折る” “努力する” “働く”といった意味があるから、
「苦労」は「苦」も「労」も「苦しみ」を内包しています。
だから、「私は苦労しています」「昔 苦労してねぇ」と、自分で言っても間違いではないのだけど…

「労」は、「いたわる(労る)」「ねぎらう(労う)」と読みます。
つまり、「苦労」とは「苦をいたわる」「苦をねぎらう」とも読めます。
「頑張ったね」「あなたの努力を、私は見てますよ」「無理しなくていいんだよ」と、「苦をいたわる」「苦をねぎらう」人がいてくれて初めて、「苦労」は成り立つんだなぁと、ふと思いました。

「こんなに頑張っているのに、苦労しているのに」と愚痴をこぼしたくなるときもあるでしょうが、頑張っている姿って、必ず誰かが見ていてくれているものです。
自分で「苦労したよぉ」「苦労してんだぁ」などと言うものではなく、
たとえ声はかけられなくても、「頑張ったね」「あなたの努力を、私は見てますよ」「無理しなくていいんだよ」って、苦をいたわって(ねぎらって)くれる人がいます。
そういう想いや視線に守られているからこそ、実は「苦労」が出来るのです。

でも、誰かの頑張りを知っているのなら、いたわり・ねぎらいのことばをかけてあげてください。
そのとき、ただの「苦しみ」が「苦労」に変わります。
一人で背負っていた「苦しみ」が、支えられているから頑張れたんだなぁって思える「苦労」に変わります。

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