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2012年4月

2012年4月30日 (月)

もう4月も終わりですね

毎月1日に発行している西蓮寺寺報「ことば こころのはな」
4月最終日の30日 夕食にて
若坊守「寺報、書けた?」
私   「いや、まだ。まったくの白紙」
若坊守「素敵じゃない!」
私   「?」
若坊守「だって、白紙ってことは、これからいろいろなことが描かれるわけじゃない!」
私   「そうだねぇ…」

ただ今、日付が変わる20分前…
寺報、できるのか?

2012年4月29日 (日)

西蓮寺永代経法要2012

2012年4月29日(日) 西蓮寺永代経法要
日本に仏教を伝えてくださった聖徳太子。「南無阿弥陀仏」のお念仏に生きられたインド・中国・日本の七高僧。宗祖親鸞聖人は、これらの先達を讃えておられます。先達のおかげで「南無阿弥陀仏」のお念仏に出遇え、   苦悩のままに生ききる人生をいただいた、と。
親鸞聖人亡き後も、念仏をよりどころとして生きられた人々の歴史が、こんにちに続いています。
「永代経法要」とは、亡き人に対する永代にわたるご供養をする法要ではありません。念仏とともに生ききられた人々の歴史が、私にまで届きました。そして、「南無阿弥陀仏」と私が口にすることを通して、これからのいのちを生きられる人々に、念仏は伝わります。
仏法に触れる場・仏法を聞く人の誕生が、後の場・人を誕生させてゆきます。その歴史が永代に続く場が「永代経法要」なのです。つまり、今を生きる私のための法要なのです。
今日という場は、私に先立って生ききられた方が、我が身をもって用意してくださったのです。私が、亡き人のために手を合わせるのではありません。先往く人のご縁が、私に手を合わさせてくださるのです。
南無阿弥陀仏

(西蓮寺永代経法要2012 参詣者に配布するプリントより)

2012年4月28日 (土)

不可 思議

阿弥陀如来の不可思議なる功徳
 人知では思議できないほどの功徳
 人知の思議を超えた功徳
 おもいはかることが出来ない
などと言うのだけれど、そのように言っている時点で、不可思議なるものを思議しようとしているような気がする。

不可思議は、不可思議

先のことは分からない
 どれほど覚悟を決めていても、
 どれほど慎重に生きても、
 どれほど正しい道を歩んでいるつもりでも、
 どれほど聴聞していても、 
 なにが起きても引き受けていくつもりでいても、
そのときにならなければこの私がどうなるか分からない
 そのときにどんな感情が湧いてくるのか、
 こういう風に立ち居振る舞おうと決めていたことも、できやしない
 想定外のことばかり

人生とは、縁とは、不可思議なり

2012年4月27日 (金)

だいじょうぶ…じゃない

動きが活発な長女は、高いところから飛び降り始めました(父親に似て、高いところが好きらしい)。
「危ないよ」「気をつけて」と注意しても、
返事は「だいじょうぶ
活発なのを抑えるつもりはないけれど、次女の近くに飛び降りたり、ときにはヒヤヒヤすることも。
怪我してからじゃ遅いんだけどなぁ。


お墓参りにみえた方にお線香をつけてあげて、燃え広がらないように 缶に入れてお渡ししています。
そうすれば寺の玄関からお墓まで慌てる必要もないし、お墓の花立てにお花を挿したり お墓を掃除したりしている間も安心してお線香を置いておけます。
お参りが終わったら、玄関に缶を置いていってもらうようにお願いしています。
ところが、玄関に缶を返すのが面倒くさくて、
「お線香、缶に入れてお持ちください」と渡しても、
「だいじょうぶです」といって、お線香だけ持っていく人もいます。
ちょっとでも強い風が吹くと、お線香はたちまち燃え広がります。移動中に燃え広がったら、火傷もするし、建物に燃え移ることもあるかもしれない。どんなに注意していても、そうなるときは、そうなってしまうんだけどなぁ。


「原発って、安全なの? これだけ被害が出てるんだから、もう無くす方向で考えませんか?」
「だいじょうぶです


「大丈夫」とは元々、菩薩や仏陀など、何事においても間違いがなく、徳をそなえた者のことを言います。
完璧な様から、頑丈・健康・あぶなげがないなど、現代使われる意味に変化していきました。
元々のことばの意味を味わうとき、決して「だいじょうぶ だいじょうぶ♪」などと、軽く簡単に口にしていいことばではないことを思い知らされます。
仏さまを称して「大丈夫」と言えるのであって、人間において「だいじょうぶ」はあり得ないのです。

それに、「気をつけて」「あぶないよ」「やめようよ」という ことば に応えて「だいじょうぶ」と言うことは、「私に限って間違いはありませんから」と言っているようなもの。会話にすらなりません。
せめて「だいじょうぶ」ではなく、自分の想いを込めた ことば で応えたいものです。

などと言いながら、私も「だいじょうぶ」と言ってしまうことがあります。
言った後に、「あ~ぁ、相手を無視しちゃった」と後悔します。ちゃんと、会話をしたいと思います。

このことを肝に銘じておけば、もう「だいじょうぶ♪」…ダメじゃん


(追記)
「だいじょうぶ?」と、こちらから問いかけるときもありますね。
「だいじょうぶ?」
「だいじょうぶ!」

「お釈迦さま?」
「はい、お釈迦さまです!」
と言っているようなものでしょうか。

2012年4月26日 (木)

おはようございます

一日が始まっても、
自分が始まっていない。

自分がどれだけ世に役だっているかより、
自分が無限に世にささえられいることが、
朝の微風のなかでわかってくる。

「人の世話にならないように」努めるよりも、
「お世話になってます」と、頭の下がる私になりたい。

2012年4月25日 (水)

永代経法要 おみがきの会2012

2012年4月24日(火) 永代経法要にむけて おみがきの会
7名の方がご参加くださいました。ありがとうございます。
7名も集まっていただけると(+寺の4人と乳児1人)、おみがきだけでなく、本堂の大掃除も含めて1時間で終えることができました。前日の寒さも嘘のような快晴で、まさにお掃除日和。
いつも書くことですが、おみがきの会が終わると、法要の準備もほとんど終わったような気持ちです。おみがきの会を始める(復活する)前は、寺の人間だけで一日がかりでおみがき&掃除をしていました。一日で終わらないときもありました。会を始めてから、早く、綺麗に、楽しく 準備が出来ます。有り難いことです。
おみがき&掃除が終わって、お勤めして(新調した「聖徳太子像」「七高僧」の軸をお披露目しました。永代経法要で初披露ですが、お手伝いいただいた皆様に先にお披露目しました。役得役得♪)、お昼ご飯。
お昼ご飯の途中で賑やかな幼稚園児も帰ってきました。楽しい時間を過ごすことができました。今日も永代経法要の一部です。
残りの支度をして、29日、出席のお返事をいただいた皆様のお越しをお待ちしています。

2012年4月24日 (火)

三毒(つづき)

眠れぬ夜に この世の生きにくさについて考えてたどり着いたのが、先日書いた「三毒」。
はじめから「三毒」について考え始めたのではなく、考えているうちに「あれ、これって“三毒”だ」と気がついた。
人のせいにしていた この世の生きにくさも、すべては自分であったかと、暗い部屋でほくそ笑む。

しかし、考えたといっても、私の浅知恵。文章を書く前にいろいろ調べてみると、自分が考えていたこと(文章に書いたこと)など、お釈迦さまが人々に伝えよう伝えようと努められたことのちょっとも分かってない。

「三毒」の「貪欲」「瞋恚」「愚癡」は、それぞれが独立いていて、それぞれが人々の持つ揺るぎない煩悩。
しかし、世間一般に解釈されている(文章に書いたこと)「貪欲」「瞋恚」…「貪りのこころ」「怒りのこころ」は、「愚癡(真理に暗いこと)」に収まると、あるものの本。
欲しがる意地も、怒る狭さも、真理に暗い故にあふれ出るのですね。

真理について語ってしまうと、その時点で真理でなくなってしまう。けれど、ちょっと語ります。
真理とは阿弥陀如来。阿弥陀如来とは、無量寿 無量光。
無量寿 無量光について、最近感じること

「無量寿」…はかり知れない寿(いのち) 限りない寿(いのち)
寿(いのち)は、連綿と受け継がれてきました。あらゆるいのちがつながりあって、今に続いています。過去の誰一人欠けても、今の私となって表われているいのちはありません。生まれてからのことを考えても、出会った人々の誰一人欠けても、自然のなにひとつ欠けても、今の私はいません。また、いのちのつながりは、現時点で私が最終ランナーではありません。私がいるという奇跡が、さらに後の奇跡を生み出します。そのようなことに想いを巡らすとき、人知の限界を超えた時間的つながりの中の一点を、今、私は生かされているということに気付かされます。

「無量光」…はかり知れない光 限りない光
光は、空間すべてに行き渡ります。しかし、自然が生み出す光にしても、人間が作り出す光にしても、そこに遮るものがあると光は遮断されてしまいます。ところが、阿弥陀の光(衆生をすくいたいと願うこころ)は、たとえ遮るものがあろうとも、十方世界すべての空間に行き渡ります。遮るものとは、阿弥陀如来など信じられないと疑うこころや、未だ阿弥陀如来に出会わぬ人々のこころです。生きとし生けるものすべてに光は届いています。その光には、空間的なつながりを感じます。
震災以後、世界中の人々が、日本に温かい手を差し伸べてくださいました。会ったこともない、顔も知らない、言葉も通じない人々とも、気持ちが繋がるのです。隣に住む人の顔も知らないのが現代日本の姿と揶揄されるのに、世界中の人々と繋がることができる。不思議なものです。“今”という空間を生きるすべてのいのちと共に生きている。
 
時間的・空間的つながりの一点を、今、私は生きている。誰一人、なにひとつ欠けても私はいないし、私一人いないだけで、つながりは成り立たない。時間という縦軸と、空間という横軸が織り合いながら、いのちが誕生していることを感じます。
 
無量寿 無量光とは、“縁”でありました。
廣瀬先生は、縁を生きる、縁に生きるわれらを「遇縁存在」とおしえてくださいました。
「遇」とは、予期せぬ出来事に出会あうこと。あえてよかったと言える出来事ばかりではありません。あいたくない人・出来事との出あいもあります(若坊守は「遇っちゃった」「遇ってしまった」と、素敵な訳をしてくれました)。
また、A先生に Bさんに C君に出あえたなどと、ピンポイントで語れるものではないのが“縁”。 「縁を生かされている」というと、つい、自分にとって良かった出会いばかりをイメージするけれど、そればかりではないし、ピンポイントで表現できるものではない。はかりしれない縦軸と横軸が織りなす“縁”に生かされているのだから。

それほどの縁を生かされている私ですから、「私に責任はない」とか「私のせいではない」では済まされないいのちを生きているのだと思います。
私にはそのように思う背景があるので、「ここにいるという“責任”を背負って生きている」とか「自分で生まれたいと思って生まれてきた」と表現することがあります。ところが、“責任”ということばのイメージが重かったり、「自分で生まれたいと思って生まれるわけないでしょう」(たぶん、その方があっているのでしょう)という理知が邪魔をして、私がこれらのことを口にすると、怒られるか 一笑に付されるかして終わってしまいます。
合っている合っていない、正しい正しくない、好き嫌いという思いを越えて、仏さまのおしえ、親鸞聖人のお念仏に向き合わなければ、真理に暗いままです。
好き嫌いを越えて おしえに向き合ったからといって真理に明るくなることは、人間にとってあり得ないことだとは思います。でも、自分のものさし(考え方)に合うときは頷いて、合わないときは 抵抗・反抗・無視していては、何も変わりません。私は変わりません。抵抗・反抗・無視せずに おしえに向き合った(おしえに出遇った)人々の縁が、今、私に仏法に念仏に出遇う縁をくださいました。

「三毒」について考えていたのに、「真理」について想いをめぐらせていました。
仏教語の意味について考えたとき、一語一語の意味について辞書的な答えを導くことはできるでしょう。しかし、突き詰めると、すべては「真理」に行き着くのだなぁと思いました。

これで眠れそうです。と、何時に書いているんだか。

2012年4月23日 (月)

つい懐かしく

幼い子どもがいると、Eテレをよく見ます。
Eテレでお馴染みのワンワンやパッコロリンのキャラクターが登場する番組「ワンワンパッコロ!キャラともワールド」が、BSプレミアムで放送されています。
Eテレ(旧、教育テレビ)で放送されていた番組を振り返り、昔の映像を見たり、その出演者が登場します。
「できるかな」でお馴染みのノッポさんやゴン太君、「おーい!はに丸」のはに丸が登場しました。
娘たちも喜んで見ているのですが、それ以上に私や妻が懐かしがりながら楽しんでいます。ゴン太君やはに丸の登場に大興奮です。〔はに丸の声は、田中真弓さん(ルフィ)だったのですね〕
思うに、教育テレビはゆるキャラの宝庫ですね。ひこにゃんやスギッチに好意を抱き、真宗大谷派が御遠忌を機にキャラクターを誕生させたときに興奮を覚えたのは、幼少期の想いがあるからかもしれません。
御遠忌でキャラクターが誕生したとき、そのことを快く思わない人がけっこういました。なぜそんなに嫌悪するのかなと思っていたのですが、幼少期の刷り込み(という表現がいいのかどうか分かりませんが)が無かったのでしょうね。そうでなければ、時勢に乗っただけの、子どもに迎合した、金食い虫にしか見えないかもしれません。
幼少期の記憶・体験・経験は、一生ものなんですね。三つ子の魂百までです。それがあると、大きくなってから、子どもの頃の感覚が蘇り、スッと受け入れられるのかもしれません。幼少期の記憶がないと、大きくなってから理知や損得勘定でものをはかってしまう。おしえの受け止めも、幼少期のあり方も影響するんだなぁと思いました。
お寺の子ども会の写真をアップしている先輩僧侶のHPがありました。写真に写っている子たちは、大切な時間を過ごしているんだなぁと感動しました。大きくなって困難にぶつかったとき、必ず振り返る場があるからね。

2012年4月22日 (日)

三毒

「貪欲(とんよく)」…貪り(むさぼり)のこころ
物を欲するということは、本当にその物が欲しいのだろうか。
 誰かが持っているくらいなら、私が持っていたい。
 いらないけれど、周りが持っているから私も持っておきたい。
 持っていることによる優越感をこそ味わいたい。
貪りのこころを見つめていたら、物を欲しがるというよりも、優越感を味わいたい気持ちなんだなぁと思いました。

「瞋恚(しんに)」…怒りのこころ
怒りって、怒りの対象である人や物事・事柄に対する怒りそのものよりも、
自分の機嫌が悪いとか、ムシャクシャしているとか、
そのイライラを他者にぶつけていることのような気がする。
確かに、対象に対する怒りもあるけれど、冷静なとき、落ち着いているときって、声も荒立てないし、手も出ない。イライラしているときって、大したことないことでも、相手をおとしめる。

「愚癡(ぐち)」…真理に暗いこと
本来「ぐち」とは「愚癡」と書き、仏教のおしえからきています。
真理に暗く無知である。人間の根源的な愚かさをいいます。
現代では「愚痴をこぼす」という言い方をしますが、本来のおしえとは関係ありません。
でも、「愚痴をこぼす」ということについて考えたとき、「愚痴って、自分を正義に立てて こぼしているなぁ」と思いました。自分が正しいと思って生活していれば、周りはみんな曲がって見えます。そりゃぁ、愚痴もたくさんこぼしたくなります。

仏教で「三毒」というものがあり、「貪欲・瞋恚・愚癡」を意味します。克服すべき、人間が持つ根源的な煩悩のことです。
ここに書いたことは、「貪欲・瞋恚・愚癡」が持つ、根源的な意味からすれば卑近すぎて、本来の意味からすれば浅いことかもしれません(「愚癡」ではなく、「愚痴」について書いているし)。
ただ、「三毒」について考えていたとき、その毒は、周りにあるんじゃなくて(他者のせいではなくて)、この身に持っている物なんだなぁと思いました。
埃だけでなく、毒まで持ち合わせている身でした。

2012年4月21日 (土)

生きているからこそ

朝起きて、クイックルワイパーをかけるのが最初のお仕事。
毎朝かけて、日中は掃除機もまめにかけているのに、やるたびに埃がいっぱい。

「毎日毎日、どうしてこんなに埃が出てくるんだろうね」
と、ぼやく私に
「自分自身から出てくるんでしょ」
と妻の声。

叩けば埃の出てくる身でした。
パン パン パンッ

(補足)
「自分自身から出てくるんでしょ」
自分自身から埃そのものが出てくる(不衛生だから)という意味ではなくて、
やましい考えや愚かな行為をしながら生きている我が身でしたというおしえです。
どんなに考えを改めたとしても、埃が出る身に変わりはありません。

周梨槃陀迦 周梨槃陀迦♪

2012年4月14日 (土)

ご報告

2012年4月13日(金)
西蓮寺の若坊守(妻)を含む、東京五組若坊守の3人が、得度を受けるための考査を受けました。
3人とも無事合格。ご本山での得度に臨むことになりました。

得度の考査は、浄土三部経と「正信偈」念仏和讃を読みます。
以前も書きましたが、東京五組では若坊守の会があり、成満寺佐伯朋子住職にご指導をいただき、声明の稽古をしています。
住職・副住職は当然得度をしていますが、そのお連れ合いは、得度をしなければいけないという決まりはありません。個人の自由ですが、東京五組には若坊守の会があり、声明の稽古をしているおかげもあり、ほとんどの坊守・若坊守が得度をしております。
このたび、夫を踏み台にして(笑)ご縁をいただいた真宗を、親鸞聖人の仏道を歩む朋が3人生まれたこと、とても嬉しく思います。

妻には、ろくに稽古をつけてあげられなかったのですが、先生が熱心にご指導くださっているので、私個人的には、考査も受かると思っていました。しかし、3人の若坊守(みんな在家出身)は、不安だっただろうし、それだけに一生懸命個々に稽古をしたことと思います。
考査をしていただいた東京教務所長が「個人では不安になるけれど、みんながいるからがんばれるし、そういう関係があることが大切です」と仰っていました。

考査の前の晩、久しぶりに一緒にお経を読みました。私たちがお経を読んでいる横で、次女が音楽が流れる本のボタンを押し、「いーとーまきまき♪」のメロディが流れはじめました。そっちにつられそうになりました。
得度を受けましょうという話が出た頃と比べると、雲泥の差でした。知らないうちに上達していて驚いたし、感激したし、自分の至らなさを痛感しました。次女をおぶりながら練習してたもんね(次女にとってお経が子守歌)。
「それだけ読める人を落とすんなら、今坊さんやっている人間の僧籍を剥奪しなきゃいけなくなるよ」と、励まし(?)ました。

3人とも合格をいただき、みんなの努力と、佐伯住職のご尽力に感謝です。

考査を受けた晩、妻と会話をしていて、ふたりしてO野さんのことを思いました。
3人もよく頑張ったけれど、その努力を感じるからこそ、O野さんも努力されたんだなぁってあらためて思いました。
このブログからの出遇いで、親鸞聖人のおしえに生きることをえらばれ、大谷大学に行き、そこで得度の志をもたれたO野さん(伏せ字の意味がないか)。ろくに稽古もつけてあげられず、不安の中で考査を受けられたことと思います。無事考査を合格し、雪の降る中、ご本山で得度をされました。
あらためて、その努力と志に頭が下がる思いです。今も朋に親鸞聖人のおしえに生きられること、嬉しく思います。

得度は、その人自身が仏道を歩む決意を示すものですが、周りにいる人間に、「あなたの人生によりどころとするものはあるのか?」「仏法僧の三宝をよりどころとして歩んでいるのか?」と問うものであるんだなぁと突き刺さるように感じました。
「今のあんた、どうなのよ?」と、自分を問うているところです。

2012年4月12日 (木)

我が身の籠をば 法の水につけて聞くべし

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我が身の籠(かご)をば
法の水につけて聞くべし

法(おしえ)を聞いて、
「難しくて」
「聞いてもすぐに忘れちゃって」
「右の耳から入って、左の耳から出て行っちゃいます」
というような感想をよく聞きます。
べつに、暗記が目的の聴聞ではありませんから、難しくても、分からなくても、忘れてもかまわないのです。
忘れてしまうという意味では、私たちの頭での受け止めは、ザルや籠(かご)のようなものです。入れてもザーザー漏れてゆきます。これっぽっちも溜まりません。
しかし、ザルや籠に水を貯めておく方法があります。それは、ザルや籠を水の中につけておくのです。そうすれば漏れません。ザルや籠を水の中につけておくかのように、仏法聴聞せよというのが、蓮如上人のことばです。法に生きよ!ということでしょうか。
そのようにいうと、常に仏法聴聞の場に身を置きなさい、常に仏教書を読みなさいとうことかしら?と誤解する人もいるかもしれませんね。
法の水に身をつけるとは、仏法聴聞の場に身を置いたり、仏教書を読むように心がけるなど、自分の思いとして、そのように励むという意味ではないと感じます。自分の思いで、法の水に身をつけたり つけなかったり するわけではありません。我が身は、常に、既に、法の水にどっぷりつかっているのだと思います。その中に生まれ、生き、往くのだと思います。ただ、その気付きに出遇えるか否か。

すでに法(おしえ)に生きてるからこそ、出遇うことができる。
すでに私を想う願いがあるからこそ、その願いに応えることができる。

「念仏申す衆生(生きとし生けるもの)をすくう」という阿弥陀如来の願いは、「南無阿弥陀仏」と口にしたものだけを救いたいという誓いではない。願いとしては、「すべての衆生を救いたい」ということに尽きる。その願いに気付いた者が、「南無阿弥陀仏」と、自然に口から出てくる。そう思います。

時代が違っても、国が違っても、宗教が違っても、誰もが願いの中にいる。法に生きている。常に、既に、法の水の中。

聴聞を続けていると、聞いているときは分からなくても、聞いているときはピンとこなくても、「あぁ!!」と想えるときがきます。苦難の壁にぶち当たったときに。

法の水に我が身をつけよ
「仏法聴聞せよ」ということばではなく、「法に生きる身なのですよ」という呼び声に聞こえてきました。


(注)
蓮如上人のことばとしては、
「その籠を水につけよ、わが身をば法にひてておくべき」と『蓮如上人御一代記聞書』にあります。
今回紹介した「我が身の籠をば 法の水につけて聞くべし」は、蓮如上人のことばをいただいたどなたかが、そのように言い換えたことばだと思います。
私が住職に「本堂の黒板に、ことばを何か貼らない?」と言ったら、次の日の朝、このことばを書いて貼ってくれていました。
ことばを見て、いろいろな思いが込み上げてきました。遇法の有り難さを思います。南無阿弥陀仏

2012年4月 8日 (日)

お釈迦さまの誕生日 法に出遇う

2012年4月8日(日)
お釈迦さまのお誕生日
本日お寺でのご法事に、約60名の方がいらっしゃいました。
「ご自由にお持ちください」ではなく、「ご法事を縁として、おしえに出会ってほしいです」と書いて、本堂に読み物を置いてあるのですが、「同朋新聞」「サンガ」や寺報・自家製のプリントなど、持っていく人は誰もいませんでした。
読経の後の住職の法話がこころに触れる人もいるかもしれないので、読み物を持っていくだけが遇法のきっかけではありませんが、法(おしえ)に出遇うということはなかなか難しいことなのだなぁと思いました。
でも、それだけに法に出遇うということの有り難さを感じます。南無阿弥陀仏

お釈迦さまのお誕生日に、そんなふうに思っていたら、ドアフォンが。
「お寺の新聞がいつものところになかったので、いただけますか?」
山門の外の掲示板に、自由に持って行けるように寺報が置いてあります。
それが無くなっていて、さらに貰いに来てくれる人がいました。

「なにをもって法に出遇えたといえるのか」
「自分が法に出遇えているといえるのか」
「自分とこの寺報に、果たして法があるのか」
等々、問われれば尽きることはありませんが、寺報を楽しみにしてくれる人がいて、だからこそ、寺報やブログを書き続ける力をいただいています。それもまた遇法かと思います。有り難うございます。

2012年4月 7日 (土)

もう12月…

2012年4月7日(土)
長女の幼稚園入園を前に、クラス発表やプリントの配布がありました。
年間予定表がありました。お寺の予定表と自分の手帳に、幼稚園の行事を書き込みました。
「あぁ、今年も終わってくなぁ」という感慨に陥ってしまいました。
転がるように日が過ぎてゆきます。

2012年4月 6日 (金)

私のおごりです

2012年4月6日(金)
長女が「お肉のピザが食べたい」というので、夕食はド○ノピザを取ることにしました。
ド○ノピザは、誕生日の前後1週間以内に注文すると、誕生日プレゼントをつけてくれます。今は、ランチトートバック。
4月頭に3人の誕生日が密集している我が家では、プレゼント目当てでド○ノピザを取る計画を立てていました(ランチトートバックの前のプレゼントはお皿で、本当はそのお皿が目当てだったのですが、プレゼントが変わってしまいました)。トートバックを3つもいらないので、2つもらいました。けっこうしっかりしたバックでした。

ピザを食べたがっていた長女は、一切れだけ食べて、「お仏飯が食べたい」と言いだし、お仏飯を3個たいらげました。ピザ、いらないじゃん…。

2012年4月 5日 (木)

烏山仏教会 花まつり2012

2012年4月5日(木) 烏山仏教会 花まつり
昨年は震災直後ということもあり、花まつりを行いませんでした。今年は2年ぶりの開催です。
25名のお稚児さんが集まってくださり、賑やかな花まつりになりました。
長女も、幼稚園入園を前に、お稚児さんに出してあげました。
私に似て落ち着きのない娘ゆえ、お稚児さんを嫌がるのではないかと思いましたが、お化粧や衣装が嬉しかったらしく、おとなしく参列していました。普段の元気いっぱいな娘を知っている方々からは、「みほちゃんいた?」「今のみほちゃん?」などと言われました。私もそう思いました。
3日の暴風雨のような天気でなくて良かったです。お稚児さん、お稚児さんの付き添いの方、スタッフの皆様、お疲れ様です。ありがとうございます。

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2012年4月 4日 (水)

凡小修し易き真教

2012年4月4日(水) 西蓮寺聞法会
「凡小」をテーマにお話。
「王舎城の悲劇」 母イダイケと息子アジャセ、双方の想いから出発し、他者を責める視点から 自身を見つめる気づきへのお話。
参加者がいつもより少ない分、みんなとやりとりをしながらお話しました。自分で話そうと考えていたことにとどまらず、参加者各自の疑問・受け止めから話が展開して楽しかったです。

聞法会の日に合わせたわけではないのだけど、今日は次女みすず1歳の誕生日。
朝、若坊守の実家(秋田)より一升餅が届く。
法話が終わり、みんなでお茶しているときに、みすずに一升餅を背負わせる。
この習慣は、地方の習慣なのでしょうか? ご存じでない方もいらっしゃいました。
本来は、1歳を迎え、これから歩き出す子に、丈夫に育ってほしいという願いを込めての行事だと思うのですが、すでにスタスタ歩いているみすずは、お持ちを背負いながらみんなの周りを歩き、階段まで上ってしまいました。

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2012年4月 3日 (火)

春なの~に~♪

暴風雨駆け抜ける春ですが、4月は新しい一歩を踏み出す季節なのですね。
幼い子どもがいると、Eテレをよく見ます。
が、4月になり、
「おかあさんといっしょ」の体操のおねえさんが変わり、
「みいつけた!」のスイちゃんが変わり、
「はなかっぱ」や「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!」などの歌が変わり、
娘とテレビを見ていて、番組が変わる度に面食らっています。
でも、ほとんどの番組は何事もなかったかのように、それが今までのことのように流れ、
娘も、驚くでも疑問に思うでもなく、今までと同じように番組を見ています。

歌が変わるのはいいとして、
人が変わるのは淋しいですね。
今まで楽しませてくださった皆さん、ありがとうございます。
新しい皆さん、よろしくお願い致します。

2012年4月 2日 (月)

欲しいもの…

2012年4月1日(日) 友人の結婚披露宴に出席
友人の披露宴なんて4年ぶり 久しぶりにワクワクした気持ちでした。
披露宴開宴前に、二次会の幹事をしている子から質問を受けました。二次会から合流する、別の幹事が、今まさに渋谷で景品を物色しているとのことでした。

「白山さん、二次会の景品で、何が欲しいですか?」
(迷わず)「愛!!」
「飢えてるんですか? 景品にならないですよ」
「映画のDVD!!]
「好みがありますからねぇ」
「お米からパンが出来る機械!!」
「予算オーバーです」
「焼酎サーバー!!」
「女性目線でお願いします!!」
「ディズニーランドのパスポート!!」
「もう用意してあります」

結局、私の意見は採用されませんでした。私は二次会には行きませんでしたが、果たして素敵な景品は見つかったでしょうか。二次会の幹事は大変ですよね。ご苦労様です。

明朝、妻に「二次会の景品で当たるとして、何が欲しい?」と尋ねたら、
「品川水族館の入場券とか、渋谷で物色していたのなら、渋谷東急に蜂蜜の専門店が入っているはずだから、そこなら珍しいものがあったかも」等々。
さすが女性目線です。

欲しいもの…
披露宴の次の日 4月2日は私の誕生日でして、41歳になっても、いまだに坊守(母)はプレゼントをくれます。
「親からすれば、子はいつまでも子なんだから、これくらいはさせてよ」って。こんな素敵な封筒に入れて。
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「欲しかとば 買わんね」と言われても…
幹事から「欲しいものは?」と聞かれたときも、ドキッとしました。そういえば、欲しい物ってないなぁ。
子どもの物や、ボランティア等で身をもって活動している人への支援(ちょっとだけど)に使うばかりで、そういえばここ最近、自分のためにお金を使うことがないことに気付きました。吞みの場に出ることも減ったし。洋服も、着られればいいやって程度ですし。
物を欲しがる必要はないけれど、物欲がないのもどうなの?と、自問自答しました。
ああ!! 京都でしばらくゆっくりしたいなぁ。

「予算オーバーです!!」

(余談)
この文章を書いていて、「ほしかとば」を変換したら、「☆か鳥羽」と出てきました。フッと笑ってしまいました。

2012年4月 1日 (日)

2012年4月のことば

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無明
分からずに迷うのではない
分かったふりだから迷う

「無明」は、仏教用語です。「明るくない」つまり、「知らない」「見えない」「分からない」といったことを意味することばです。さて、何が「知らない」「見えない」「分からない」のでしょうか。
たとえば、自分のこと。私たちは、「自分のことは自分がよく分かっている」と言いますが、果たしてそうでしょうか?
たとえば、学びのこと。分からないことがあるからといって、勉強します。一生懸命に勉強して、学ぶことがないくらい学び、「あの人の右に出る人はいない」と言われるほどに学んだとして、分かり尽くしたといえるでしょうか。
これらのことは、知っているようで知らないことがたくさんあるとか、まだ学ぶ余地があるとか、そのようなことを言っているのではありません。
お釈迦さまや親鸞聖人が、生涯をかけてお伝えくださった「縁を生かされている」ということ。私たちは、あらゆる事柄が織りなす縁を生きています。自分の想いで物事を為している、人生を歩んでいるつもりでいるけれど、なにひとつ自分で決められることなどありません。世の中で悪事とされていることを、「私は そんなことはしない」と思っていても、縁によってはしてしまうこともある。せずに済んでいるのは、せずに済む縁を生かされているから。逆に、善い行いと思われていることも、したくてもできないこともある。それも縁。
「悪事とされていること」「善い行いと思われていること」と書きましたが、「縁を生かされている」ことには複雑さがあります。悪意あってやったことなのに、相手を助ける結果になることがある。善意のつもりでやったことが、結果的に相手を苦しめることがある。一部の人のことを真剣に守ろうとして、そこから外れる人を苦しめることがある。生きとし生けるもののためを想って為したことが、すべてを貶めることがある。
想いと結果が結びつかない。ひとつの行為によって、想っていたことを遙かに超える出来事が生じてゆく。「縁を生かされている」という真実は、一つひとつの出来事で凝視できることではありません。みんなつながっているのですから。
今起きている原発の問題は、そういう側面を如実に表しています。原発推進の人は、誰もが快適な暮らしをできることを夢見て、推し進めていることでしょう(そうではない人もいるのかもしれませんが)。原発反対の人も、放射能の脅威からの脱却、自然への敬意を忘れてはいません。
津波による瓦礫(思い出がいっぱい詰まった品々を、瓦礫と表現せざるを得ないことをお許しください)の撤去にしても、焼却受け入れの推進と反対で揉めています。推進の人は、被災地の負担を軽くしよう・分け合おうと考えます。反対の人は、放射能の汚染が広がることを危惧します。どちらの言い分が正しいとか間違っているとかいうことではなく、誰かのことを想えば、他の誰かが苦しみ、何かを切り捨てれば、巡り巡って自らも切り捨てられてゆく。そんな現実が、目に見えて明らかになっています。
その原発にしても、勉強・研究を重ねてきた人たちは、人類を豊かにする夢の装置として開発してきました。中には、その危険性に気付き、警鐘を鳴らし続けてくださった方々もいらっしゃいます。しかし、「夢」に踊らされ、「安全」という言葉に乗っかって、私は原発を受け入れてきてしまいました。
「安全です」…たしかに、日本の技術力からすると、原発自体は安全なのかもしれません。原発以外のあらゆる機械も、自動車や飛行機や電車も、それそのものは安全なのかもしれません。でも、作るのは、動かすのは、メンテナンスするのは、人間なのです。どんなに細心の注意を払っても、どんなに習熟した人が為しても、失敗や事故は起こりえるのです。それなのに、「安全」ということばにすべてを覆い隠して、見て見ぬふりをして、「大丈夫」「たいしたことはない」「なんともない」という錯覚を起こしています。それが、震災から一年経った私たちの姿です。
「無明」という、お釈迦さまのおしえをいただくとき、「知らない」「見えない」「分からない」故に迷っているのが衆生と考えがちですが、そうではありませんでした。私たちは、ある意味知っているし、見えているし、分かっているのです。自分のこと・原発だけではなく、この世のありとあらゆること。分からないことは、研究を続け解明してゆく。DNAの解明などは、この数年でかなりのことが明らかになってきました。その結果、移植や病気を無くす研究・クローン技術の発展へとつながってゆきます。人類の幸せのためと信じて。書きながら思います。原発と同じように、数年後に大きな事故が起こるのではないかと。
「知らない」「見えない」「分からない」が許されない現代の人類において、人知はあらゆることを知り、見え、分かろうとしています。しかしそれは「知ったつもり」「見えたつもり」「分かったつもり」になったにすぎないのです。で、結局何も分かっていなかった。迷いを無くすために、迷っていることに無自覚で、迷い続けているのです。
「知っている」「見えている」「分かっている」と思う背後には、相手のことを知ろうとしない、見ようとしない、分かろうとしない私がいます。
何も知らない私です。何も見えていませんでした。何も分からず生きてきました。そんな私の自覚、「無明」であることの気付きが、迷える人生に一筋の光明を与えてくれます。
4月8日はお釈迦さまの誕生日です。「花まつり」としてお祝いをしますが、私たちがお釈迦さまの誕生を祝う以前に、お釈迦さまから本当の私の誕生(無明な私の自覚)を願われています。

   

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