« 新年早々 | トップページ | 駅伝と掲示板と美術館と »

2012年1月 3日 (火)

マルマルモリモリ

昨日今日と一挙再放送されていた「マルモのおきて」を見ました(リアルタイムでは見られなかったので)。
亡き友人の双子の子どもを引き取り、悪戦苦闘しながらも一生懸命に育てるマモル(独身・・・子どもたちはマルモと呼びます)。子どもたちとの暮らしは、かけがえのないものとなってゆきます。しかし、彼は、子どもたちを実の母親に託す決断をします。
別れのシーン、私も妻も長女も、涙を流しながら見ていました。すると突然チャンネルが変わりました。振り向くと、テレビのリモコン大好き次女がリモコンをしゃぶっています。家族の叫び声のなか、リモコンを返してもらい、チャンネルを戻します。

子どもがいれば、やりたいことが出来なくなるという意味では、不自由なのかもしれません。しかし、マルモにとって、子どもたちとの生活は当たり前のものになってゆきます。
奥さんが妊娠し、「子どもが生まれたら自由が奪われる」と、マジ凹んでいる友人に見せたいドラマでした。

「幸」という漢字は、「手かせ(刑具)」を表しています。刑を受けている状態からの解放が「幸せ」ということだと聞いていましたが、刑を受けている状態(束縛されている状態)こそ、「幸せ」ということなのではないかと感じました。

面白いものです。日本人が好きな「幸せ」も「絆」も、「手かせ(刑具)」や「馬の足をつなぎ止めておく紐」を表しているのですから。
子どもや家庭や仕事に自由を奪われ(と、思っているだけのことなのですが)、義理や人情や世間体の中で生きているからこそ、「幸せ」を感じ、「絆」を形成できるのですね。

« 新年早々 | トップページ | 駅伝と掲示板と美術館と »

コメント

元旦はどうも。あの後は例年どおり増上寺へ行って称名の声を聞いてきましたが、大変な混雑でした。
お嬢様達とパソコンはもう治ったのでしょうか?
宿業を束縛と感じるか、落在出来るか? お念仏をいただかなければ束縛としか感じられないでしょう。

☆やすさんへ
元日のお参り、有り難うございます。
娘は、治ってはいませんが、ふたりして元気に遊んでいます。
パソコンは・・・ダメです。メーカー修理に出します。
 
束縛か落在か・・・お念仏との出遇いは、人生を大きく変えますね。南無阿弥陀仏

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 新年早々 | トップページ | 駅伝と掲示板と美術館と »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ