« 廣瀬 杲先生お別れ会ご案内~遇いたい人がいる仕合わせ~ | トップページ | 今も朋に »

2012年1月25日 (水)

西蓮寺聞法会新年会2012

2012年1月24日(火) 西蓮寺聞法会新年会開催
西蓮寺では、毎月聞法会と白骨の会(仏教青年会)、偶数月にコールリンデン(仏教讃歌を歌う会)を開催しています。昨年から、1月の聞法会は、3つのつどい合同の新年会として開催しています。
今年は、22名の参加がありました。それぞれの会で顔ぶれは違いますが、合同で開催する新年会は、みんな顔なじみのような雰囲気で盛り上がりました。

“聞法会”の新年会を銘打っていますので、はじめは私が法話をしました。気持ちは新年会という方もいらっしゃったかもしれませんが。
なにを話そうか考えましたが、コールリンデンで合唱指導・伴奏をお願いしている中川先生もいらっしゃるので、伴奏・合唱を交えながら、『真宗宗歌』『恩徳讃』の成立の経緯・歴史・意味などをお話させていただきました。
『真宗宗歌』は1番だけでなく3番まで。『恩徳讃』は、こんにちよく歌われる「Ⅱ」だけでなく、「Ⅰ」や「Ⅲ(コーラス用)」も、伴奏付きで歌いました。普段口にしない(耳にしない)歌に触れて、みなさんにも楽しんでいただけたのではないかと思います。

お話が終わって新年会
とても盛り上がり、会話が弾んでいました。会話が弾んでといっても、楽しいお話をしてということだけではありません。みなさんそれぞれに、想いを持っておられます。お連れ合いを亡くされた方・体の調子が悪い方・人間関係で悩んでいる方、いろいろあります。でも、お寺のつどいに集まる方と顔見知りになり、話を重ねていくうちに、同じ悲しみ・同じ悩みを抱えた方であることがわかります。そこで、「苦しいのは私ひとりじゃないんだ」という気持ちになります。普段の例会は、お茶を飲みながらお話する時間はありますが、短い時間です。今日は、年に一度の新年会、時間も気にせず、会話を楽しめます。会話の内容は、つらい出来事を語るものであっても、そこには、「ひとりじゃない」「ここでなら(この人なら)話していいんだ」という安心感があります。
新年会に身を置かせてもらって、そのような空気を感じました。「あっ、お寺の意味って、こういうところにあるんじゃないかな。こういう空気が、元々お寺が持っていたものじゃないかな」と思いました。
聞法会・白骨の会・コールリンデン…教えに触れる会・語り合う会・歌う会と、キッチリと分類されるものではない。入り口の選択肢(きっかけ)がいくつかあるだけで、中に入れば みんなつながっている。「ひとりじゃないんだ」「ここでなら(この人なら)話していいんだ」という想いによって、悲しみを抱えながらも生きる道が広がっている。
悩み苦しみを無くすのが、親鸞聖人のおしえではない。悩み苦しみを抱えながらも、生きていける場を、今もなお作ってくださっているのが、親鸞聖人であり、お念仏なんだ。
3つ つどいがあって、他に報恩講・永代経法要・新盆法要などがあると、一年があっという間にすぎていきます。でも、今年の新年会でみんなが楽しそうに話している姿を見ていて、場が継続してあるということの意味を感じました。「寺はこうあるべき」といって 何かをするのではなく、このような場が、“寺”として成立したのではないだろうか。そんなことを思いました。
ご参加くださったみなさん、ありがとうございます。おいしいお酒をちょうだいいたしました。

« 廣瀬 杲先生お別れ会ご案内~遇いたい人がいる仕合わせ~ | トップページ | 今も朋に »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 廣瀬 杲先生お別れ会ご案内~遇いたい人がいる仕合わせ~ | トップページ | 今も朋に »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ