« 生きている証 | トップページ | 親鸞さまがわします㉒(最終回) »

2011年12月14日 (水)

成道

2011年12月14日(水) 今年最後の西蓮寺聞法会でした。寒い中お出かけいただき、ありがとうございます。
12月8日が成道会ということ、12月の掲示板のことばに「老いや病や死が、人生を輝かせてくださる」を選んだ想いなどを込めて、「釈尊のさとり」についてお話をしました。
   

12月8日はお釈迦さまがさとりを開かれた日です。お釈迦さま35歳のときのことだそうです。
  
四門出遊(しもんしゅつゆう)
釈迦族の皇子であった釈尊がカピラヴァストゥ城の
東門を出ると老人に会い、
南門を出ると病人に会い、
西門を出ると死者に会いました。
いのちあるものは、老も病も死もあるのだと無常を感じられました。
北門から出た時に一人の出家修行者(沙門)に出会い、世俗の苦や汚れを離れた沙門の清らかな姿を見て、出家の意志を持つようになったと言われています。
  
成道(じょうどう)
おさとりの内容を要約することなどできませんが、この2つが要点ではないかと思います。
○仏陀は、仏教の発明者ではありません。発見者です。「物事はすべて縁による」という道理を発見され、言葉にされた方です。
○「人生皆苦(じんせいかいく)」
お釈迦さまは、苦行によって目覚められたのではありません。すべての人が平等に救われる道は、苦行にはないということに目覚められたのです。
また、苦しみをなくすことがさとりではなく、人生そのものが苦しみ(人生皆苦)なのだと感得するところにさとりがあると目覚められたのです。
私たちが生きる日常こそが、さとりを開くのに欠かせない場所なのです。
   
四苦八苦(しくはっく)
人生の苦しみを四苦八苦と言います。
四苦は「生・老・病・死」
八苦は、四苦+「愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦」を言います。
   
「生苦」は「生きること」というよりも「生まれたこと」を意味します。
私がたまに「自分が生まれたいと思ったから生まれることができたんだ」と言うのは、「生まれたこと」に責任を持ちたいからなのです。
「物事はすべて縁による」…人生、何が起こってもそれは縁による。だからといって、何事も縁のせいにしてしまうのではなく、縁によって引き起こされる物事の場に“私がいる”という責任があると思うのです。誰かのせいにしたくないし、何かがあったときに逃げたくありません。そのような想いを込めて、「自分が生まれたいと思ったから生まれることができたんだ」と言うのです。私の想いと、両親の縁とによって、生をいただくことが出来ました。
     
「老苦・病苦」は、老いる苦しみ・病む苦しみ。これらが“苦”なのは頷けることと思います。
   
「死苦」は、死ぬ苦しみ。
自分自身の死に対する恐怖という苦しみはありますが、自身の死に対する苦しみよりも、大切な人・身近な人の死によって受ける悲しみ苦しみを「死苦」というのではないでしょうか。
「どうして私を置いて」「早すぎるよ」「もっといろいろ話しておけばよかった」「今までありがとう」…他者(ひと)の死から様々な想いがよぎります。そのように考えると、「老苦」や「病苦」も、自身の苦しみというよりも、人の苦しみを受けて感じる苦なのかもしれません。「出来ることなら私が変わってあげたい」と思ったことはありませんか? そこに、代わってあげられない苦しみが生まれます。
   
「生・老・病・死」そのどれを考えても、私ひとりの苦しみではないのです。
「物事はすべて縁による」…関係を持って、人と人とが生きている。そこに、個人的な苦しみだけを指すのではなく、私ひとりの苦しみではない苦しみがあります。その苦しみを、「人生皆苦」と言われたのではないでしょうか。
関係の中を生きるということは、悲しいこと・つらいこと・苦しいことばかりではありません。楽しいこと・嬉しいことも起こるでしょう。しかし、そこに落ち着けるものではありませんし、より快楽を求めるし、退屈になってしまいます。「楽」も続けば、結局「苦」に変わるのですね。私のこころは…。
  
身自當之 無有代者(しんじとうし むうたいしゃ)
「身、自(みずか)らこれを当(う)くるに、有(たれ)も代わる者なし」(『仏説無量寿経』)
私が受けている苦しみは、代わってもらいたくても代わってもらえない。
大切なあの人の苦しみを、代わってあげたいけれど、代わってあげられない。
このような いのちの真実の姿を想うとき、お釈迦さまの他のことばも思い浮かびます。
お釈迦さまは、「天上天下唯我独尊(天にも地にも、ただ我ひとりにして尊し)」ということばや、「独生 独死 独去 独来」ということばも遺されています。
「天上天下唯我独尊(天にも地にも、ただ我ひとりにして尊し)」の「我」の部分を、「自分の名前」を入れて読み直してください。一人ひとりが、誰にも代わってもらうことのできない唯(ただ)ひとつのいのちを生きているのです。それ故に尊いのです。
「独生 独死 独去 独来」人は、生まれる時も独り、死ぬ時も独りです。たとえ周りに大勢の人がいたとしても、人(いのち)は、ひとり生まれ、ひとり死にます。
  
個々が、誰にも代わってもらうこともできない いのちを生きています。
ひとり生まれ ひとり死んでゆく いのちを生きています。
かといって、一人で生きている人間など誰もいません。関係の中を生き、喜びや悲しみを感じ合います。
個を見つめるお釈迦さまのことばから、たくさんのいのち 多くのつながりを感じます。  
    
自灯明 法灯明(じとうみょう ほうとうみょう)
お釈迦さまが、いまにも亡くなられようとしているとき、お弟子さんたちは悲しみます。
「お釈迦さま、あなたがお亡くなりになられたのち、私たちは何をよりどころとして生きればいいのですか。どうか死なないでください」
その訴えに 釈尊は応えます。
「自灯明 法灯明。私が死してのち、私をたよりとするのではなく、自らを灯(ともしび)としなさい。法を灯としなさい」と。
「自己を頼りとし、法(おしえ)をよりどころとして生きなさい。釈尊の法(おしえ)…『物事はすべて縁による』『人生皆苦』の現実を見つめ、代る者のいない私の人生を生きなさい」
   
    
お釈迦さまのことばではありませんが、思い出されることばがあります。親鸞聖人のことばです。
「某(それがし)、親鸞閉眼せば、賀茂川にいれて魚にあたうべし」
昨今、「私が死んだら川に流せ、親鸞聖人も葬儀は必要ないと言われているではないですか」と、葬儀不要論者は、親鸞聖人の言葉を引用して、自身の主張をされます。主張は自由ですが、聖人のことばを自分の主張に合わせられては困ります。
親鸞聖人の眼には、風光明媚な京の都・賀茂川ではなく、戦乱や飢饉によって亡くなられた無数の人々が横たわる景色が焼き付いているはずです。その賀茂川にいれろということは、世の人々と共にありたい。死して後も共にありたいという願いがあったのではないでしょうか。もちろん、真意は分かりません。  
「私が死んだら、賀茂川に入れなさい」と仰る親鸞聖人のおことばに、「私をよりどころとするのではなく、自分を、法をよりどころとして生きなさい」というお釈迦さまの声がダブって聞こえてきます。
このようなことばを遺される親鸞聖人の姿に、いつまでも聖人は私たちと共にいてくださるのだと感じた方々の中から、
「一人居て喜ばば二人と思うべし、二人居て喜ばば三人と思うべし、その一人は親鸞なり」
という声が生まれてきたのではないでしょうか。

« 生きている証 | トップページ | 親鸞さまがわします㉒(最終回) »

コメント

聞法会では失礼致しました。 「自灯明。法灯明。」安田先生は自とは真実の自己である信心、法とは南無阿弥陀仏であるとお話ししています。「信心によれ。他者によるな。」「南無阿弥陀仏によれ。他によるな。」というのが釈尊の遺教であり、それが仏法の全てだとも仰っています。真実の行信だけによっている時、そこに釈尊も親鸞聖人もましますのでしょう。

☆やすさんへ
「聞法会では失礼致しました」
いえいえ、どうぞお気になさらず。緊急事態なのですから。
やすさんがお帰りになられた後も含めて、先日の聞法会でお話したことです。
サラッと書いてしまいましたが、「自灯明 法灯明」の受け止め・解釈・理解は、けっこう難しいです。
と、思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 生きている証 | トップページ | 親鸞さまがわします㉒(最終回) »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ