« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月25日 (金)

東本願寺 御正当報恩講参詣

2011年11月21・22日(月・火)
ご本山 真宗本廟(東本願寺)の御正当報恩講に家族でお参りしてきました。
午後1時半に京都駅に着き、宿に荷物を置いてご本山へ。
ちょうど初逮夜法要が始まるところでした。御影堂はたくさんの参詣者で賑わっていました。端の方が空いていたので、そちらに場所を取りました。大勢のご門徒が一堂に会す御影堂でお勤めされる法要に、ワクワクしてきます。
 
Dsc_0138
   
が、法要が始まってすぐに上の娘が「お外で遊ぶ」と言い出したので、娘を連れて外に出ました。若坊守は、抱っこされて寝ている下の娘と共に御堂に残りました。
外に出ると、娘は大喜びで境内を走り回ります。鳩に豆もあげました。娘の足元に豆を撒いたら、鳩が一斉に集まってきました。恐がるかと思ったら、頭や手に乗ってくる鳩に大喜びでした。
豆がなくなって、ふと阿弥陀堂左手を見ると、「子ども参拝案内所」なるテントがありました。近づくと、スタッフが針金ハンガーでつくった枠で、大きなシャボン玉を飛ばしていました。娘は大興奮。シャボン玉を追っかけて走り回ります。テントの中では、缶バッチや腕輪念珠を作っているお友達がたくさんいました。結局法要中テントで過ごし、娘は大満足でした。
 
Dsc_0168_2
  
初逮夜法要が終り、若坊守と合流しました。
そしてまた御影堂へ。初夜勤行が勤まるところでした。
初逮夜法要では、大勢のご門徒が集まり、大勢の法中の出仕による盛大な法要が勤まります。しかし、法要も終わり、改悔批判(門徒感話・報恩講法話)になると、ゾロゾロ人が減っていきます。初夜法要が勤まる頃には、おそらく100名に満たない程度の参詣者しかいませんでした。でも、これなら娘が少しくらい騒いでも大丈夫かと思い、御堂の隅っこに陣取り、初夜勤行を勤めました。
正信偈草四句目下・同朋奉讃…毎日お勤めされている門徒さんや、法座に顔を出されている門徒さんなら、一緒にお勤めできる勤行です。大きい法要も終わり、気持ちを持ってその場に残っておられる門徒さんたち…人数は少ないけれど、初逮夜法要に負けないくらいの声が御影堂に響き渡りました。結局、次の日も娘に付き添って子どもテントにいたので、22日の初日中法要にも参詣できなかったのですが、21日夕刻の初夜勤行は、忘れられない報恩講の一場面になりました。南無阿弥陀仏
 
7ヵ月の娘がいるので、畳の部屋があるところに泊まりたいねという話になり、せっかくなので、ご本山の前にある宿にお世話になりました。部屋に食事(夕食・朝食)を出してもらい、落ち着かない娘2人がいても、ゆっくり気兼ねなく食事をとることができました。
写真は、宿の部屋から眺める東本願寺です。山田屋旅館の皆様、お世話になりました。
   
Dsc_0161
  
11月22日(火)日中法要…例によって、私と長女は子どもテントへ。若坊守と次女は御影堂へ。
西蓮寺の本堂は内陣が狭く、登高座が置けません。そのため、儀式における登下高座を見たことがない若坊守は、登下高座を見られることを楽しみにしていました(しかもご門首の)。
ご本山での報恩講の勤行・登下高座・散華…初めて肌に感じながら身を置く報恩講に、若坊守は感動したらしく、法要の様子を事細かに楽しそうに話してくれます。法要の意味・意義は、こういうところにあるんだなぁと思いました。
 
法要が終り合流すると、御遠忌を機に誕生したキャラクターたちが境内を歩いているではないですか
娘以上に私が興奮し、大阪教区のキャラクター ブットン君を含めた4人のキャラクターたちと写真を撮ってもらいました。ひとりTDL状態でした(娘は、疲れているのか、あまり興味がなさそうでした)。
 
Dsc_0177
   
Dsc_0181
おかほんくんに、表紙をめくったところも見せてもらいました。
   
キャラクターを満喫し、「カフェあいあう」を開店している総会所へ。
ご本山から東に渡ったところに、総会所というところがあります。報恩講期間中、「カフェあいあう」をオープンしています。展示スペースには、震災や原子力問題に関するパネル展示などがあり、お仏華も飾ってあり、とても興味深かったです。子どもがいたので、カフェ部分に入るのは遠慮していたのですが、スタッフの方が紅茶とカルピスを用意してくださいました。美味しく頂戴いたしました。ありがとうございます。
子どもテントや「カフェあいあう」のスタッフ、あるいは境内で全国から参詣に来られる方々を誘導されるスタッフの皆さんのおこころに触れ、とても温かい気持ちになりました。スタッフの方々も、全国から加勢に来られた方々です。決して御役目だからとか、頼まれたからというのではなく、報恩講という時と場・そこに集まる人々を大切にされている温かいおこころを感じました。
「子ども参拝案内所」や「カフェあいあう」の設置、子どもたちを迎えるキャラクターたち、増設されている案内板やトイレ、インターネット映像配信…御遠忌を機縁として(それまでがどうこうという他意はまったくありません)、新しい動きが生まれだしているような気がします。この動き、想いを大切にしたいと思いました。
   
総会所を出て、東本願寺 飛び地境内地の「渉成園(枳殻邸)」へ。
井上雄彦さんが描かれた屏風「親鸞」が公開されています。ポスターとミニチュア屏風を購入していたので、絵は目にしていましたが、本物は迫力が違いました。そこに描かれている人間の表情に、生身の人間以上の苦悩を感じました。生きている人間以上に、人間のようでした(なんて下手な表現だ)。とにかく、その迫力に驚きました。11月29日まで公開されています。報恩講に参詣された方は、「渉成園」にもぜひお立ち寄りください。
    
Dsc_0200_3
  
「渉成園」を後にし、ご本山を右手に眺めながら京都駅へ向かい、新幹線に乗りました。
ご法要に感動する若坊守、子どもテントが楽しかった長女、訳も分からず連れまわされた次女…ご本山の報恩講に家族で参詣できて、有り難く感じました。
11月というと「今年も終わりかぁ」といった感慨が押し寄せてきますが、真宗門徒は「報恩講から1年が始まる」と言い習わしてきました。まさにこれから新しい年を踏み出すといった気持ちです。
新たな気持ちに、南無の呼び声

2011年11月19日 (土)

長い間ありがとうございます

この投稿で通算1000回目になります。
文章を書こうとしてログインして気づきました。
2004年10月13日が書き出しなので、7年ほど書いてきたことになりますね(一番初めは寺報のアップだったのですね。記憶と違ったなぁ…)。
1000回を目指していたわけではないので、特別感慨もありません。時の流れを感じるだけです。
   
最初の頃の文章を読んでみたのですが、言っていることや表現の仕方の粗さが、今も同じなので笑えました。
こんにち、「ブレない」ということが大切なこととされています。私も、「ブレない」ということは大切であり、責任あるものの態度であると思っていました。でも、(自分的にですけど)7年間ブレいない自分を見て、ちょっとは変われよ(成長しろよ)と突っ込みたくなりました。
 
投稿し始めのころは、アクセス数を増やしてみようと試みて、毎日更新したり、他者(ひと)のブログにコメントしたりしていました。その成果か、初めて一日のアクセス数が100を超えたときは嬉しかったことを覚えています。
名利心からのつもりはありませんが、読んでもらえているという実感がないと、なかなか書けないものでした。今では、誰も読んでなくてもいいや程度に書いていますが。
毎日のように更新していた頃に読者(というのでしょうか?)になってくださった方からは、投稿の頻度が落ちたときに、ご心配をおかけしました。「ご病気ですか?」などコメントやメールをいただいたものです。
更新が滞り、物足りなさを感じておられる方もいらっしゃるとおもいますが、ご了承ください。
 
「誰も読んでなくてもいいや」とは言うものの、いい加減な想いを表現するつもりはなく、「想ったことをメモしている紙」には、ネタ(?)がビッシリです。本当は、書きたくてウズウズしているのですが、投稿のためには結局1時間程度は時間がかかるもので、片手間では書けません。
長女が生まれて、このことがあってからは、長女が寝てから仕事(寺報・ブログ・原稿を書いたり、法話のプリントを作ったり、手紙を書いたり)をしているので、夜な夜な書いています。
メモに書いてあることも、書いた時は想いの強いことでも、後で読み返して、大したことないように感じたり、何を書いているのか分からないものもあります。つまり、自分の中での旬が過ぎているのですね。本当は、想ったときに、一気に書きたいのですけど(自分とは比べものにならないくらい忙しいのに、毎日ブログを更新されている、同じ寺号の女性僧侶には、頭が下がります)。
そんな状態ですが、辛抱強く当ブログに立ち寄ってくださる方がいて、励みになります。いつもありがとうございます。
   
     
「継続は力なり」とは言われますが、「継続は信なり」と、あるご住職からおことばをいただいたときは嬉しかったです。
続けているから私に信心があるなんて思い上がりではなく、「継続は信なり」ということばに、「阿弥陀さまは、いらっしゃいます」という響きを感じました。 
 

アクセス数が増えてきたとき、コメントもいただくようになりました。みんな、自分の人生を懸命に生きて、壁にぶち当たって、悩み苦しんでいました。ブログの文章を読んで、その内容に対して「そう思う」か否かをコメントするのではなく、自分の人生・置かれている境遇に引き当てて、そして思ったことをコメントしてくださっていました。
継続しているのは、自身の想いが溢れているからではなく、そういう人々の声が聞きたかったからなのかもしれない。今、書いていて思いました。みんな、元気にされていますか?
コメントが来なくなったのは、良いことなのです。ちゃんと卒業されていったのですから(見切りをつけられたということもあるでしょうけど)。でも、私は覚えています。コメントをくださった方々がいることを。
       
     
真宗僧侶の名のもとに、ブログや寺報を書き、たまにご法話に呼ばれ、偉そうなことを言っています。でも、自慢ではないけれど、教学的にキチンと押さえているかといったら、まるでダメです。勉強されているご門徒さんにはとてもかないません。「聖典の○○ページに、このようにあります」「親鸞聖人は、○○という著書で、このようなことを言っておられます」なんて応えられませんから。
でも、たとえば ひとつのことばに対して、ずっと考えることはあります。自分事として。それゆえ、私の言うことは常識を逸脱していたり、飛躍しすぎたりしていて、お叱りを受けることもあります。でも、嘘や格好つけは言っていません。このスタイル(性格)は、ずっと治らないでしょう(それが、最初に書いた「成長しろよ」にもつながるのですが)。   
おしえは、結局は一人ひとりの生活・人生を通して、感じ、受け止めてゆくものです。「聖人がこう言っています」とか、「このおしえは こういう意味で」というところに先に立っても、伝わらないのです(教学が無駄だとか言っているのではありません。それは大事だし、私ももっと学ばなければいけないと思っています)。
真宗の歴史、親鸞聖人のおしえ、念仏の伝統は、その響きが大事にされてきたのだと思います。一人ひとりの受け止めを通して、自然に手が合わさり、お念仏の声が出るのです。
「正信偈」の現代語訳を作って、それをお勤めするべきだ…などと言われると、「そうですね」とは言えないのです。いえ、現代語訳は現代語訳で必要な作業だと思います。私だって、「白骨の御文」を現代語訳していますものね。
「現代語訳してくれないと意味が分からない。意味が分からないと、感動もしないし、念仏しろといってもできるわけがない」などと言われることがありますが、「帰命無量寿如来」を訳した文章があって、意味が分かるのでしょうか。感動するのでしょうか。感動する必要もあるのでしょうか。その響きの中に、意味は分からなくても、想いが伝わるということがあるのではないでしょうか。(と、「言っていることが分からない」と思われるかもしれないですね)。
などと書いてきたのは、こんなことを書きながらも、私の文章(表現)が、いつの頃からか教学的になってしまっているのではないか。そういうことを最近、いえ、投稿の頻度が落ちた頃から考えていました。自分事として おしえに向き合い、自分のことばで表現してきたつもりが、いつの頃からか、こころの入ってない文字の羅列になっているのではないだろうか、と。
何事も長く続けていると歪みが出てくるものです。自分的には「ブレていない」と思っていても、実はそれこそ危ういのです。自分で自分は見えないですから。自分でブレていないと言っちゃってるときほど、周りから見たらブレまくっているのかもしれません。
   
   
ブログを縁に知り合った朋がいます。
出遇いや交流について詳しくは書きませんが、「人生変えちゃった?」と考えたときもあります。でも、そんなことを考えるのは傲慢だし、朋に対して失礼でもありました。
「そのようになるべくしてなる、偶然という必然を生きている」のでした。
阿弥陀さまの導きを、私に教えてくれた朋。
「ブログを縁に知り合った」と書きましたが、そんな言い方をすると自分が縁を作ったみたいですね。縁は作るものではなく、いただくもの。ブログという縁をいただき、朋と知り合う縁もいただきました。朋との出遇いに感謝です。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
寺報を縁に知り合った朋もいます。その朋に対しても「人生変えちゃった?」と考えたときもありますが、今では「仕方ないね」と二人で笑ってます。
実際には会っていなくても、たくさんの朋に遇えました。
当ブログに遊びに来てくださった皆さん、長い間ありがとうございます
まだまだ想いを表現してまいりますので(投稿頻度は上がらないと思うけど)、よろしくお願いいたします。
西蓮寺副住職 白山勝久

2011年11月15日 (火)

僧 と 憎

ふと「僧」と「憎」は、偏は違うけど旁(つくり)は同じなんだなぁ、と思いました。
「僧(そう…お坊さん)」と「憎(ぞう…にくしみ)」の旁が同じことに興味がわきました。「僧」と「憎」に共通する何かを見出した人が、このような漢字をつくったのではないだろうか、などと思いました。
旁である「曽」には、どのような意味があるのでしょう。久しぶりに漢和辞典を開きました。
   
「曽」には、「重ねる」「重なる」という意味があります。「層」という漢字がイメージしやすいですね。
ですが、「曽」は、「ソウ」という音を表すために当てられた文字のようです。
お坊さん(僧…ソウ)を表すために、人偏に「ソウ」という音を表す「曽」を足して「僧」。
こころから湧き起る憎しみ(憎…ゾウ)を表すために、りっしんべんに「ソウ」という音を表す「曽」を足して「憎」。
つまり、「曽」そのものに特別な意味はないようです。
「僧」と「憎」に、特別似通った姿を見出しての意味はありませんでした。

でも、贈呈の「贈」は、お金を意味する「貝」に「重ねる」の意味を内包する「曽」。ということは、贈り物は一回きりのことではなく、継続してこそ贈ることの意味があるのかもしれないですね。
「増」は、「土」に「曽」。「増す」ということがイメージしやすいですね。 
「ソウ」という音を表すとはいえ、「重ねる」「重なる」という意味が内包されていることの重みを感じます。
   
「僧」は、こんにちでは僧侶単体をイメージしますが、元々は「僧伽」(サンガ)といって、仏法をよりどころとして聴聞する仲間を表します。つまり、個人ではなく集団なのです。人が集まり、仏法聴聞する。その姿や様子が「僧」という漢字には含まれているのですね。
人が集まるのは仏法聴聞の場とは限らないだろうと思う方もいると思います。しかし、「人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く」というおしえをいただくと、「なんのために人としての身を受けたのか、仏法聴聞のためにほかなりません」と聞こえてきます。つまり、人がこの身を受け、集まる場と言ったら仏法聴聞の場以外にないのです。突き詰めていえば、仏法聴聞の場に集まっている者だけを「僧伽」というのではなく、生きとし生けるものすべてが「僧伽」なのですね。
 
面白いのは「憎」
人のこころが積み重なって、「憎」となるのです。
「人のこころ」といったって、いろいろな感情があるだろうと思う方もいると思います。憎悪のこころもあれば、愛情だってある。
憎悪のこころが積み重なって「憎」なのは分かりますよね。そのまんまですもの。
で、愛情が積み重なって、“愛情”だと思います?
「かわいい かわいい」と育てた我が子に裏切られ(と、感じ)、それまで注いできた愛情が、そのまんま憎悪のこころに変わります。   
「好きだ 好きだ」と周りが見えなくなるほどに好意をいだいてきたあの人に迷惑がられ、好意が憎しみに転ずる。
決めつけるわけではありませんが、そう言われればそうだなぁと思いませんか?
でも、愛情や好意が憎しみに転嫁するのは、関係を築けたからですよね。その場合の憎しみには、「転嫁する」と表現しましたが、やはり愛情や好意がまだまだ含まれているわけで…(それだけに、ただ「憎い」以上につらいのかもしれませんが)。
人のこころが積み重なって「憎」となる。人間の姿を言い当てた漢字だなぁと思いました。
 
愛情(慈悲のこころ)が重なって、重なって重なっても愛情のままなのが仏のこころ。
愛情が重なって、重なって重なるほどに不安・押し付け・憎悪のこころまでもが重なってゆくのが、人のこころ。
 
(余談)  
ここまで書いていて思いました。「今年の漢字」はなんでしょうね。12月12日発表だそうです。
今年ほど人のこころに大きな揺さぶりを起こした年はなかったのではないでしょうか。いろいろな想いが込められて、「今年の漢字」の応募・発表があることと思います。
漢字そのものにも、深い意味が込められています。「今年の漢字」として発表される漢字には、漢字そのものの意味だけでなく、人それぞれの想いも詰まっているのですね。
毎年、興味程度で気にはしていましたが、たったひとつの文字が内包する人々の想いにまで、思いが至りませんでした。ソウゾウが、人生を豊かにします。

2011年11月 6日 (日)

報恩講2011

11月5日(土)西蓮寺報恩講をお勤めいたしました。
  Dsc_0078_4
        
宗祖親鸞聖人の750回御遠忌の年ということもあり、初の試み、西蓮寺コールリンデン(仏教讃歌を歌う会)のお披露目。
コールリンデンに参加されている方だけでなく、報恩講参詣の皆さんと一緒に、声を出しました。
真宗宗歌 恩徳讃Ⅰ・Ⅱ 衆会 みほとけは
仏教讃歌だけでなく、童謡(もみじ・小さい秋見つけた・赤とんぼ・ふるさと)も歌いました。
   
初めての試みで、歌を歌うなんて思いもせずに参詣された方は驚かれたかもしれませんね。でも、大きい声を出すと、気分が盛り上がります。
次回コールリンデンは12月20日(火)午後1時30分からです。「私も参加していいんですか?」と、何人かの方から声をかけられました。ぜひご参加ください。お待ちしています。
     
Dsc_0074_2
     
ご法話は 海 法龍住職 毎年ありがとうございます。
忘れながら、見失いながら生きている私自身の姿を憶念させるもの。それこそ浄土真宗における法事(仏事)です。慰霊や鎮魂のためのご法事ではありません。他を傷つけ、貶め、そのことに無自覚で生きている私。つらい想いをされている人のことを思いやる気持ちはある。あるんだけど、反面、自分事でなくてよかったとも思ってしまう私もいる。
関係を生きながら、支えあいながら生きている人間でありながら、そのような生き方をしている私の姿を照らし出してくださるのが法事(仏事)であり、阿弥陀如来であります。
親鸞聖人の750回忌をお勤めするというけれど、親鸞聖人のご法事を通して、阿弥陀如来に照らし出されている私自身に遇うのが、この度の御遠忌であります。

(副住職ノートより)
 
海住職、ハードなスケジュールで活動されているのに、毎年毎年その年の出来事に向き合い、ご自身の生活における出来事に向き合い、お話をしてくださいます。新聞に掲載される投稿の紹介と、ご自身のことを語るとき、聴衆の聞き入る姿も違います。
ご法話は、話している人間が一番気づかされると共に、一番胸をえぐられる存在だと思っています。つまり、つらいのです。でも、親鸞聖人のおしえに出遇い、そのおしえを伝えたいという一心でお話される姿に、毎年報恩講をお迎えさせていただけてよかったなぁと感じます。
      
Dsc_0070_2
      
おかげさまで今年も報恩講をお勤めさせていただくことができました。
御参詣くださいました皆様、ありがとうございます。
ご参勤くださいましたご法中の皆様、ありがとうございます。
報恩講にあたり、おみがきや設営、お斎のお手伝いくださった皆様、ありがとうございます。
美穂 美鈴の子守のために秋田から来てくださったお父さんお母さんありがとうございます。
住職 坊守 若坊守 お疲れさまでした。
なんて書きだすと、報恩講(に限らないけれど)って、たくさんの人の力で成り立っているんだなぁ。
他にも、お花屋さん 仕出し屋さん お菓子屋さん…
みなさんがお寺に集まるには、それぞれの交通機関のお世話にもなっているし、家族の誰かが留守番をしているから寺に出かけられたという人もいらっしゃるかもしれない。そこまで言い出したら切りがないと言われるかもしれないけれど。
海先生が、新聞の投書を紹介してくださいました。
子供が親の手を離れ、夫婦二人での生活が始まりました。子供がいるうちは、「いただきます」を意識せずに言えたのに、子供がいなくなって、夫婦二人になったら、いつからか「いただきます」を言わない生活になってしまった。「いただきます」を復活させようという話になって、試みるんだけど、途絶えてしまった習慣は、なかなか復活できないものでした。最近、ようやく「いただきます」が言えるようになって、次は「ごちそうさま」だね、と主人と話しています。
というものでした。「いただきます」に限らず、挨拶は難しい。気恥ずかしさもあるし、返事が返ってこなかったら嫌だとも考えてしまう。必要ないと思っている人もいるかもしれない。でも挨拶って、目に見えない かげなるはたらきに、自然とこころ動かされ、ためらいもなく出るものだと思う。本来は。だから「おかげさま」。
目に見えないご恩(ご縁)だけど、誰もが感じている。それゆえに、手が合わさり、南無阿弥陀仏と称えられるものでした。損得勘定やご利益信仰、自分さえよければいいといった考え方に凝り固まっていると、「自分自身を見つめるのが仏事です」と言われても、響かないでしょうね。「いただきます」「ありがとう」「おはよう」…、その一言一言が、私自身の姿を映し出す念仏の声だったのですね。
     
Dsc_0065_2
     
 「衆会(しゅうえ)」 2番
   みすがたは こころに うつり
   みおしえは いのちに かよう
   われらいま やみより さめて
   みほとけの ひかりの なかに
   のりをきく たのしき つどい
   
 「みほとけは」 2番
   みほとけは 
    ひとりなげきて みなよべば
    えみてぞいます わがむねに 
    えみてぞいます わがむねに 
    
Dsc_0067_2

2011年11月 1日 (火)

2011年11月のことば

Dsc_0043_2
人身(にんじん)受け難し、いますでに受く。
仏法聞き難し、いますでに聞く。

      
ご法話のはじめに唱和される三帰依文(さんきえもん)は、掲示したことば「人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く」で始まります。  
人の身を受けるということ。それはとても難しいこと。稀なことです。お釈迦さまは、「人身の針のたとえ」で、人として生まれることの稀さをお説きくださいます。
「高く高く天高くより、地上に向けて糸を垂らします。その糸が、地上にある針の穴を通るくらい稀なご縁をいただいて、人として生まれることができたのです」
仏法を聞くということの難しさも、「盲亀浮木(もうきふぼく)のたとえ」をしてくださっています。
「目の見えない亀が、当てもなく海を泳いでいます。海には木片が漂っています。木片には、亀の首がやっと通る程度の穴が開いています。当てもなく泳ぐ亀と、プカプカ漂う木片が、コツンとぶつかり、しかも、亀の首がちょうど木片の穴を通りました。仏法を聞くとは、これほど大変な出来事なのです」
「人身の針のたとえ」も「盲亀浮木のたとえ」も、不可能なことのたとえのようでもあります。それほど稀なご縁をいただいているわけです。
人の身を受けること。それだけでも稀なご縁なのに、さらに仏法聴聞のご縁をいただけることの不思議。稀なうえに、更に稀なご縁をいただくかのように、三帰依文の始めのことばをいただいていました。しかし、それだけではないように最近感じています。   
人の身を受け、生きている私。しかし、そのことが本当に人の身を生きていると言えるでしょうか。人間として生きていると言えるのでしょうか。
「人(ひと)」ではなく、「人間(にんげん)」と、わざわざ「間」の字がついているのは、関係性を生きていることを表わしています。お釈迦さまや親鸞聖人のおしえに帰るならば、「縁に生かされている身である」ことを表わしています。人や、あらゆる物事との縁が結ばれて、私がいます。そのことに無自覚で、自分さえよければいいかのような振る舞いをして生きる(動く)者が、果たして人間と言えるでしょうか。人としての身をいただいていると言えるでしょうか。
「人身受け難し」の後に「仏法聞き難し」と続くのは、仏法を聞く、いえ、仏法に聞くことにおいて初めて、人間としての歩みが始まるということではないでしょうか。
仏法聴聞のご縁をいただいて、我が身の事実「縁に生かされている身である」ことに気づかされます。人や、あらゆる物事との縁が結ばれて、私がいる事実と向き合います。そのことによって、人やあらゆる物事に対する優しさや慈しみが湧く人もいるでしょう。しかし、なかなかそういうわけにもいきません。
仏法聴聞によって、善い人間・こころの清い人間になれると思いますか? 都合の悪い出来事を、都合の良い方向に転換させられると思いますか? 幸せを求めますか? しかし、仏法聴聞によって、それらの願いが叶うのではありません。なぜ叶わないのか。「縁に生かされている身である」からです。
仏法聴聞はつらいのです。でも、聞き続けてきた人々の歴史があるからこそ、今におしえが伝わっているのです。身の事実に立つ、つらい渦中にあるからこそ、おしえが私を生かすはたらきとなるのです。想いや気持ちはどん底でも、そこに立たしめる大地があるのです。そして、大地というからには、そこに立つ人々がいるのです。
欲望を叶えるのが仏法聴聞ではなかった。考えてもみれば、欲望が叶うとは、関係が断たれることであり、我が身の事実を覆い隠すことなのかもしれません。せっかく人身の針でたとえられるほどのご縁をいただいて生まれてきたのに。
仏法聴聞のご縁をいただいて、我が身を振り返り、このような私の姿に少しでも出遇えたとき、初めて人の身となる、人間となる。せっかく人の身を受けたのに、人の身として、人間として生きていませんでした。そのことを目覚めさせる声に、三帰依文はじめのことばは聞こえます。
最近、朝のお勤めで住職が拝読する「御文」(蓮如上人が書かれたお手紙)が、「阿弥陀如来に出遇え。そうでなければ、この世に生まれた意味がないぞ」と聞こえてきます。
   
   
   
掲示板の人形
今月は人形ではなく、井上雄彦さんが描かれた屏風「親鸞」のミニチュアを置かせていただきました。
Dsc_0013

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ