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2011年8月11日 (木)

安全を究めれば、“危ない!!”という叫びが出るはずです

“安全”に気を遣わない人はいないと思う。
最近のニュースを見ていると、「いない」とは言い切れないけれど。それも切ない。
  
とはいえ、
ケガをさせないように、
事件・事故に巻き込まれないように、  
そういう注意を払っているものです。
     
でも、
どんなに注意を払っていても、ケガをさせてしまうこともあるものです。
事件・事故に発展してしまうこともあるものです。
大惨事になることも、「絶対ない」と言い切ってしまえることではありません。
 
安全だからね
安心だからね
 
そう言うからには、
これだけのことをすればOK
これだけのことをしているのだから大丈夫 
なんてことは ありえない。
     
努力を盾に、安全・安心を誇ってはいけない
努力尽きせぬところに、それでも安全・安心はやってこない。
でも、安全・安心を願うところに、尽きない努力が生まれる。 
   
安全
安心
口にするからには、これでOK これで大丈夫などという限界点を作ってはいけない
  
どんなに努力しても、
どんなに注意しても、
どんなに愛情を注いでいても、
ケガをさせ、
事件・事故に遭うことはあり得ること。
  
誰からも非難されないほど努めていても、
フッと気が抜けることもある。
ここまで頑張ったのだからと、張りつめていた気持ちが緩むときがある。
そうならないように、頑張るのではない。
そうなることもあるものです。それが人間。
 
大切なのは、
ケガをしたとき、、
事件・事故に遭ったとき、
そこからどのように対処・対応するか。
「安全・安心に努めていたのだけど…」
などと言う暇があったら、行動に移さなければ。
 
何が起こるか分からない。
何をしでかすか分からない。
   
封じ込めようとするのではなく、
そのとき どう動くか、考えておくこと。調べておくこと。話し合っておくこと。
できることは、いっぱいある。
 
何も起こらないことを安全・安心って言うんじゃないんだなぁ。
何かが起こったとき、それに対処できる術を研鑽していてこそ、「安全です。安心です」と言えるんだなぁ。
でも、実際に何かが起こることを考え、研鑽している人にとって、安全・安心はあり得ないことだと気づく。
 
安全よ 安心よ
何もしていないほど、口から出ることば
 
子供を見ていてそう思う。
他のなにかだと思いました?

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