« 楽しい 思索の季節 | トップページ | 今、哀しいことより この哀しみがうすれることのほうが ずっとかなしい »

2011年8月 8日 (月)

心から聞こえる“声”が・・・大きな悲鳴を上げている

「ONEPIECE」63巻読了。読み応えがあります。
 
気心の知れた仲間どうし故に起こる、手加減なしのぶつかり合い。涙。和解。
正義と正義のぶつかり合い…によって起こる争い。
悲しみの果てにある喜び。
生まれによって差別があるのではない。差別は人間の想いが生み出しているもの。
などなど…
   
読者それぞれのこころに、植えつける何かがあることでしょう。
書くだけナンセンスな気がしてきました。
  
それでも、63巻を読んでいて感じたことを書きます(私が想いをふくらませただけなので、本の内容とは関係ありません)。
誰もが“理想”を描いて生きています。
同じ“理想”を持った者がいたとします。
さて、ふたりは手を取り合い、協力して“理想”を実現することができるでしょうか。
そうすることが出来る場合もあります。
でも、それが出来ない場合だってあります。
同じ“理想”を持ちながら、協力できない。
いえ、協力する しない以前に、全く違う方向に歩みだすことがあります。
例えば、平和という“理想”のために、「相手を知る」という道を歩みだす者、「戦い」という道を歩みだす者。
どちらが正しいということはありません。
「相手を知る」道を選んだのに、争いが起こることもあります。
「戦い」の道を選んだのに、戦わずして済むこともあります。
まったく性質の違う道を選び、まったく違う行動をしているけれど、“理想”は同じ・こころは同じ・向いている方向は同じということが、起こりうるものです。
そこには、深い悲しみが生じます。
「平和」という“理想”を掲げ、仮にその“理想”が実現できたとして、悲しみがなくなるものなのか。いえ、深い深い悲しみが、「平和」の背景にはあるものです。
思うに、「脱原発」「反原発」派と「原発推進」派がぶつかり合っている今の日本。相反する想いなのだから、ぶつかり合いが起こるもの当然と思っていました。でも、もしかしたら、共通の“理想”を求めているのかもしれない。「安全」とか「便利」とか「「裕福な生活」とか。“理想”の中身は分からないけれど、「脱原発」「反原発」と「原発推進」は、相反するものとして考えるのではなくて、共通の“理想”が引き出した衝突かもしれない。
そのようなことを感じました。
今後 日本が、世界が、どのような方向に進むのかは分からないけれど、その背景には、深い悲しみがある。そのことを、決して忘れてはいけない。

« 楽しい 思索の季節 | トップページ | 今、哀しいことより この哀しみがうすれることのほうが ずっとかなしい »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 楽しい 思索の季節 | トップページ | 今、哀しいことより この哀しみがうすれることのほうが ずっとかなしい »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ