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2011年6月

2011年6月28日 (火)

親鸞さまがおわします⑰

【第17回 越後流罪】
「承元の法難」により流罪の身となった親鸞聖人。僧籍を剥奪され、還俗させられ、藤井善信という罪名が附されました。当時、僧侶となることは、いわゆる国家資格のようなものでした。その資格を奪われ、還俗させられた。このことは一見屈辱のようですが、親鸞聖人にとって、新たな一歩を踏み出させる出来事でした。
私だけならまだしも、師 源空上人までも流罪に処す朝廷やそれに仕える者は許せない。しかし、流罪の身となり、還俗させられたことによって、初めて仏道を求めるものとして歩みだすことができた。とはいっても、一度は世間のしがらみを憂い出家した身。そのような私が、今さら世間の人々の中に入れてもらうというのも、おこがましい話。俗世間でも生きられず、出家者としての道も閉ざされた。もはや僧でも俗人でもない、中途半端な人間となってしまった。このような非僧非俗の身を、私は生きよう。
と決意され、「愚禿釈親鸞(ぐとくしゃくしんらん)」と自ら名告られました。
「愚」愚かで、「禿」道を求める心もないのに、僧侶となった者…決して卑下して名告られた名前ではありません。流罪を機に師との別れに直面し、そこで初めて「南無阿弥陀仏」の念仏のおしえの有り難さに気が付いた。これほどの出来事に遇わなければ、大切なことに気づけぬ自分であった。そのような目覚めが、「愚禿釈親鸞」という名告りとなったのです。
  
流罪の地 越後は、京の都とは比べ物にならないほど寒く、土地は荒れ果て、過酷な自然の猛威にさらされた地でした。越後の人々は、過酷な環境の中、必死でいのちを繋ぎ生きていました。
流刑人は、始めの年は米と塩が支給されますが、2年目以降は自給自足で暮らしていかねばなりません。遅れて越後の地にやってきた妻 恵信尼や子供たちのためにも、親鸞聖人は慣れない畑仕事に努めます。
坊さんの格好をした、畑仕事も手馴れぬ、見慣れない男に、越後の地の民衆は興味を持ち始めます。「どうしてこんな所に来た?」「罪深い人間をすくうおしえがあるのか?」越後の地の民衆との交流が少しずつ芽生えてきました。

2011年6月27日 (月)

ものを見るのに一つの事を見て多くのことを考えなさい

『同朋』(真宗大谷派宗務所発行)2011年7月号が届きました。森達也さん(映画監督、ドキュメンタリー作家)の連載「ブルーにこんがらがって」を読み、妻と会話を交わしました。

最新号の『同朋』なので、ネタバレになってしまいます。まだお読みでない方は今ブログを読むことをお控えください。あるいは、全文読んでみたい方は、東本願寺出版部までお申し込みください。
森さんはある大学でメディアやジャーナリズム論について講義をされています。ある日の講義で、生徒のひとりが森さんに尋ねられます。「なぜテレビは、地震発生直後からしばらくは震災報道一色だったのに、気がつけばこれほどにあっさりと、通常のバラエティ番組を放送できるのでしょうか」と。
森さんの応えます。テレビ局は営利企業である以上、視聴率が取れない番組は放送できない。視聴率が広告料に換算されるテレビは、とても敏感に民意を反映する。つまり、「地震発生直後からしばらくは震災報道一色だったのに、気がつけばこれほどにあっさりと、通常のバラエティ番組を放送できる」のは、市場である僕たちの姿でもあるのだ、と。
  
以上、私自身が「ブルーにこんがらがって」を読み、そうだよなぁと同意した部分です。以下の文章は、その私自身の想いであり、森さんが言おうとしたことではありませんので、お間違いありませんように。
森さんの「テレビ局は営利企業である」を読み、東京電力も一営利企業であることを考えれば、一営利企業がしていることは民意の反映なんだよなぁと思いました。つまり、必要としている人が多いということ。
「国や東京電力は、本当のデータをきちんと公表して欲しい、隠さないでほしい」と言うけれど、本当のデータを見たくない、目を背けてきたのは、僕たち。
「国や東京電力は原発は安全だと言い続けてきた。それなのに、今のような状況になって…国や地元自治体や東京電力は嘘つきだ」と言うけれど、放射能が危険なことぐらいは、素人なりに「危ないものなんだろうな」とは思っていたはず。チェルノブイリや東海村が、その危険性を教えてくれていたのに、誰かが安全だというから安全なはずなんて思ってきた。「安全です」と言われて、それを信じてきたのなら、「安全です」と言った人間を責められるだろうか。
  
    
ある小学生の男の子が書いた手紙が反響を生んでいるそうです。その子のお父さんは、東京電力で働いています。周りの人は「東京電力はけしからん」と言います。でも、「電気の無駄遣いをするから原発が必要になったのだし、地球温暖化防止には原発が必要だというけれど、温暖化を進めたのは世界中の人々です。そう考えると、原発を作ったのは、東電も含めて、みんなであり、責任はみんなにあります」という内容のお手紙です。
そのお手紙に対して、同じ小学生から、「原発は安全だって聞きました。そう教えられてきた私たちに、原発は危険だなどという思いは生まれません。それなのに、人間全体が悪いというのは納得できません」「電気の無駄遣いをするから原発が必要だというのは、言い訳です」という反響もあるそうです。
当然、賛否それぞれの反響があります。今私が書こうとしているのは、否定意見の反響を否定しようというのではありません。「安全だと教えられてきたから、危険だと思うはずがない」…ストレートな意見です。教えられたことを、教えられたとおりに信じてくれればいい。それが、今の日本の教育なのかなと思いました。教えられたことに疑問を抱いたり、教えに反したことを考えてみたりする(自分のことみたいだな)のは、教える側からすれば「してくれるな」と感じることでしょう。
「あなたが言っていることは言い訳です」というのも、自分に責任はない・責任はとりたくないという想いの反映だと思います。
小学生の手紙に対する反響を読んで、想いが一元的・一方向的だなぁと感じました。
 
森さんに尋ねた学生さんの問いも、否定されるようなものではないと思います。ストレートな想いであり、多数派意見なのかもしれません。でも、やはり一元的・一方向的だと私は感じました。
震災直後、「AC」に対する苦情もひどかったそうです。「くどい」「しつこい」「うっとうしい」「内容を考えろ」「A~C~の音楽が嫌だ(その音楽は鳴らされなくなってしまいました)」。テレビが営利企業である以上、仕方のないことです。「AC」が駄目ならば、従来のままのコマーシャルが流されていたわけですが、それならそれで、もっと苦情が出ていたことでしょう。自分が気に入るか入らないか、納得できるかできないかだけで物事を測るわけですから、行動も想いもストレートになり、その根っこには、一元的・一方向的な思考しかありません。
 
ここまで書いたようなことをつぶやく私に、妻が応えます。
(妻は、私が食卓の上に本を置いておくと、目を通してくれます。私が本の内容について急に語りだしても、すぐに受け応えてくれます。私がつぶやいた時も、おそらく「森さんの文章だな」と察知してくれたと思います)。
  
今日の読売新聞の「HONライン倶楽部」に、金子みすゞさんについて、女優の田中美里さんが文章を書いてました。
「みすゞさんは母ミチに“ものを見るのに一つの事を見て多くのことを考えなさい”と教えられたという。みすゞさんの魚や土の気持ちになって詩を作る物の見方や、生かされているという感謝の想いはそんな環境で育ったからなのかもしれない」って。
 
それを聞いて、金子みすゞさんの「積もった雪」を思い出していました。

 つもった雪 金子みすゞ
  上の雪
  さむかろな。
  つめたい月がさしていて。
 
  下の雪
  重かろな。
  何百人ものせていて。
 
  中の雪
  さみしかろな。
  空も地面もみえないで。

 
積もった雪と、ひとかたまりに見てしまいがちなものに、上の雪と下の雪と中の雪の想いを感じる。
多くの物の見方ができて、“いのち”について想いをはせることができるからこそ、金子みすゞさんのような詩が生まれるのですね。
 
「“積もった雪”の詩を思い出してたよ」と言ったら、「その詩も新聞に書いてあったよ」と妻に教えてもらいました。家族が寝静まってから、新聞をゆっくりと読ませていただきました。 
    
会話の続き…
そうそう、「一つの事を見て多くのことを考える」癖が、今の人にはないよね。と、私。
小学生の反響(反対意見)を読んでいてね、そんなことを感じていました。決して、その子に対して「一つの事を見て多くのことを考え」てほしいと言っているのではありません。誰に対しても通じるという普遍的意味で、「一つの事を見て多くのことを考え」ることは大事なことだと思うのです。
     
原発の問題にしても、これだけの惨事にならないと目を覚ませない(これだけの惨事になっても目を覚ませない?)自分にいらだちを感じます。東海村の事故の際に、原発や放射能汚染の危険性を、朋が声を大にして訴えていたのに、私の耳には入ってきませんでした(聞こえてはいたけれど、他人事にしていました。つまり、聞いていませんでした)。今現在の放射能汚染の影響が、未来にどのような形で現れるのか、正直誰にも分かりません。つまり、なにが起こるか分からない負の遺産を、今を生きている私たちが、これからを生きる人たちに遺そうとしているのです。それを考えると、脱原発に向けて進まなければいけないと思っています。
などと書くと、「原発がなくなったら、どうやって生活していく気だ。日本の生産力も落ちて、自前のエネルギー・自前の食物も持たない日本は、たちまち貧しい国になっていくぞ」とお叱りを受けてしまいます。たしかにそうです。脱原発を訴えるということは、原発に従事して働いている方々の仕事を奪うことにもなります。あるいは、今さらになって脱原発を訴えるということは、今まで脱原発を訴えてきた人々・原発のそばに住むことを(いえ、住んでいるところに原発ができたことを)耐えてきた人々に追随するようでいて、裏切りの側面も持っています。
そのように、どの道を選んでも、そこには、困っている人・困る人・耐えている人・これから耐えていかなければならない人がいるのです。反面、楽する人・享受する人などもいるものです。誰に対しても、迷惑のかからない道などないのです。そのような、人が生きるということの現実に向き合う。そんなの理想に過ぎないとか、気持ち悪いとか、逃げじゃないかと思われるでしょうが、それでも、そんな現実に向き合う道を探りたいのです。
(余談…上記のようなことを考えているんだけどと、教化を担っている方に言ったら、「私もそう思います。でも、そのような想いで講演会や教化活動をしているのに、“東本願寺は脱原発なのか!”という話になってしまうのです。脱原発か原発推進かの話ではないんだけど…」と仰ってました。会話とは難しいものです) 
    
妻…「一つの事を見て多くのことを考えなさい」ということを考えるとね、
先日あなたがお風呂で、美穂(長女)に突然水をかけられたとき、「ギャーッ!! やめなさい!!」って怒ったときに、「冷たいからやめなさい」って、理由をちゃんと言って叱った方がいいよって言ったでしょ。その一件だけじゃなくて、私自身もだけど、ただ「ダメ」というのではなくて、何がどうしてダメなのか表現しないといけないと思うの。そういう意味で、例えば、今話してくれた、反対意見を述べた小学生も、「何がどうしてダメなのか表現」してこなかった大人に育てられてきたのかなと思います。
    
「何がどうしてダメなのか」、あるいは「何がどうして嬉しいのか」…そのような声で包んであげないと、子供たちは想いが膨らまないし、想いが至らなくなってしまうのかもしれません。しかし、そのような声で包んであげるべき大人が、そのような力を有さずに生きているのかもしれません。今、現に。
       
一つの事を見て、一つの事だけ(自分がよしと考える事だけ)考えるということは、他の意見が聞こえなくなります。他人(ひと)が見えなくなります。
一つの事を見て多くのことを考えられるようになると、いろいろな意見に聞く耳を持てます。他人(ひと)が見えてきます。でも、それはそれで苦しみます。
さて、どちらがいいですか。私は、多くのことを考えられるようになりたい。たとえそれで苦しんだとしても。
   
森さんの文章は結びます。
人は優しい。でも冷酷でもある。誰かの悲しみや辛さをすべて共有しながら生きることなどできない。でも自分が冷酷な存在だと気づきかけたのなら、それはそれで意味のあることだ。この冷酷さに無自覚であるとき、人は大きな間違いを起こすのだから。
      
   
長々と書きすぎました。思考がブルーにこんがらがっています。

2011年6月21日 (火)

ブッダ

今年の父の日は、住職に手塚治虫先生の「ブッダ」を全巻贈りました(住職が読み終えた後は、私が読ませてもらうことになるのですが)。
学生時代、部室に揃っていたのを読んでいましたが、ずっと自分で買おう買おうと思いつつ、月日が流れていました。
いろいろな装丁で「ブッダ」も発行されていますが、「手塚治虫文庫全集」として発行されていたものを買いました(本屋さんに平積みになっていたので)。
ちなみに、映画の「ブッダ」はまだ観ていません。
 
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2011年6月 9日 (木)

如来の願いを受けた身だ!!

今日、用事があって真宗会館に行ってきました。
法語ポスターや日めくりカレンダー…いくつもことばが掲示されていますが、次の3つが目に飛び込んできました。
念仏して どうにかなるのではない。念仏申す身になれたこと、つまり この身をいただいたこと、そのことがすくいなのです。
3つのことばは、そのように私に訴えています。ことばは違うけれど、伝えてくださっていることは、すべて同じ。
今日、用事があって真宗会館に行きましたが、このことばに呼ばれていたのかかもしれません。
南無阿弥陀仏 
   
念仏して助かるのではなく
念仏が助かった証拠です

     
聞いてわかっていくのではなく
聞く身をいただくことが
すべてなのです

    
どんな人間であろうとも
己に願いがなくても
如来の願いを受けた身だ

2011年6月 1日 (水)

2011年6月のことば

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 物をうくるには心を以てし
 法をうくるには身を以てす
    金子大榮

     
物をいただけば、それに対する思いが生じるものです。
 「あら素敵」
 「こんなものいらない」
 「もう 持っているんだけど」
いろいろなことを思うものですが、いる・いらないで判断するのではなく、物を贈ってくださった方の気持ちを大切にしたいものです。
「なにがいいかな」「これは似合うかな」「これなら喜んでくれるだろう」
そんなことを考えながら、贈り主は品物は選ぶものです。そうではありませんか?
品物自体への評価より、そのお気持ちを、心を以ていただきたいものです。
     
法(おしえ)に触れるとき、「ためになるから」「良い人間になるために」「気持ちを落ち着かせるために」などという気持ちで、仏法聴聞していませんか?
きっかけは大事ですから(きっかけがないことには仏法聴聞できません)、そのことがいけないという話ではありません。しかし、そのような気持ちだけで聴いていると、ためにならないと判断したとき、よい人間になれないと思ったとき、気持ちが落ち着かないとき、仏法も無駄だ、意味がないと吐き捨ててしまいます。
先達から、「仏法は、毛穴からしみ込んでくるものです。どうか仏法聴聞の場に身を置き続けてください」と教えられたものです。仏法聴聞しているそのときは分からなくても、困難にぶち当たったとき、しみ込んだ教えが、私を生かすはたらきとして花開きます。
「仏法聴聞」と書きましたが、「聴聞」には大切な意味があります。自分で思い立ってきくことを「聴」。聴き続けているうちに、きこえてくることが「聞」です。きっかけは自分の想いかもしれませんが、聴き続けているうちに、自分の想いを超えて聞こえてくることがあるのです。毛穴からしみ込んでいたおしえが、「あぁ、こういうことだったんだ」と聞こえてくるときがあるのです。時を経て、生活を経て、経験を経て、頷ける真実があるのです。
「ためになるから」仏法を聴くのではなく、仏法聴聞のご縁をいただいているのです。物を受ける場合も、法を受ける場合も、自分の価値観(ものさし)に合わせようとすると、合うはずもありません。いらないものとして 烙印を押してしまいます。
    
私が先にある。その前提で「心を以て」「身を以て」というと、心構えだとか、目標・礼儀になってしまいます。そのように「心を以て」「身を以て」と考えた場合、いつの間にか自分優位・自分上位のいただき方に陥ってしまいます。もらってあげる、聴いてあげる、と(そこまでの意識はないでしょうが)。
「心を以て」「身を以て」…そうするための いのちを、いただいて生きているのです。
   
人身受け難し、いま すでに受く
仏法聞き難し、いま すでに聞く

   (「三帰依文」おしえのことば)
 
人として いのち をいただくことがどれだけ稀なことでしょう
仏法聴聞のご縁をいただくことが どれだけ難しいことでしょう
しかし、その稀で難しいご縁の中で、人としてのいのちをいただき、しかも仏法聴聞のご縁をいただきました。 私の想いを超えた様々なご縁を、幾重にも重なるご縁をいただき、今の私がいるのです。
心構えや目標・礼儀として、心を以て物を受け、身を以て法を受けましょうというのではありません。物(気持ち)や法(おしえ)の積み重なりを受けて、私が私として成り立っています。心と身が成就しています。
私という人間の事実を、金子先生のことばから感じます。
 
 
 
金子大榮(かねこ だいえい:1881~1976)
明治から昭和期の真宗僧侶・教学者。
お名前の「榮」は、火が燃え盛る様子を表すということで、「栄」ではなく「榮」と書くことにこだわられていたというお話を聞いたことがあります。
寺の納戸を片付けていたら、金子先生に御揮毫いただいた色紙が出てきました。その色紙に書かれていたのが、今月のことばです。
    
   
   
掲示板 今月の人形
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