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2011年3月 5日 (土)

讃歌 弥陀の誓願

朋よ
 
私は あなたを傷つけただろうか
 
誰もが“平等”にすくわれる
 
奥底の気持ちが伝わると思いました
 
すくわれる内容も同じだと思われましたか
 
罪を為(な)さなかった者は
  
罪を為さなかったままにすくわれる
   
罪を為した者も 
 
罪を背負ったままにすくわれる
 
それが平等 阿弥陀如来の眼 阿弥陀如来のものさし
 
阿弥陀の眼は 生きとし生ける者 みないのちあるものとして映る
 
衆生の眼は 他人どころか 私にすらいのちを見出せない
 
阿弥陀のものさしは 生きとし生ける者 みなにピッタリ合わさる
 
衆生のものさしは 他者の 合わないところを浮き彫りにする
 
同じ恩恵を受けてこその平等
  
阿弥陀の平等は 平同(誰も選ぶことなく 誰も嫌うことなく 誰も見捨てることのない はたらき)を内包する
   
衆生の平等は 差別を明らかにする
 
罪を為した者に対する批判で留まらず
 
罪を為していない者に対してまで批判してしまう 私のものさし
   
   
朋よ
 
私はあなたを傷つけただろうか

私も あのような事件を起こしたかもしれない
 
私も 気持ちは分かる やったことはいけないけれど
 
そのようなことばが出る背景に 阿弥陀の平等を見ていました
 
恨み 捨てられない
     
羨み 持っていていい
   
妬み 恥ずかしいことではない
   
憎しみ 一生抱えて生けばいい
      
それらすべてひっくるめて 今の私
 
今の私にならしめる 数え切れないほどの縁
 
どれひとつ欠けても 今の私ではない
 
違う私がよかったという想いが 私を苦しめる 
 
でも 他の私など あるのだろうか
 
他の人生を想像し 私を苦しめる
 
私が経験してきたことは 私にしか経験できなかったこと 
 
経験してきたことのつらさが 私を苦しめる
 
私を苦しめる思い出の数々  
 
誰も分かってくれる人はいないと 私を苦しめ
 
分かってたまるかと また私を苦しめる
 
私に憎しみの気持ちを持たせたヒトを 憎めばいい
 
でも 人生という道を歩む責任は 私にしかない
 
憎しみと優しさは あざなえる 縄のごとし
 
大きな憎しみをもつ者は 
 
大きな愛情(あなたを想う気持ち)ももらっているはず
  
太い(大きな)憎しみと 細い(小さい)愛情では 縄(人生)はあざなわれない
 
憎しみと同じ大きさの愛情に包まれているからこそ
 
憎しみと その愛情を感知して生まれた優しさが 人生をあざなう
 
憎しみのないところに 優しさは生まれず
 
優しさあるゆえに 憎しみも生ずる
  
一見矛盾したような気持ちを抱えて生きて行けるのは
 
その人生を経験した私のみ
    
私が積み重ねた経験を 誰かにさせたいか
 
私が歩んだ道程を 誰かに歩ませたいか 
      
いいえ 誰にも譲りたくはない
   
同じ苦しみを味あわせたくないからなんて理由ではない
 
私の歩んできた道は 私が刻み込んできた人生なのだから
     
   
朋よ
     
私はあなたを傷つけただろうか
   
他人(ひと)が 私を見る目を気にするというけれど
 
一流 二流 三流 四流 人物や物事にランクをつけるけれど
    
気にしているのは 誰でもない私自身 
 
自分で思っているほど 他人は私を見ていない
 
自分の価値観を 世間の評価に合わせる必要はない
   
世間の評価は無責任 つまりなんにも見てはいない
  
なんにも見てはいない目を気にして生きるよりも
      
私を見ている まっすぐな眼に生きたい
       
それが阿弥陀如来の眼
 
自分では こんな恥ずかしい人生でしたというけれど
   
阿弥陀の眼から見れば 尊い人生 
   
あなたの頑張りを見

あなたの一生懸命さを知り
  
あなたの哀しみによりそう
   
阿弥陀の眼

その眼が あなたを称(たた)えています   (了)
   
   
  
      
  
今日の文章は特定の誰かを指して書いたわけではありません。
あるいは、お詫びの文章なんかでもありません。
「朋よ」…阿弥陀の眼からすれば 生きとし生けるもの すべてです。
朋よ

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コメント

 あくまでも、私の場合ですが…

 せっかく友人が、私のためを思って言ってくれているのに、「聞きたくな~い」というので、激怒してしまい、大喧嘩に……ということは、残念ながら、大変に多いです。

 逆に、良かれと思って、言ったことが、別に私は何事も如来の思し召しと思って、どんなつらい事でもありがたいと受け止めていますなんていう意味では全くなく、私はできるから、あなたもできるはずという意味は全くなかったのに、私の言葉遣いに配慮がなく、自己中心的で、血の通った人間が、聞いた側がどう取るかへの想像が不足していて、人を傷つけた事も数限りなくあります。つらいと言われているのに、ただ、一緒に泣けばよいものを、誰でもつらいというような一般化した言い方をしてしまい(←これは自分を奮い立たせるために言ってみるというのは自分の任意なんですが、人に言ってしまうという失敗が私の場合あるんですね。)、人の話を聞いていない等ですね。大変多いです…。あくまでも私の場合です。

 人から言われたことは、そのときは、聞きたくないっ、と思っても、時が経って、思い出すと、そのとおりだなぁと思うことが全くないわけではないですが…。

 後悔先に立たずと言いますが、私の場合、後悔後を絶たずという感じです。

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