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2011年3月20日 (日)

このようなときに、被災地にいないものが争ってどうする

2011年3月20日(日)春彼岸3日目
某運送業を営んでおられる門徒さんがみえました。親御さん思いで、気は優しくて力持ちな方です。その方がさみしそうに仰られました。
「お得意さんに、被災地までの物資の運搬を頼まれたんです。でも、現在のガソリンの供給状況や道路状況では、そこまで行けないんですよ。ですからお断りしたら、『そんな奴だとは思わなかった。お前にはもう頼まん!!』って怒鳴られてしまいました。私だって、行けるものなら行きたいんですよ」
 
被災地に物資を持っていくだけが支援の方法ではありません。その方は、都内において飲料物を集め、現地まで運ぶ企業のお手伝いをしています。ガソリンも、ご自分のお仕事が終わった後、4時間以上並んで給油し帰宅し、睡眠時間は1、2時間と仰っていました。
今までも、お仕事の内容をお聞かせいただき、頭が下がる想いでしたが、こんにちのお仕事の様子をお聞かせいただき、あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。
  
被災地に物資を運んでくれと頼んだ方も、「なんとかしたい」という気持ちからでしょうが、なんとかならない現実もあるのです。
このようなときに、被災から逃れた者が、誰かに怒りをぶつけてどうするのですか。被災された方々が、どんなに助かる支援物資を用意できたとしても、そこに争いがあったのでは、支援にならないのではないですか。
忸怩たる想いは、誰もが抱えています。でも、冷静に、できることをひとつずつ積み重ねていきましょう。

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