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2011年3月21日 (月)

便利さの陰で、語り合うべきことを語り合ってこなかったのかもしれない

2011年3月21日(月)春彼岸4日目
節電の呼びかけに応えて、多くの方が節電に努めていらっしゃることと思います。
西蓮寺でも、使わない部屋の電気はつけず、使わない電化製品のコンセントは抜き、一度に幾つも点いてしまう電球は外し、家族ができるだけ同じ部屋にいるようにし、夜も早く寝るなど、節電に努めています。
やってみて感じたことは、いかにいままで無駄に電力を消費していたかということ。
節電といっても、不便は感じません(不便を感じるほどに節電に努めろと言われてしまえば、現状返す言葉もありませんが)。
  
通勤・通学に電車を使われる方にとっては、時刻表通りに運行しない電車に不便を感じておられることと思います。でも、普段の70~80%の運行率とかでも、なんとかなっていることを考えると、今までいかに快適に生活をさせていただいていたのか、感謝の気持ちが絶えません。 このお彼岸も、電車に乗って参詣にお見えの方がおおくいらっしゃいます。ガソリンの供給不足により、いつも以上に電車を利用されている方が多いようです。
  
節約してみて、そういう状況に置かれてみて、初めて感じることがある。
後で取り戻せるものを一時的に失って、「初めて感じる」ことができたのなら、その気持ちを持ち続けていけばいい。
しかし、そういうことって、たいてい 失ってから気づく。
原発の問題…テレビや新聞・ネットニュースで目にしますが、本当はそんな悠長なことを言っていられる状況ではないのかも。チェルノブイリや東海村…原発について、電力の安定供給について、節電について、公共の交通機関がきちんと発着することの有り難さについて、夜遅くとも明るさ灯る道を歩ける尊さについて…語る場、語る機会は、今まで用意されてきた。それなのに、そのことをしてこなかった。悔やまれます。

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