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2011年2月 3日 (木)

こころの響きは鏧(きん)とともに

お朝事やお夕事(朝晩の勤行)
普段は住職が鏧(きん)を叩く
 
住職が留守のときは、私が鏧を叩き、お勤め。
本堂で、私が鏧を叩く音を聞く妻と娘
 
「かっちゃんの鏧は、音が厳しいよね。棘があるっていうか。住職の鏧は、控えめで、穏やか」
と、妻の感想。
 
的を射ているので、グサッと突き刺さる。
同じ鏧を、同じバチで叩いているのに、叩く人によって、その音色は変わる。
こころの表情が、鏧にそのまま反映される。
 
自分でも気付いていた。
こころのトゲが、鏧の響きとなって表われた。 
鏧や音木や読経の声や、いろいろなところで表われていることでしょう。
 
住職のように控えめで、穏やかな鏧が叩けるように…いつなることでしょう。

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コメント

こころの琴線に触れるお話を伺いました。
身近なところでは、車の運転にも同じようなことが言えると思います。同じ道、同じ車で運転したとしても、運転する人のこころ一つで無事故無違反にもなりますし、大事故にもなります。
拝読して、自分を省みる良いきっかけを頂きました。
今日も有り難うございます。

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