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2010年12月

2010年12月31日 (金)

ありがとうございます

2010年も終わります。
「年々時が経つのが早く感じます」なんて言いたくないけど、でも、早かったです。
2011年、親鸞聖人の750回忌の年です。
4月 東京五組同朋大会
5月 東京五組御遠忌団体参拝
があります。なんだか、あっという間に時が過ぎてゆきそうです。
     
今年はブログの更新が少なかったですね。書きたいことはたくさんあったのですが、パソコンに向かう時間がなくて…。なんていうのは言い訳ですね。時間の使い方が下手なんです。私は。
もっといろいろな活動をされていて、それでいて いろいろなことを成されている方がたくさんいます。その方々は、どんな時間の使い方をされているんだろうと、たまに考えてしまいます。
でも、来年もこんな私であることに変わりはないですね。
 
今年一年、お読みいただきまして、ありがとうございます。
来年も、いつ更新されるか分からない当ブログに遊びに来てください。よろしくお願いいたします。

2010年12月28日 (火)

親鸞さまがおわします⑪

【第11回 闇を照らす光】

長い間暗闇だった部屋が、明るさを取り戻すまでに、どれくらいの時間がかかるだろうか。暗闇であったのと同じだけの時間がかかるか。いや、どれだけ長い間暗闇であったとしても、そこに光が射したならば、部屋は瞬間に明るくなる。
苦悩の世を生き、自身の迷いのこころに縛られてきた。その時間がどんなに長くても、そこに光が射せば、たちまち人生に光明が満ちてくる。
だからといって、暗闇そのものがなくなったわけではない。光は、接するものがあって初めて光の事実が現れる。接するものとは、私の迷いのこころ。迷いがあるところに、光が満ちてくる。暗闇そのものがなくなったわけではない。状況はなにも変わらない。けれど、迷いのこころ…自身に向き合うときに初めて、光を、阿弥陀の慈悲を感ずる。その光は、自身に向き合った者だけを射すのではない。光は、生きとし生けるもの すべてを照らしている。今までずっと。その光を感じることなく、苦悩に沈み、迷いに埋もれている私。しかし、暗闇を作り出しているのは、実は私であった。苦悩を取り除くことによって、明るい人生を求めていた。けれど、苦悩あるからこそ、光を感じることが出来る。
   
親鸞聖人の師 源空上人は、一切の経文を何度も繰り返して読むうちに、善導大師の『観経疏』の一文に出遇われました。
 
一心に弥陀の名号を専念して、行住坐臥、時節の久近を問わず。念念に捨てざるをば、これを「正定の業」と名づく、かの仏願に順ずるがゆえに。
    
ただ南無阿弥陀仏。何度も読んだはずなのに、あるとき、この一文が上人の目を奪いました。
親の仇に対する怨みを消すことに努めていた上人。怨みを消せない自分を許せない上人。が、怨みを持ったままの私を待っていてくださる光があった。阿弥陀如来の慈悲の光明にすでに照らされていた。そのことに気付かぬ私であった。
ただ南無阿弥陀仏。源空上人43歳、専修念仏の道をあゆむことに、こころが定まりました。
   
月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ(源空上人)
   
  
   
(雑記)
親鸞聖人750回御遠忌を前に、親鸞聖人の生涯にふれてみようと書き始めた この「親鸞さまがおわします」。
1年で終わるつもりで、昨年の暮れには1年分の構想を練っていたのですが、いざ書き始めたら、書ききれませんでした。
「親鸞さまがおわします」という題でありながら先月と今月は、師 源空上人のことについてふれました。親鸞聖人が私たちにお示しくださった念仏の教えは、源空上人の幼少期の出来事を抜きに語れないと思ったからです。
「親鸞さまがおわします」は、私の頭の中で膨らんだ想いも加わっていますので、必ずしも、現代に正当として伝わっている通りの“親鸞伝”ではありません。そのことも加味しながらお読みいただければと思います。
来年もお楽しみに。

2010年12月17日 (金)

いのちに出遇う

12月8日(水) 西蓮寺聞法会
暮れのお忙しい中、ご参加くださった皆さま、ありがとうございます。今年も一緒に聴聞できましたこと、ありがたく思います。
西蓮寺聞法会は、私(副住職)が、話をさせていただいています。本山出版の『真宗の生活』をテキストにしています。いつもは参考資料を集めてレジュメを用意しているのですが、今回は話の要旨を文章にしてレジュメに書き著しました。
   
   
『真宗の生活』(2010年版)
12いのちに出遇う

【出遇い】
真宗において、大切な師・友(朋)・教え・出来事との出会いを、「遇う」と表現します。
「遇」には「たまたま」という意味があります。偶然の「偶」の字と同じ意味です。つまり、私が会おうと志して、私が会いたいと願って会えるような出会いではないのです。私の力や想いを超えたところに用意された出会い。その出会いを「出遇い」と言います。会い難くして、出会えた出遇いなのです。
   
 (参考)三帰依文
  人身受け難し今すでに受く
   →人身の針のたとえ
  仏法聞き難し今すでに聞く
   →盲亀浮木のたとえ
   
しかし、だからといって「あぁ出会えてよかったなぁ」と、出会いを感謝しましょうという話ではありません。感謝だけでは言い表せない出遇いが、人生にはたくさんあるのですから。
大切な師・友(朋)・教え・出来事との出会いを、「遇う」と表現しますと言いました。それだけを聞くと、喜ばしい出会いを「遇う」と表現するのだなと勘違いしてしまいがちです。驚くべきことに、「遇」には、「遭」という意味も含まれています。 「遭難」の「遭」です。つまり、自分にとって都合の悪い出来事との出会いも含まれるというのです。
真宗の教えに向かい合った頃、私は分かりませんでした。どうして、大切な師・友(朋)・教え・出来事との出会いを表現する「遇」に、都合の悪い出来事にあうという意味の「遭」という意味が内包されるのかが。
   
人は、誰もが幸せを望みます。不幸な出来事は起きてほしくないものです。しかし、生きていると、自分にとって都合の悪い出来事も起こります。
お釈迦さまの教えは八万四千あると言われています(それほど多くのことを説かれたという意味です)。しかし、それらの教えの根幹には、「縁起の道理」があります。「物事は、すべて縁によって起こる」ということです。
こんにち、自分にとって都合の良い出来事があったときに、「縁」を用います。「良いご縁をいただいて」「良いご縁のおかげで」など。しかし、お釈迦さまがお説きくださった「縁起の道理」ということは、自分にとって都合が良かろうが悪かろうが、すべて「縁」によって起こるのです。つまり、良い縁 悪い縁と区別する私がいますが、「縁」そのものには良いも悪いもないのです。
生きるということは、大切な人との別れがあります。どんなに別れたくないと思っていても、いつかその日は訪れます。でも、別れるという縁に先立って、出遇えたという縁があります。出遇うということがなければ、別れを悲しむということもありません。
  
 (参考)白骨の御文
   
或いは、幸せになりたいという私の想いが成就したとき、周りの人も同様に幸せでしょうか。いえ、私の幸せのために、犠牲になっている人もいるものです。縁を生きる、いえ、縁を生かされて生きるということは、同時に相反することが起きているということです。
或いは、こんな人間 存在しなきゃいいんだというヒトがいたとします。そのように想うということは、そう思わざるをえないことをされてきたということでしょう。仮にそのヒトの手を握る機会があったとします(心情的・物理的に無理なことではありますが)。悔しいことではありますが、どんなに冷徹・冷酷・冷血な人間でも、その手にぬくもりを感じてしまうのです。「いのちとはぬくもりなのだ」という台詞がありましたが(『真宗の生活』12いのちに出遇う)、「ぬくもり」とは、大切な人との間だけに感じることではなく、生きとし生けるものすべてに通じていることなのです。
決して、「こんな人間、存在しなきゃいいんだというヒト」を許せと言っているのではありません。「ぬくもり」の事実を語ったのです。
受け入れがたい事実から学ぶこともあります。「遇」に「遭」という意味が内包されているのは、そういう意味があるのかなと感じています。
  
「同朋新聞」12月号でインタビューを受けている藤原新也さんはおっしゃいます。
「結局自分の目の範囲内でしか世界を見られない人が非常に多い。生きている限りたくさんのことと出会う。それが生きているということなんですね」
「生きている限りたくさんのことと出会う」…それが、「遇う」ということなのではないでしょうか。「たくさんのこと」には、私にとって都合の良いことも悪いことも含まれます。それが、「遇う」ということなのです。でも、多くの人はそれが見えていない。見ようとしていないのです。
藤原さんは、「メメント・モリ(死を想う)」という写真集を出されています。人が、一番避けて通りたい出来事…「死」という出来事について、真正面から受け止められた作品です。
生が正しくて、死は負のことと位置づけられる現代社会において、大切な人との別れに直面したとき、私たちの思考は停止してしまいます。なにも見えなくなってしまいます。
正しいことのみを望み、負の側面を排除しようとしている現代社会。しかし、世の中、正ばかりでは成り立ちません。負の側面もあって成り立っています。それに、何が正しくて、何が間違っているのか。その答えだって、本当はないのです。その証拠に、どうしてこれだけ平和を希求する世の中で、いまだに争いが起こるのでしょう。それは、誰もが自分の正義を掲げるからです。一人ひとりの、一国一国の掲げる正義は、理の通ることなのかもしれません。しかし、ふたつ以上の正義が出会えば、そこにはたちまち争いが起こります。争いは、正義と悪がぶつかって起こるのではありません。正義と正義がぶつかっておこるのです。自分にとっての正義しか見えない。つまりは何も見えていない。つまり つまりは、生きるということの本質が見えないままに生きているということなのです。「ただ単に生命活動をしている」(『真宗の生活』12)だけなのです。
人間が生きているということの事実です。でも、こんなつらい事実なのに、私たちは、今、生きています。どうして生きていられるのか。そこには、私たちの想いを超えたはたらきがあるからです。そのはたらきを、親鸞聖人は「阿弥陀如来」と教えてくださいました。
「生きること、死ぬこと。どちらも不思議の中にあります」(『真宗の生活』12)…「不思議」とは、目の前の出来事にビックリ仰天という程度の話ではありません。「私たちの想いを超えた」という意味です。現代は、「生」と「死」を分断して考えますが、「生」も「死」も、ひとつなのです。仏教では、「生死一如(しょうじいちにょ)」と教えてくださっています。
「ぬくもり」ということも、体温の「ぬくもり」のみを言うのではありません。体温のぬくもりのみを温かいと言うのであれば、生きている間は温かく、死んだら冷たいというだけの話になってしまいます。しかし、『真宗の生活』12で書かれているように、亡くなられたおじいちゃんと生きているお孫さんが、ともに眠り込んでいる姿から、いのちのリレーというぬくもりが伝わってきます。亡き人から教えられることがたくさんあるのです。だからこそ、「父を失った悲しみだけではない涙が、あとからあとからこぼれ落ち」(『真宗の生活』12)たのです。
  
「いのちに出遇う」とは、「生を望み、死を遠ざけている私の姿」「幸せを望み、そのことによって他人を不幸に追いやっている私の姿」「平和を望む、結果争いを生み出している私の姿」に出遇うということなのだと思います。
それゆえに、真宗では「遭」という意味を内包する「遇」の字を使ってまで、「あう」ということを大切にしているのだと思います。
この事実の中を、生かされて生きている。くじけそうになる私を生かすはたらきを「阿弥陀如来」という。そうまでして生きている姿を、親鸞聖人は「身を粉にしても」「ほねをくだきても」と、感動をもって表現してくださったのだと、私はいただいています。
   
 (参考)西蓮寺寺報
  「ことば こころのはな」12月号
   「恩徳讃」から教えられること

2010年12月 1日 (水)

2010年12月のことば

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如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
ほねをくだきても謝すべし
         親鸞聖人

    
今月のことばは、親鸞聖人が詠まれた ご和讃「恩徳讃」です。つどいや法話会の閉式の際に唱和されます。
    

阿弥陀如来の大悲の恩徳は
身を粉にしても報ぜずにはいられません
お釈迦さまや導いてくださる祖師たちの恩徳も、
骨をくだいても感謝せずにはいられません。
    
(真宗大谷派宗務所出版部発行
「宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌同朋唱和勤行集」より)
 
     
素直に現代語訳すれば、このようになります。しかし、私は違ういただき方をしています。
    
生きるということには、人それぞれ苦悩が付きまといます。苦悩を抱えながらも生きていく姿、その姿自体、「身を粉にしても」「ほねをくだきても」の姿なのです。つまり、私たちの生き様は既に、「身を粉にしても」「ほねをくだきても」生きていることを体現しているのです。
「阿弥陀如来の大悲の恩徳に、身を粉にするほどに報じましょう」「師主知識の恩徳に骨を砕くほどに感謝しましょう」と言った場合、「信じたから、恩に報いる」「有り難く思ったから、感謝する」という受け取りになってしまします。ということは、「信じられないから恩に報いられない」「どうしてそれほどまでに感謝しなければいけないのか」という否定・疑問・自己肯定が生じます。
あるいは、消えることのない苦しみに、「これだけ恩に報いているのに、これだけ感謝しているのに、なぜ苦しまなければならないのか」と、報恩の想いを翻しかねません。私たちが思い立つ報恩や感謝には、そのような危うさがあります。
宗教を頼りにするといっても、我が身を中心において、より良い境遇を願う我執があります。これだけのことをしているのだから、報われて当然。自分の行いに対して、利益・対価を得ようとすることが、果たして信仰でしょうか。
     
   
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし(そうなるべき縁がもよおすならば、どのような振る舞いでもせざるをえないのです)」と説かれた親鸞聖人。
このことばは、親鸞聖人と弟子の唯円さんとの会話で出てきます。
「聖人の仰せならば、背きは致しません」という唯円に、聖人は「人を千人殺して来なさい」と命じます。「それはできません」と唯円が返せば、「人を殺さないのは、善い心を持っているからではありません。また、決して殺害はしてはいけないと思ったとしても、殺すということもあるかもしれないのです」と聖人は諭します。
このお話を紹介すると、「人を殺すことはよくない」「人は、もっと強い心を持っている。戦争や殺人を避けることもできる」と反論されることがあります。しかし、想いを超えた縁を生きているのが私です。戦争や殺人を避けることができたとしたら、それは、戦争や殺人を犯さずに済むご縁をいただいたということなのです。それにこのお話は、殺害の是非や縁の仕方なさを伝えるためのおしえではありません。
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」という聖人のことばは、「ここに、人がいる」 そのことに気付けよ! ということばなのだと感じるようになりました。
   
「縁起の道理」を説かれたお釈迦さま、「縁を生かされて生きている私の姿」を説かれた親鸞聖人。その教えの背景には、「ここに、人がいる」という響きがあります。
「ここに、人がいる」。何を言っているんだと思われるかもしれません。しかし、そんな当たり前のことに気付かずに、自分さえよければいという生き方をしているではないですか。人(いのち)というものが、全く見えていないではないですか。
「ここに、人がいる」自覚によって、人に優しくなれるなどと訴えようというのではありません。さまざまな縁が織り成す人生模様の中を生きている私たち。嬉しく、楽しいことばかりではありません。つらく悲しいこともあります。悲しみは忌避し、楽しいことを求めますが、そのことは生きている事実を覆すことではありませんか。
先に、宗教によりよい境遇を求めていると書きましたが、そのような要求は、つまりは自分で自分の人生を否定しているようなものなのです。「ここに、人がいる」自覚とは、このような生き方をしている自分自身への警鐘(目覚め)でもあります。
   
私を悲しみもろともに包みこんでくださる阿弥陀如来の大悲
私に先立って、いのちを生ききられた師主知識
それらの礎があるからこそ、私は、悲しみのままに生きていける。「ここに、人がいる」ことを感じながら。
その姿は、身を粉にするほどに尊く、
骨をくだくほどに美しい。
(「恩徳讃」拝受 西蓮寺副住職 釈勝願)

     
     

今月のギャラリー
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南無阿弥陀仏
 
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