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2010年11月

2010年11月28日 (日)

親鸞さまがおわします⑩

【第10回 源空上人 こころの軌跡】
 
「父上、ちちうえー!」
源空(法然)上人は自分の叫び声で目を覚まします。
「あぁ、また同じ夢を見たか…」
   
上人は、1133年、美作国(みまさかのくに:現、岡山県)に生まれます。幼名は勢至丸といいました。父、漆間時国(うるまの ときくに)は押領使(おうりょうし:荘園の管理者)を勤めていました。
  
勢至丸9歳のとき、土地を巡る抗争により、父は明石定明によって夜討ちを受け、殺されてしまいます。
臨終の際、父は息子に「敵を怨んではならない。復讐をすれば怨みは際限なく繰り返される。敵を怨むことを捨てて出家し、誰もが救われる道を求めよ」と遺言されました。
  
夜討ちで殺された者は、遺された者が敵討ちに生涯を費やすことが珍しくありません。明石定明にとっては、敵討ちの芽も摘んでおかねばなりません。定明は、勢至丸の母をも殺し、次は勢至丸のいのちを狙いました。
  
勢至丸は、今は何とか逃げ延び、将来定明の首を狙うつもりでいました。しかし、母までもが、息子に出家の道に入ってほしいと遺言したのでした。
  
勢至丸は、母の弟でもあり、菩提寺の住職でもあった観覚にかくまわれます。仏道に入った者に、手出しはできません。源空は、観覚のもとで、仏道を歩み始めます。いつか父と母の敵討ちをするときが来ることを、こころのどこかで待ち望みながら…。
   
   
観覚のもとで経文を学ぶうち、「法句経」のことばに出遇います。
およそ怨(うら)みに報いるに怨みを以ってせば、ついに怨みの息(や)むことはない
  
「仏教に帰依していた父上は、このおことばを大切にされていたに違いない。だから私に、復讐をするなと遺言されたのだろう」
父と母の仇を討ちたい。しかし、父も母も、私が仏道に入り、人々のために教えを説くことを望まれた。復讐のこころと、父に「復讐をするな」とまで言わしめた仏のことば… 上人のこころは揺れ動きます。
   
悩んだ上人は、比叡の山に入ることを決意します。叔父である観覚も、そのことをすすめました。
「この子は、父と母を殺され、耐え切れぬほどの苦しみを抱えて生きている。しかし、だからこそ、なにか大きなはたらきを感じられるに違いない。敵討ちをさせないためではない。修行に専念するためにも、比叡の山に入るべきだ」
   
上人は13歳で比叡に山に入り、源光・皇円に師事し、修行に努めます。
18歳で、比叡山 西塔黒谷の別所に入り、叡空に師事します。叡空より法然房源空の名を与えられます。比叡の山で初めに師事した源光と、叡空からお名前をいただきました。
  
上人は膨大な量の経文を、5回繰り返し読まれたと言われています。
「智慧第一の法然房」と讃えられましたが、上人の迷いが晴れることはありませんでした。
上人は、自身を「愚痴の法然房」と称します。敵討ちの想いが捨てきれずにいる自分に、苦悩を抱いていたのです。

2010年11月22日 (月)

ことば

11月17日(水) 西蓮寺聞法会
冷たい雨の降る中、ご参加くださいました皆様、ありがとうございます。
西蓮寺聞法会は、私(副住職)が、話をさせていただいています。普段は、本山出版の『真宗の生活』をテキストにしています。他に、その折々で感じていることを話しています。 
今回も、『真宗の生活』からお話をさせていただきました。
が、後半は『真宗の生活』と、「同朋新聞」(真宗大谷派宗務所発行)・サンガ(東本願寺「真宗会館」首都圏広報紙)を通して教えられたことをお伝えしました。
        

「同朋新聞」2010年11月号 徳永進さんインタビューより
本当の言葉は、その背景の心深さがあればどんな言葉でもOKなのに、今の私たちはどちらが正しいか決めようとしている。

「サンガ」№108 髙村薫さんインタビューより
言葉というものはそもそも迷うためにある。変な言い方ですが、迷うことによって新しい世界を開くことができるし、幅ができるのではないでしょうか。忙しい社会ではそれができないのです。

『真宗の生活』「11 報恩講に憶う 一楽真先生」より
仏教は基本的に言葉との出会いに始まる。自分のなかでモヤモヤしていたことが言い当てられたり、自分のかかえていた問題を明らかにしてくれる言葉に出会ったとき、それまで見えなかった視界がパッと開ける。同時に、今まで自分の思い込みにとらわれて、身動きがとれなくなっていたことも知らされる。言葉は、人間の闇を照らし出す灯火である。
 
  
共通していること、分かりますか? 「言葉」です。
西蓮寺では「ことば こころのはな」と題して寺報を発行しています。ことば というものは、こころの中の想いが花開いたものである…という想いから。
しかし、ことば というものは、人を救うはたらきもあれば、傷つけるはたらきもあります。文章を書くにしても、語り合うにしても、人のこころを楽にすることもあれば傷つけることもあることを、常に忘れないようにしています。
  
しかし、この ことば は楽にするけど、この ことば は傷つけると、ハッキリ分かれているわけではありません。たとえば、「頑張れ」という ことば など、現代社会において、その最たるものではないでしょうか。「頑張れ!」の一言に励まされる人もいれば、よけいつらくなる人もいる。挙句、使わないほうがいいことばとして位置づけられているのではないでしょうか。発する方としては、本気で励まそうとしていても。
  
そういう意味で、徳永進さんがおっしゃることが強く響いてきました。お互いが お互いの心を推し量れば、どのような ことばを使おうと(使うまいと)、通じるはずなのに、相手を想う気持ち・関係性がないのではないか。そのように聞こえてきました。
  
かといって、何も言わない方がいいだろうと、ことばが省略化されていくと、人は、考えるということをしなくなる。髙村さんの指摘が面白いなと思いました。ことば は、どんなに尽くしても伝わらないこともある。でも、それを恐がって、発することをやめてしまったら、人として幅も深みも出てこない。人生もしかり。今、そのような状態にあるのではないですか。
  
傷つくこともあるかもしれない。楽になることもあるかもしれない。どういう想いにいたるか分からないけれど、どちらにしても、ことば というものは、私自身の迷いを明かにしてくれる。人生の灯火となる。
傷つくことばは、私自身の姿を言い当てているから、傷つくのかもしれない。そうでなかったら、気にもならないでしょう。
楽になったときこそ要注意かもしれない。自分の想いにぴったりきたときは、周りが見えてないかもしれない。
    
ことばは、私自身を照らし出し、人生の道標として灯っている。
 
3名の言葉は、話をするためにかき集めたものではありません。
『真宗の生活』は、今月のお話のページでした。 「同朋新聞」と「サンガ」は、11月の発行物です。お配りする以上、目を通してからお渡しするように努めています(読めないときもありますが)。読んでいるうちに、この3つの文章に通底する おしえが響いてきたような気がしました。
たまたま この3名の文章に出遇う。ことば について もっと考えなさい。大事にしなさい。そんな教えをいただいているように感じました。

2010年11月18日 (木)

烏山寺町展に行ってきました

以前お知らせした、世田谷郷土資料館特別展「烏山寺町」に行ってきました。
宣伝していながら、自分が見に行けてませんでした。今日は、やっと時間を作って見に行きました。
よそのお寺の展示品は、普段見せていただく機会がないので、ゆっくり拝見させいただきました。
大切に展示していただき、ありがとうございます。厳かな気分になりました。
でも、一番時間をかけて見たのは、寺町の航空写真でした。「あっ、西蓮寺はここだ!」って感じで。
   

郷土資料館に着き、看板を見たら、西蓮寺がモデルと思われる絵が描いてありました。
なんとなく嬉しかったので、写真に撮ってしまいました。
  
やはり、自分のところを見てしまうものですね。
   
展示は11月28日までです。お見逃しなく。 
   
世田谷区立 郷土資料館
      
特別展「烏山寺町」

2010年11月12日 (金)

たまにはこんな日も

11月12日(金)
妻が、若坊守の会合で留守にする日
寺で留守番の日もあるけれど、娘と二人で出かけることもあります。
今日はどこに行こうか…
 
最近、娘がなぜか飛行機に興味を持ち始めました。
テレビに飛行機が映れば「ひこうき」 
飛行機の飛行音が聞こえれば「ひこうき」
突然「ひこうき」
   
今日は羽田空港に行こう…と考えていました。
が、APECが開かれます。空港や道路は交通規制や検問などで大変だと思い、今回は羽田空港に行くのはやめました。
が、妻が「調布飛行場は?」と教えてくれました。
「調布飛行場! 存在は知ってるけど、行ったことなかったなぁ」
で、妻が留守の日、娘と調布飛行場に行くことになりました。
   
一日に数便しか発着がなく、ジャンボ機もありませんが、確かに空港です。滑走路に面したカフェ「プロペラ カフェ」もあり、そこで昼食をとりました。食事中に飛行機の発着はありませんでしたが、カフェ隣接の格納庫に、セスナが停まっています。いるだけでワクワクしました。
  
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ブログでも何度か、飛行場・飛行機・飛行中の機内から撮った雲の写真をアップしたこともあります。
娘が飛行機に興味を持ち始めたと書きましたが、私自身が飛行機や空が好きなのです。娘よりも、私の方が楽しんでいたと思います。
気持ちが落ち込んだときは、羽田空港に行ったものです(最近は、そのために行くことはなくなりましたが)。送迎デッキで何時間も 飛行機や滑走路・働く人の動き・地平線を眺めていました。欲を言うと、昔の羽田空港が好きだったなぁ。
自家用セスナの免許をとろうと考えたこともあります(考えただけで、なにも実行に移しませんでしたが)。
なぜかわかりませんが、空に対する憧れがありました。
調布飛行場横にある公園で娘を遊ばせ、私はずっと滑走路や空を眺めていました。
    
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眠そうにしている娘を車に乗せ、帰ってきました。2時間ほどの滞在でしたが気分転換になりました。
     
夜、娘とお風呂に入り、
「飛行場楽しかった?」と尋ねると、
「ううん」と、首を横に振られてしまいました。
どうやら私だけが楽しんでいたようです

2010年11月11日 (木)

また お遇いしましたね

存明寺報恩講にて、佐野先生から「遇うは再会なり」(お話の題ではなくて、私の受け止めのことば)というお話を聞きながら、昔書いた「掲示板のことば」の文章を思い出していました。
 
2004年10月「出会いとは 再会である」ということばを、掲示しました。
あぁ、こういうことを書いてたなぁ。出会いとは再会だったなぁ…と、お話を聞きながら、センチメンタルな気持ちになっていました。今もつらさに変わりはないけれど、もっとも沈み、もがいていた時期だったような気がします。
   
お寺の門前の「ことば」は、毎月1日に変えています。「ことば」を掲示するだけでなく、そのことばを掲示した想いもお伝えしなければいけないのではないか…ということで始めたのが、寺報「ことば こころのはな」です。
   
2004年10月~12月
この頃は意識していなかったけれど、後で読み返してみて、「あ、これ3部作だなぁ」と自分で感じた文章になっていました。そのことに気付いたとき、この3部作でもって大事なことは語りつくしていると思いました(大それた言い方ですが)。落ちたところからの悲鳴だったのかもしれません。(その頃はどん底にでもいるような気でいましたが、今思えば全然浅かったです。「どん底に落っこちたなら、もっと掘れ!」です)
       
その、自称3部作の文章と、この文章は このことを表わしているなぁと感得した「おしえのことば(縁・愚禿・本願)」です。
2004年10月「出会いとは 再会である」…縁
2004年11月「楽を求めて苦しみを除くと、今まで味わったことのない苦しみが芽生えてくる」…愚禿
2004年12月「ともかくも あなたまかせの 年の暮れ(小林一茶)」…本願

2010年11月 2日 (火)

遇うは再会なり

2010年11月のことばの文章(前の文章)でも触れていますが、「遇う(あう)」ということについて いろいろ考えています。
御遠忌に際し、東京教区では「親鸞聖人に学ぶ講座」が開催されています。私も、2ブロックでお話をさせていただきました。そのおかげで、「親鸞聖人に遇う」ということで思索を深めました。
 
真宗では、善き師、自分を仏教に導く善き出来事に「あう」ことを、「遇う」と表現します。
しかし、私にとって「あぁ、出遇えてよかった」と言える出会いなど、自己満足にすぎません。そのような出会いは、ちょっと風向きが変われば、すぐに「なんで こんな目に遭うんだ」と愚痴が出ます。
 
そうではなくて、極端な話、この世におけるすべての出会いが(私的に善かろうが悪かろうが)、私を生かしめるために大切な出遇いなのです。
「親鸞聖人に人生を学ぶ講座」の講師を仰せつかって、話を重ねるうちに、そのようにいただくようになりました。
 
「遇う」とは、この世におけるすべての出遇いのことである。たとえ自分にとって都合の悪い出来事であっても、嫌な人であっても、そこには、出遇うべくして出遇った大事な意味がある。
そのように感じます。以来、私の話は、そこを基点としています。
   
11月2日(火) 存明寺報恩講逮夜にお邪魔させていただきました。
2日の報恩講逮夜と、3日の報恩講のお話は、今年は佐野明弘先生です。お世話になった先生であり、「人間として生きることから逃げるな」というメッセージが込められたお話をされる先生なので(私の受け止めとして)、一聴衆として参加させていただきました。
お話の最後の最後に、「遇う」ということについてお話くださいました。
 
(佐野先生)
「遇う」とはですね、初めて会うんじゃないんです。以前にどこかで会った。そして、また会うことができた。それが「遇う」なんです。阿弥陀との「出遇い」です。初めて会うんじゃないんですね。すでに遇っているんです。そして、また遇うことができた。そういう出会いを、「遇う」というんですね。
(以上、私のノートより) 
    
  
そうか、「遇う」とは「再会」なんだ。
私が信心を持って 阿弥陀如来を信じる…のだと思っている人も多いと思いますが、私が信心を得ようが得まいが、信じようが信じまいが、既に出遇っているんです。阿弥陀如来に。すでにすくわれているんです。
なのに、そのことに気付かずに、自身が起こす迷いの中を彷徨っている。
「遇う」とは「再会」であり、「気付き」であった。自身が起こす迷いを彷徨う自己であったという、私との出遇いが、阿弥陀如来との出遇いなのです。
「遇う」ということばの持つ大切さを、あらためて感じさせていただきました。ありがとうございます。
明日は、法中として参詣させていただきます。 
  
ついでの話になります
今年の夏でしたか、日本テレビで「となりのトトロ」を放送して以来、娘がトトロにはまってしまい、毎日見ています。でも、テレビの放送を録画したので、コマーシャルが映っています。
コマーシャルカットで見たかったので、DVDを買ってきました。そのときに、「千と千尋の神隠し」も一緒に買いました。私的には、宮崎アニメは「ルパン三世 カリオストロの城」と「千と千尋の神隠し」が好きなもので。
  
でも、娘がトトロにはまっているので、「千と千尋」はずっと見ずにいました。
が、妻が留守の昨日、娘が「トトロ」と催促するのを無視して、「千と千尋」のDVDをつけました(いけない父親です)。
娘は、主人公の女の子の お父さんとお母さんが豚になってしまうところなどを恐がっていましたが(ネタバレは気にしなくていいですよね)、「大丈夫 大丈夫」といって、一緒に見ました(う~ん、いけない父親です)。
    
好きと言いながら、何年も見ていません。「あれ、こんな話だったっけ?」と内心でつぶやきながら、娘と見ていました。娘は、トトロの体型に似たキャラクターが出るたびに「トトロ トトロ♪」と喜んでいます。ごめんね。
   
主人公の女の子は、人間の世界から神々の世界に迷い込んでしまいます。不安な少女を、助けてくれる少年がいるのですが、彼は魔法をかけられ、自分のことをなにも思い出せません。でも、その少女のことは「昔会ったことがある」と、覚えています。
少女は、「昔会ったことがある」と言われても、思い出せません。「会ったことあったっけ? いつ? どこで?」。思い出せないとはいえ、自分の数少ない味方です。少女も、必死で彼のピンチに立ち向かいます。
クライマックスが近づき、少女は彼との出会いを思い出し、そのことを告げることによって、彼自身も自分のことを思い出し、魔法の呪縛から解き放たれます。
    
「あぁ、こんなストーリーだったんだ!!」と感動しました。娘も、恐がりつつも、最後まで一緒に見てくれました。
好きな宮崎作品だって思っていたわりに、なにも覚えていませんでした。
「カリオストロの城」も、数え切れないほど見ているのに(宮崎アニメに限らず、おそらく一番何度も見た映画です)、見るたびに感動があります。先日テレビで放映したときも、見てしまいました。  
映画(映画に限らずドラマでもそうですが)って、なにも覚えてないものですね(私だけ?)。
    
   
さて、「遇う」ということですが、
佐野先生のお話を聞く前日に、「千と千尋の神隠し」を数年ぶりに見たことによって、「昔、既に出会っていて、そして再会を果たすこと。そこに、私を生かすための大事な意味がある」ということを学びました。親鸞聖人との出遇いも、南無阿弥陀仏のおしえとの出遇いも、阿弥陀如来との出遇いも、すべて再会なのです!!
       
娘が「となりのトトロ」に興味を持っていなかったら…いや、その前に、娘がいなかったら…いや、そのまた前に妻と結婚してなかったら、
佐野先生との出遇いがなかったら…いや、その前に、東京五組推進員養成講座がなかったら…いや、そのまた前に、私が寺に戻ってなかったら、生まれてなかったら、
存明寺さんが佐野先生を呼んでくださらなかったら…いや、その前に、存明寺さんと同じ真宗大谷派でなかったら、
などと、「こうでなかったら、出遇えなかったかもしれない…」と考えることもありますが、いえ、出遇うことができたからこそ、「出遇えなかったかも」なんて考えられるのです。
出遇えた・・・つまり「再会」なのです。私的に喜べる出遇いも、つらい出遇いであろうとも…
再会を祝して乾杯
   
11月3日、報恩講法要に先立って、ご法話を聴聞させていただきます。再会を喜ぶために。 
南無阿弥陀仏

2010年11月 1日 (月)

2010年11月のことば

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 やり直しがきくのが真宗だ!
    
先月号では、「人生やり直すことなど不可能なこと」と書きました。すると、今月のことばと矛盾するようですが、いえいえ、矛盾などしないのです。
先月の文章を書くとき、人生やり直したいと言う人は、過去に戻ってやり直したいのだろうと思っていました。しかし、過去に戻ってやり直すのではなく、今、立っているこの場からやり直したいという人もいることに気がつきました。
やり直したいという想いは、どうして出てくるのでしょう。今への不満・過去への悔恨もあるでしょう。自分自身への不信・嫌悪感もあるのかもしれません。
原因はなんであれ、リセットすることを念頭においての「やり直し」は不可能な話です。縁を生かされて生きていることへの否定でもあります。それは、自己否定でもあり、生きとし生けるものすべての否定でもあります。
先月から、どうして人生のやり直しにこだわっているのか。べつに、私自身がやり直したがっているわけではありません。「やり直したい」と考えるとき、「ありがとう」の一言を忘れてはいないだろうか、という想いがあったのです。
御礼の意味の「ありがとう」だけではありません。私が私であるために(私が私になるために)、どれだけのいのち・事柄との出遇いが必要であったことでしょう。それらとの出遇いが、どれだけ有ること難い事実であるか。「有ること難い」事実との出遇いに目をつぶっているのではないですか? そのような意味で、「ありがとう」の一言を忘れているのではないかと書きました。
「出会いに感謝ですね」と納得されてしまいそうですが、感謝できるような出会いだけの話ではありません。
人生における出遇いには、さまざまな出遇いがあります。「会えて良かった」と思える出会いもあれば、「こんな人に会いたくなかった」「どうしてこんな目に遭わなければならないんだ」という出遇いもあります。良い出会いばかりを望みますが、そうはいきません。
私としては良い出会いのつもりでいても、相手にとっては悪い出会いだったということだってあるでしょう。
火葬場で、ご主人との別れに、嗚咽・号泣されている奥様を見かけたことがあります。別れは辛く悲しいものです。どうしてこれほどまでに悲しい想いをしなければならないのでしょうか。でも、人目もはばからぬほどに嗚咽・号泣してしまう人と出遇えるなんて、誰にでもあるわけではありません。大切な人との別れという悲しみと共に、大切ななにかを受け取られたはずです。
 
親鸞聖人の教えを受ける私たちは、善き人・善き教えとの出会いを、「出遇い」と表現します。しかし私は、「出遇い」とは、嬉しいことも悲しいことも含めて、すべての出遇いを包み込んだことばであるといただいています。
このようなことを書くと、「悲しんでいる人に、面と向かってそんなことをいえるのか!」とお叱りを受けます。しかし、私にとって嬉しいことも、悲しいことも、「出遇い」とはすべてを含んでいるのだという想いに変わりはありません。だからこそ、「やりなおしがきくのが真宗だ!」なのです。
人生におけるすべての出遇いが、私を私とするために必要なことであった。そのいただきが、新たな一歩を踏み出さしめます。リセットする必要のない「やり直し」が、親鸞聖人のおしえにはあります。生きる勇気・踏みとどまる力を与えてくださいます。
   
   
   
今月のギャラリー 親鸞聖人
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