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2010年10月 2日 (土)

また 遇おうね

大好きなおじさんが亡くなられました。
 
おじさん といっても、母方の祖母のお兄さん。
 
101歳でした。

最後に会ったのは、5年ほど前だったかなぁ。
 
おじさんは、長崎中島川のほとりでラーメン屋さんを営んでいました(私が知っている頃は)。
 
おじさんが作るラーメンが、私にとって最高のラーメンです。
 
小学生の頃、年に1回、夏休みに長崎に行き、おじいちゃんと銭湯に行くこと・おじさんのラーメンを食べることが楽しみでした。小学生の頃は、ほぼ夏休み中長崎(母の実家)に滞在していました。
 
おじさんの作る とんこつラーメンとおでん。
カウンターだけのお店でした。カウンター越しにおでんがたくさんつかった鍋があって、好きなものを選んで食べました。味のしみた大根やタマゴ、美味しかったぁ。

お店に行くと、ラーメン2杯と 大根とタマゴのおでんを食べるのがお決まりでした。
     
母の実家から そう遠くないので、小学生ながら歩いて行けるのですが、私が黙って出かけるものだから、お腹いっぱいになって帰ると、家では私がいないということで大騒ぎになっているのでした。
 
以来、私がおじさんのお店でラーメンを食べていると、電話がかかってきました。
「かっちゃん来てる?」
「あぁ、来とるよ」  
(行き先をちゃんと伝えて出かけましょう)
 
私がお金を払おうとすると、
「よかよか」
って、結局、おじさんに代金を払ったことなかったなぁ。おじさん、おなかいっぱいご馳走になりました。ありがとう。
   
  
昭和57年 長崎大水害で中島川が氾濫し、川のほとりにあるお店や家は流され、その後の整地によって、ほとりにある家屋・お店は立ち退きとなりました。
おじさんの住まいは、別の所だったので無事でしたが、お店をやめることとなりました(その当時で お年だったので、別のところにお店を構えるのではなく、お仕事自体をやめてしまわれました)。
 
長崎の大水害は、私が小学生5年のとき。私が長崎に行った晩のことでした。ですから、おじさんのラーメンとおでんを味わったのは、小学4年のときが最後です。

今では中島川近辺も綺麗に整備されましたが、私にとっての中島川は、おじさんのお店を含めての景色しか思い出せません。ラーメンとおでんの味と、おじさんの笑顔とともに。
  
おじさんがお店をやめられて、おじさんの家に行くことは数えるほどしかありませんでした。
でも、たまに会いに行くと、涙を流してよろこんでくれて。別れるときには手を握り締めて、お互いまた泣きあって。

最後に会ったとき、「かっちゃん、元気なお坊さんになってね」と言われたことが、昨日のことのように耳の底に残っています。
  
ありがとう おじさん  また遇おうね

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