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2010年10月 1日 (金)

2010年10月のことば

 Dsc_1429
 私の心の中にも
  「ありがとう」と
   お念仏の灯がともってくださる
      東井義雄

 
 
人生をやり直せたら、別の道を歩んでいたら…。不可能なことと分かっていても、そんなことを考えてしまう。
「人生をやり直せたら」と考えるのは、今に満足していないから、過去を悔やんでいるから。今に満足できず、過去を悔やむということは、「選ぶ道を間違えた」という反省・悔恨があることでしょう。
人生には、岐路があります。学校・会社・仕事・恋人・伴侶…どの道を選ぼうか。今までいくつもの岐路に直面し、越えてきました。その結果、今があります。しかし私は思います。岐路は確かにあります。でも、私が歩むべき道は、私が今まで歩んできたこの道しかないのだと。
他の道を選んでいたら、他の人生が開けていた。そんなことを想像してしまいますが、他の道なんて、元々ないのです。ある道は、私が今まで歩んで生きた、この一筋の道のみ。
「人生やり直せたら」と考えるのは、今への不満・過去への悔恨と書きました。さて、その不満・悔恨を、他のせいにしていませんか。
不満・悔恨を他のせいにしていますが、(私が発する)「ありがとう」の一言がなかったからでしょう。(私が発する)「ありがとう」の一言がなければ、たとえ人生やり直せたとして、再びやり直しを望むことでしょう。仮に、過去に戻って人生をやり直せたとして、決して満足することはありません。悔いが残らないということはありません。

【人身(にんじん)受け難し】
「ありがとう」とは、有ること難いということ。有ること難いとは、本来有り得ないというほどのことです。
なにが有り難いのか。人と生まれることは、とても稀なご縁です。既にこの身をいただいて、何年も生きていると、人と生まれたことも、何年も生きてきたことも、当たり前のことになってしまいます。有り難いことなどとは、考えもしないでしょう。
 
【人と遇(あ)い難し】
人に生まれることが稀ならば。人と人との出遇いは、もっと稀。人生のやり直しを望む原因を、他者に置く人もいることでしょう。嫌な奴・都合悪い人・会いたくない人。いろいろいるけれど、良いも悪いも、私の事情。でも、私の事情で生きていると、すべてのことが、私にとって都合の悪いものと化してしまいます。大切な人でさえも。
そんな私の事情はさておいて、稀なうえに、更に稀なご縁によって出遇う人々。そのすべての人々との出会いによって、今、私がいる。
「ありがとう」の一言を忘れて生きている私は、同じあやまち(「人生をやり直したい」と思うこと)を、何度も繰り返すことでしょう。
「ありがとう」の一言を忘れずに生きている人は、苦難の中にこそ、私が歩むべき道を見出すことでしょう。
 
【仏法聞き難し】
更に稀なこと。南無阿弥陀仏の念仏に出会うこと。念仏には、「ありがとう」の一言を忘れずに生きてきた人々の “喜び”が詰まっています。人と出遇えた“喜び”が。苦難の中に、私が歩むべき道を見出した“喜び”が。
「何事もありがたがりましょう」と言っているのではありません。私の想いを越えたなにかが、今、私に届いています。そのなにかを、阿弥陀といいます。有ること難い縁が、私となって表われています。その自覚から、自然と手が合わさります。
   
不満や悔恨が満ちた私の心の中に、「ありがとう」のお念仏の灯がともっています。 
    
 
※東井 義雄(とうい よしお)さん
1912年、兵庫県出石郡但東町(現、富岡市)の真宗寺院に生まれる。
32年に兵庫県姫路師範学校を卒業して40年間、県下の小・中学校に勤務。
ペスタロッチー賞(広島大学)、平和文化賞(神戸新聞)、教育功労賞(文部省)など数々の教育関係の賞を受賞。また、著書も共著を加えると100冊にものぼり、篤信の念仏者としても知られる。
91年4月18日、逝去。
(探求社・法蔵館発行「ほのぼのカレンダー」より)
 
   
   
 
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西蓮寺の10月
10月13日(水) 13:30  聞法会(話:住職)
   25日(月) 13:30  コールリンデン(仏教讃歌を歌う会)
   26日(火) 14:00  白骨の会(仏教青年会)
   29日(金) 11:00  報恩講のためのおみがきの会
 
西蓮寺の11月
11月 5日(金) 12:00 報恩講(法話:海 法龍氏)
   17日(水) 13:30 聞法会(話:副住職)
   30日(火) 14:00 白骨の会(仏教青年会)

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コメント

今月も、こころに響くことばをいただきましたとともに、ズバリ私のことを言われているような思いがいたしました。気づかせていただいた思いがいたします。「ありがとう」と、ことばに出して言うことは、簡単なようで難しいです。わずか五文字のことばですが、重い意味を持ったことばと思います。

☆がくさんへ
本日はお参り ありがとうございます。
朝からがくさんとお会いできて、まさに早起きは三文の徳であります。
試験お疲れ様でした。

毎日なんとかホームページを少しずつ更新していますが、六要鈔・親鸞様が引用された論註の教えを僅かに聞かせていただいても、そのもの凄さ。やはり真実教だな! と驚嘆・讃嘆させられます。

私のホームページを作成開始してから7年以上がたちましたが、先頭ページのカウンターを見てみたら作成を中断していた約半年のアクセス数が、それ以前のアクセス数の約3倍であることが分かりました。どなたが見て下さっているのかわかりませんが、嬉しくもあり又お恥ずかしい限りです。

☆やすさんへ
HPを頻繁に更新している人が、更新を滞ると、アクセス数が上がるみたいですね。
それだけ楽しみにしてくださる方が、いらっしゃるのでしょうね。
私も、ブログの更新が滞った方がアクセス数が多いのには驚きました。アップしなければと焦った時期もありましたが、無理して思ってもないことを書くよりは、書けないときは書けないことを正直に表わした方がいいと思うようにしました。
書けないことにおいて、想いを表現しているのです。と、読み手に伝わればいいですが…。

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