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2010年9月 2日 (木)

真宗本廟

ご本山に来ています。
京都は曇り空。でも、蒸します。京都駅からご本山まで歩いただけで、汗びっしょりです。
 
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御影堂門と、左手に見えるのは、ご修復のための素屋根がかかった阿弥陀堂
 
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御影堂門正面から、御影堂を臨みます。
よく見ると、親鸞聖人が見えます。
  
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御影堂門を通り、真宗本廟内へ。
いつものことながら、御影堂には圧倒されます。
 
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堂内は写真撮影厳禁なので、入口ギリギリから写真を撮りました。
手を合わせ、南無阿弥陀仏。
聖人の前に来ると、気持ちが引き締まります。
 
   
 
ご本山に来たのは、出版部通信員協議会のため。
先日、当ブログで「同朋新聞」に掲載していただいた取材記事を紹介させていただきました。全国には30教区あり、各教区1人ずつ通信員がいます(2人の教区もあり)。通信員は、自分の教区内のご門徒や同朋の会などを取材して、記事を書きます。
全国から通信員が集まり、「同朋新聞」「真宗」「同朋」の定期刊行物について話し合いました。御遠忌を前に、何を伝えたいのか、伝えられるのか。御遠忌後、何を残していけるのか等々、1泊2日の協議会で、時間が足りないほどに話し合ってきました。
9月2日は、大阪にあります難波別院発行の「南御堂」の編集を30年以上にわたって携わっておられる、墨林先生のお話を伺いました。通信員とはいっても、原稿を書くことは素人です。原稿を書くにあたっての心構えや、ネタの収集のアンテナの張り方などについて教えていただきました。他にも、新聞の構成について、定期刊行物に対して思うことなど、お話くださいました。
その後も、座談会や懇親会でお話をさせていただきました。寺報をお渡しすると、瞬時に「ここをこうしたら、もっと見やすく、読みやすくなるよ」とご指摘くださいました。問題点の指摘ではなく、より良い読みものにしていきたいという姿勢に感動いたしました。想いを表現するということについて、今までの自分では気付きえなかったことを教えていただきました。2日間ありがとうございます。
 
2日間の協議会。もっともっと意見や想いが出てきそうなところで、残念ながら時間となりました。
定期刊行物は、できるだけ目を通すように心がけていますが、他教区の通信員が書かれた文章を読むことが、より楽しみになりました。皆様もお楽しみに。

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コメント

やはりみなさん、文章を練っておられるのですね…。尊いことですね…。夏の関西、本当に暑いですね。奈良県や大阪府に住んでいたことがありますが、何故、日本人はこんなに暑いところに大都市をつくったのかのかなぁ~とすら思いました。夏休みにご本山にお参りさせて頂いたときには、京都駅からご本山までの短い距離でも倒れそうになりました。暑い暑い暑い暑いと思いながら歩いていって、ここか…、違う、鳩豆のお店の存在が黙認されていない、お隣さんだ…、あと、もう少し…、おー、鳩豆屋さんが黙認されている、ここだ…、ふーーー、合掌礼拝……という感じでした。幕末に勤王の志士が、お隣に逃げ込もうとして(そのときお隣に新撰組はいなかったことになりますね)間違ってこちらに入ってしまい、突き出されたという話ありますが、間違うわけないだろうと思いましたが、真夏で、逆方向から逃げてきて、力つきたのか…

今年は東京でも本当にいつまでも暑かったですね。
今私は富山県城端町に来ていますが、さすがに過ごしやすいです。
別院(私の祖母と母は二人で話しているときには「別院」ではなく「御坊」と言っています。きっと根菜の牛蒡?と思う人には「別院」と言うという地元の習慣なのでしょう。)の前というロケーションなので毎朝5時30分に鐘がゴーンゴーンと数回鳴ると自分の体の中まで共鳴して響きます(^_^)。
一年365日、法話の聞けるお寺がウリ。年間法座回数800回とか…。365の倍数ではないのは、例えば今は別院の境内がお祭り会場なので、6時からのお朝時しかないのですが、そういう日が他にもあるらしいです。
本屋さんに行ったら、お布施と書いたポチ袋が大量に販売されています。必需品の模様。また金封の水引が黄白です。「東京には売ってません。京都と同じですね」とお店の方に申し上げたところ「そうなんですか?こっちではお葬式以外は黄白が普通です。でも京都と同じなら、もしかすると富山県でも西部だけかもしれません」とのこと。文化圏が分かれているそうです。秘密のケンミンSHOW状態。なおこの町では「御霊前」は売ってないから買えないとのことでした。こちらはさすがに、本屋さんだけあって、全国的にはマナー本なんかには「御霊前がメジャーらしいんですが、真宗地域なんで置いてません。別院の門前町ですし。たま~に御霊前はありませんか…と聞かれることがあります」とのことでした。

☆theotherwindさんへ
いつもコメントをありがとうございます。
「お布施」のポチ袋が必需品のお話、所変わればですね。感動です。
やはり、おしえが浸透すれば、「御霊前」とはいわない、というようになるのでしょうか。

「一年365日、法話の聞けるお寺がウリ」
これも素晴らしいですね。
いちど城端別院に行かねば。

今、スーパーマーケットに行きました。毎日使う廉価版お線香のコーナーがありますよね…。城端では隣に売っているのはマッチとチャッカマンと…朱色でイカリ型の和蝋燭(お内仏用)と白の和蝋燭(風で消えにくいですが炎が大きいのでお内仏には使わないで下さいと書いてありました)の二種類でした…。パラフィンの洋蝋燭って売ってないんですね…。そしてレジの横には、やはり「お布施」のポチ袋。隣はやはり黒白ではなく、黄白の水引で「ご仏前」。本屋さんの言う通り、町内で「ご霊前」を買うことはできないようです。秘密のケンミンSHOW。
ところで別院(地元民の間では「ごぼ」、これは漢字で書いたら「御坊」なのだと思います。)の蓮如さんの銅像にデジカメを向けたら「おお~顔認識されんじゃん」と思いましたが、これは多分当たり前(^O^)。富山は高岡市が銅像の町ですね(同朋新聞の広告に注目)。祖母の実家が高岡市の銅像屋さんだったはず。
実はこの銅像の前にある石が県外からも、その石はどこに…と人が訪ねてくるという石です。蓮如上人腰掛石と言い、ここに腰掛けると、子沢山で家が栄えるとかなんとか…。
365日法話が聞けるお寺がモットーな「ごぼ」ですが、吹雪いたら1m先も見えません。山門は雪対策で二等辺三角形の板の下をくぐれば入れるのですが、辿り着けるかどうかが問題なので、「本日は命懸けの聞法にようこそお参りいただきました。最前列で早くも毛穴から聞いておられるおばちゃんもいらっしゃいます。」とかなんとかいうギャグがあるとかないとか(^_^)。
では蔵書から親鸞聖人700年御遠忌記念のこうこう堂同人著の本を読まねば…。曽我先生、金子先生他の豪華執筆陣なんです。これは豪華。

おー間違えた。
この本

「宗祖親鸞聖人の六百五十回の聖忌を迎ひ奉るに際し、」

とありました。

一部、鉛筆で薄く線が引いてある以外、あまりに保存状態が良くて50年間違いました(^_^)。蔵にあったからでしょうか。先人の知恵は偉大。明治四十四年の初版本でした。

そう言えば、ここ(祖母の家)のお脇掛、「釈達如」と署名が大きく表に入っていたような…。

聖典を家に置いて来ましたが幕末?ご本尊は木像さま。北陸おそるべし(^O^)。

城端「ごぼ」のお朝事ですが、正信偈(舌々)、念仏、和讃、回向、観無量寿経、念仏、和讃、回向、御文でピッタリ30分でした。周囲の方々は勤行本あるいは年季の入った聖典に付箋が大量についたもの(なんというのでしょうか、落語で次の演目を示す日めくりカレンダーを大きくしたようなものに今回のご和讃はこれから…と表示されているのですね。ですから、毎日、朝、昼、夕方とお参りしても、今回はどこだっけというのが予め付箋をつけておけるのだと思います)を手早く繰りながら小さい声でついていってます。
さすがご自宅のお内仏につねづね阿弥陀経があがるのを聞いておられるお国柄、レベルが高いです。(私は阿弥陀経を東京で聞いて「仏説阿弥陀経」?σ(゜ー゜*)…早口大会…「しゃりほー」?σ(゜ー゜*)…早口大会…「仏説阿弥陀経」なのですが、城端で観経を聞いても、やはり「仏説観無量寿経」しか聞き取れません。そもそも正信偈ですら、始まったと思ったら完全に早口大会「善導独明仏正意」まで通り過ぎ、気がついたら、念仏、気がついたら、和讃…(≧ω≦)b。全く追えません。
ご法話は、皆さん、ご存知のように阿弥陀経に云々(・_・;)。きっかけ30分なんですが、今回のお話は前半で後半は次回。完全に毎回皆勤賞が当然の前提で恩徳讃。サクサク進み、トータル一時間ピッタリなんですが、密度が高いっ。そもそも、蝋燭点ける、消すの所作も流れるように早い。美しい。感動しました。籠に500玉入れたら400円お釣りを頂いたのにも驚きましたが。すごいなあ北陸。

☆theotherwindさんへ
お話を聞いていて、あぁ、本当に城端に行ってみたくなりました。
続きものの法話、いいですね。これから先は…次回のお楽しみなんて
 
城端の雰囲気を想像してみるに、親鸞聖人の御遠忌で「盛り上げよう」とか「盛り上がりがない」とか言ってみたり、いろいろやろうとしていることが、なにか違うなと感じています。
日々おしえにふれる生活が、聖人のご恩に報いることになる。新しい何かをする必要がない。
そういう意味で、「盛り上がり」なんて必要ないことだと、強く感じています。
聖人のおことばをいただきつづける・お念仏を称える…このことに尽きるのだと思います。
南無阿弥陀仏

> あぁ、本当に城端に行ってみたくなりました。

下記に写真アップしました

http://blog.zaq.ne.jp/hikken/

「ごぼ」に多分、200人くらいまでなら宿泊できるはず…と祖母が言ってましたよ。ま、地元の人は宿泊は多分しないので、確かではないですが…。ふふふふ(^0^)。

何かの機会に富山県に行かれることがあれば、もちろん、井波瑞泉寺の方が、規模としては全然、大きいですね。井波の大谷廟ももちろん全然大きいです。

(もちろん、浄土真宗本願寺派の伏木(高岡)の勝興寺さんも大きい。)

でも、瑞泉寺は、今、Webでちょっと調べてみると、開門8時半、9時から16時半参拝。で、お勤めの会というのが毎月十三日午後二時から、二十八日講というのが定例法話会で午後一時半から…の模様。もしも、これが公開(?)されている行事の基本であるとすると、一年365日法話が聞けるお寺がモットーの城端の「ごぼ」の方が、生活への密着度、生活の基準、中心となっているという点では「勝ち」かなと(^0^)。

伽藍で負けても聞法する人で勝て(^0^)。

> あぁ、本当に城端に行ってみたくなりました。

下記に写真アップしました

http://blog.zaq.ne.jp/hikken/

「ごぼ」に多分、200人くらいまでなら宿泊できるはず…と祖母が言ってましたよ。ま、地元の人は宿泊は多分しないので、確かではないですが…。ふふふふ(^0^)。

何かの機会に富山県に行かれることがあれば、もちろん、井波瑞泉寺の方が、規模としては全然、大きいですね。井波の大谷廟ももちろん全然大きいです。

(もちろん、浄土真宗本願寺派の伏木(高岡)の勝興寺さんも大きい。)

でも、瑞泉寺は、今、Webでちょっと調べてみると、開門8時半、9時から16時半参拝。で、お勤めの会というのが毎月十三日午後二時から、二十八日講というのが定例法話会で午後一時半から…の模様。もしも、これが公開(?)されている行事の基本であるとすると、一年365日法話が聞けるお寺がモットーの城端の「ごぼ」の方が、生活への密着度、生活の基準、中心となっているという点では「勝ち」かなと(^0^)。

伽藍で負けても聞法する人で勝て(^0^)。

ごめんなさい。まったく同じコメントが二回送信されてしまったようです。すみません。必要であれば、一つ削除お願いします。

> 城端の雰囲気を想像してみるに、親鸞聖人の御遠忌で「盛り上げよう」とか「盛り上がりがない」とか言ってみたり、いろいろやろうとしていることが、なにか違うなと感じています。


城端の場合、ちと極端かも…。

祖母に、親鸞聖人七百五十回御遠忌と言ったら、話通じませんでした(^0^;)

「へ」とか言ってましたが、明らかに話、分かってません。

えーと、ご懇志のお願いとか来ませんかと、話を変えてみましたが、

あー、毎月、必ず誰かの月忌参りがあるから、みえられる、この辺は、一回千円、ポチ袋。家によっては、お坊さんが来たら誰もいない。鍵は開いているから勝手に入って、ポチ袋が仏壇に置いてあるから、持って帰られる…あははははは

完全に、話通じていません。

母の、城端別院の、一回300円だから…というのは、お朝事、100円だったので、一日3回お参りするから300円を一回と言っていたのだなというのは分かりましたが。一回は一回ではなく三回の意味なのだなと。一日300円なのねと。

生活密着型です。

ご本山にお参りする度に、地域で、おそろいの略肩衣を作るらしく(迷子札か?)、いっぱいあるから上げるとか祖母は言っていましたが、どうも、ご本山への定期的なお参りは、単に「たしなみ」なのか…。

祖母いわく、昔、インドに祖父と行ったら「墓ばっかりじゃった」とのことで、法話がないからつまらなかった模様(^0^;)。城端から外に出てもつまらんという発想があるみたいです。

↑ 舌足らずでした。

城端別院、私が見た限りでは、親鸞聖人七百五十回御遠忌、ポスター等、一切ありませんでした。

今日の法語とか普通にあるだけ。

山門には、本日の法話の講師だれそれ、というのは、巨大な木製の札はかかっています。

山門横には、「一年365日法話が聞ける寺」と大きく掲示板はあります。

が、私が見た限り、親鸞聖人七百五十回御遠忌についての掲示はなにもなかったと思います。

一年365日報恩講、56億七千万年間御遠忌か。

(もちろん城端別院報恩講は11月10から15日とかであります。上記は気持ちとして、特に、「盛り上がり」はないっぽいという意味です。)

祖母が私の略肩衣の裏を見て、ふーん「今、いのちがあなたを生きている」ねぇ、ははははと言ってました。

当たり前過ぎなのか。

城端からの帰りに父方の祖父の出身地であり、名古屋のお手次ぎのお寺に立ち寄る予定でしたが、大雨になり今回は中止。今度、名古屋に行くことがあれば、そちらはどうなのか…。

(ご本山で、おそろいの略肩衣から見るに、名古屋教区の方、同朋唱和、めちゃめちゃに練習されておられる印象は持ちました。独自の勤行本お持ちの印象。きっと節譜が詳しいのでしょう。)

なんでも、京都文化の北限は富山県の西部という説があるとか。太平洋側だと関ヶ原??そういう意味では周辺なのでしょう。周縁に伝統が生きているのかもしれません。

なんでも西日本方言というのは、九州南部まで含むという説もあるそうで、もしかすると、山口県とか鹿児島県とかでも特に盛り上がってはいないのか(毎日盛り上がっているのか)。

北海道は、北陸からの移民だそうなので、やはり、毎日盛り上がっているのか…。

「親鸞聖人に遇う」

のは何も50年に一回ではなく、日々、念仏する中に親鸞聖人はいつでもそこにいらっしゃる。

いま・ここに親鸞聖人と生きている。

ということなんでしょうね…。

北陸では月参りに行ったら家の人が誰もいない、鍵が開いているので勝手に入るが、お線香は2つではなく4つに折って燃え尽きたのを確認、それでも、あ、本当にろうそく消えてたか?と不安になって、戻る…と僧侶の方のご苦労はあるようではありますが…。

逆に、お若いお坊さんで、おばちゃんから「今度の若い人は下手」とか、ご近所で言われてしまうこともあるようで、家の人が居たら、自信がなければ、同朋唱和に切り替え、お留守の場合に、カミながら、阿弥陀経、早口大会練習、お文も読み慣れていないのを練習…と、必ずしも留守ならがっかりではなく、修行(?)というか、学び(?)に用いるというようなこともあるみたいですが…。(門徒さんから鍛えられるということか?)

そういえば、確か、城端別院の菊の門は報恩講だったかには開くんじゃなかったかなぁ…。お勅使でなくても開いたところが見れるんじゃなかったか……。

お寺以前に、集落ごとに念仏道場が一個ずつ必ずあった伝統から平等主義なのか。

が、留守にしておいて、ろうそくの減りをチェックするおばちゃんがいたりするらしいのは、さすがに、そりゃおかしいでしょとは思いますが(^^;)

☆theotherwindさんへ
ブログを書かれていたのですね。
日々拝見しております。
山折さんの著作の読後感、東西の考え方の相違への感想、うんうんと頷きながら読ませていただいています。
いつかお会いする日があるのかなぁと、その日が楽しみになってきました。
いつもありがとうございます。
城端へ行く日を、個人的に画策中です。ワクワクしてます。

> ブログを書かれていたのですね。
> 日々拝見しております。
> 山折さんの著作の読後感、
> 東西の考え方の相違への感想、
> うんうんと頷きながら読ませて
> いただいています。

大変ありがとうございます。本当に嬉しいです。

>いつかお会いする日があるのかなぁと、
>その日が楽しみになってきました。

別件で、海先生の法話、腰痛(腰椎椎間板ヘルニア。まったくの老化現象以外のなにものでもないので、治ることはないとお医者さんに言われました。「おもろいなぁ」と思うしかありません(T_T))で立つこともできず、一回休まざるをえなかった私…。あっ!西蓮寺さんであるんだっと思いましたがウィークデー。会社を休むわけにもいかず…。

>城端へ行く日を、個人的に画策中です。ワクワクしてます。

おー。伏木(高岡)とか井波とかも良いですよ。ただ、城端は小さい町であることの魅力があります。

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