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2010年9月

2010年9月28日 (火)

親鸞さまがおわします⑧

【第8回 出遇い(であい)】
 
 「源空(法然)のもとへお行きなさい」
  
六角堂での観音菩薩からの夢告を受けて、範宴(親鸞)は源空のもとへ行く決心をします。
比叡の山で修行をする者で、源空の名を知らない者はいませんでした。その真摯な修行の態度、柔和な人柄は、誰からも尊敬されていました。それほどまでに比叡の山で修行に努められた源空でしたが、範宴に先立つこと二十五年ほど前、比叡の山を下りられました。修行を完成したからではありません。比叡の山だけでは完成しきれない何かを感じられてのことでした。
修行を積めば積むほど、迷いが深くなる今、源空上人のことが気になります。どうして山を下りられたのか。山を下りて、何をされているのか…。源空の評判を耳にしてはいても、実際に会ったことはありません。比叡の山での二十年間を捨てて、すぐに源空のもとへ飛び込むこともできずにいました。
しかし、観音菩薩からの夢告を受け、源空の草庵がある吉水に通う決心をしました。
   
源空上人の草庵には、老若男女、身分も貴賤も問わず、あらゆる人びとが集っていました。上人のお話を聞くため、大勢の人びとが草庵に集っていました。
  
  
阿弥陀如来は、私たち生きとし生けるものをすくいたいと願いを起こされました。
阿弥陀如来を信じ、「南無阿弥陀仏」とお念仏申しましょう。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
   
    
  
源空の説くおしえは、シンプルなものでした。比叡の山で二十年にわたり、身もこころも極限まで追い詰めるような修行をしてきた 範宴にしてみれば、「そのようなことですくわれるのだろうか?」と、疑いすら抱いてしまうものでした。
しかし、自分が頼りとする場は、源空のもとしかありません。晴れの日も、雨の日も、どんなに天候が荒れていても、範宴は源空のもとへ通い続けます。多くの民衆とともに。

源空上人の話を聞き続けるうちに、いや、上人のもとを訪ねる人びとと会ううちに、範宴のこころの中に、変化が起こります。
上人のおしえを聞き、こんなにも喜び、通い詰められる人々がいる。失礼なことではあるが、比叡の山で修行する者と比べれば、知恵も知識も劣る人々が、私が今まで見たこともないような喜びに満ちている。精進することによって、何かを得るものだと求め続けてきたが、そうではなく、既にして与えられている何かがあるのではないだろうか。自身の知恵や知識によって、そのことに気付かずに生きてきたのではないだろうか。
 今まで、上人や、上人が説かれるおしえに対して、疑いの眼で見てしまっていた。上人のもとに訪れる人々に対して、自分は修行を積んできたものであるという驕りのこころを抱いてしまっていた。修行を積めば積むほど、迷いのこころが深くなっていたけれど、それは、私自身のこころに問題があった。そのことを上人や、ここに集う人々は教えてくださった。私は、やっと人に遇えたのかもしれない。私は、源空上人のもとで、おしえを聞き続けていきたい。ここに集う人々と共に。
時に範宴29歳 源空69歳のときのことでした。

2010年9月26日 (日)

別世界としての彼岸があるわけではなくて、此岸も彼岸も我が人生 想い次第で此岸にも彼岸にもなる

9月26日(日) お彼岸7日目 最終日
秋のお彼岸が終わりました。
夏の暑さが続いていたり、大雨が降ったり、秋を飛び越えて冬のような寒さになったり、台風の影響で風が強かったり、寒暖の差が激しい一週間でした。最終日の日和が一番穏やかだったでしょうか。
 
今回のお彼岸、「お彼岸はいつからいつまでですか?」というお尋ねをたくさんいただきました。
私としては、常識的なことだと思っていたので、正直そのお尋ねには驚きました。けれど、すべてのカレンダーにお彼岸の期間を明記してあるわけではないし、仏教行事の日にちを気にして過ごす人もそんなにいるわけでもないですよね。お彼岸の期間を知らない人が多いのも当然なのかもと思いました。自分で常識的なことと思い込んでいたことに恥ずかしさを覚えました。お彼岸の期間が分からないにもかかわらず、お参りにおみえになることに尊さを感じました。

お彼岸は、春分の日・秋分の日を中心にした前後3日間の一週間です(という書き方で伝わるでしょうか)。
春分の日・秋分の日を中日(ちゅうにち)と言います。 
お彼岸の意味を考えると、期間が決まっているというのも、おかしな話なのですが。
       
このお彼岸中にお参りにみえた方が仰っていました。
「ほとんどのお墓にお花が挿さって、お花畑みたいですね♪」
お彼岸にこだわらず、いつお参りにみえてもかわわないのですが、それでもお彼岸の期間中にお参りにみえる。そこには、私の想いでお参りするのではなく、お参りせよ念仏せよとの呼び声がはたらいているように感じます。
なにもないときには、なかなかお参りに足を運ばないものです。
日常とは違う非日常期間(空間)。それがお彼岸なのかもしれません。
 
時節柄、お仏花にススキが混じっています。なんとなく感傷的になります。秋ですね。
人間は、「秋なのにこの暑さ、秋っぽくないですね」と言ってしまいますが、植物は、秋には秋を体現しています(秋を体現できない異変も起きてはいるそうですが)。
時期相応に(歳相応に)、自分を表わす(自己を表現する)。当たり前のことのようで、なかなか難しいものですね。
あっでも、「歳相応に表現されている自己」を認めるのも難しいか。気候の変化に戸惑っている自分の体に情けなさを感じております。「風邪などひかれませんように」などと言っておきながら、体調を崩しました。お彼岸の一週間、疲れを感じるようになりました。確実に歳を重ねております。
      
   
9月28日(火)午後2時より、西蓮寺にて「白骨の会(西蓮寺仏教青年会)」を開催いたします。
お彼岸にお参りされた方も、されてない方も、ご参集ください。
日々の想いを語りあいましょう。お待ちしています。 

2010年9月23日 (木)

風邪などひかれませんように

9月23日(木) お彼岸お中日
 
一日中雨 寒い一日でしたね
昨日は射すような陽射で、夏に戻ったかのような暑さでした。 
暑さ寒さも彼岸までとは言いますが、気温の変化に体がついていくのも大変です。
夏の暑さ、何事もなく乗り切られた方も、この時期に体調を崩してしまったりするものです。お体お大事に。
   
土砂降りの雨 たまに雨足が弱まったかと思えば、また土砂降り・・・。そんな降り方の繰り返しでした。
そんなお天気にもかかわらず、たくさんの方がお参りにみえました。尊いことです。 

2010年9月22日 (水)

「ありがたい」が、いつのまにやら「あたりまえ」

9月22日(水) お彼岸3日目
  
烏山寺町を、関東バスが循環して走っています(「西蓮寺前」にも停まってくださいます)。お彼岸やお盆など、お墓参りの多い時期には、バスに乗る人も増え、道路も渋滞し、必然バスに遅れが生じます。
今回のお彼岸も、バスは遅れ、時刻表通りには来ません。仕方の無いことです。
  
この寺町循環のバスは、通る道路の構造上、どうしても遅れが生じます。
それなのに、バスの運転手さんに苦情を言う人や、怒鳴りつける人がいるそうです。バスの営業所に、「運転手死ね」という苦情の手紙が届いたという話も聞きました。
運転手さんが、故意にバスを遅らせているのではないのに。
  
日本は、バスや電車など、ほぼ時刻通りに発車します。考えてみれば、ありがたいことです。
それなのに、ちょっと遅れただけでも、苦情を言う。「死ね」などと手紙を書く。悲しいことです。
「ありがたい」ことが「あたりまえ」になってしまっているのですね(K寺様、寺報届きました。いつもありがとうございます)。
 
いつも思うのです。
「渋滞の要因・時刻遅れの原因は私である」って。
苦情を言う方や手紙を書く方は、自分に原因があるなんて思いもしないことでしょう。
しかし、この私ひとりの動きが、全体への動きへと通じていきます。
バスや電車を利用する私がいるからこそ、バスや電車は運行する。そのことが渋滞へとつながるのですから、「私が渋滞の要因」です。
「バスや電車を利用するのは私だけではない。みんなも利用するじゃないか!!」と思われることでしょう。
「私も渋滞の要因」と言わないのがミソです。「私も」だと、責任を転嫁することになってしまいます。「私が」というところに立たなければいけません。
  
数年前のお彼岸に、こんなことがありました。
道路が渋滞して、車でお寺まで辿り着くのに、何時間もかかってみえた方がいます。車が寺に着いたときに、ちょうど私が駐車場にいたのですが、車から降りるなり「なんでこんなに混んでるんですか!!」と、殺気立った目で怒鳴られたことがあります。
その渋滞も、車を利用したあなたが起こしたのですよ(なんて、とても応えられませんでしたが)。
       
なんて話を、今朝、バス停でバスを待っている方とお話しました(毎朝お会いする方です)。その方は、私と話始める前から何分も待たされています。でも、「仕方ないからね」とおっしゃっていました。
この循環バス、9月27日から時刻表が変わります。パッと見て、本数が減りました。最終のバスも、1時間30分ほど早くなってしまいました。
「この寺町を通る路線は、道が狭くて、自転車は多くて、遅れに対して苦情を言う人がいて、運転手さん泣かせの路線なんだよ。運転手さんに感謝しなきゃなのに、成り手がいなくなっちゃうよ。バスの本数が減っちゃうのも、それだからかもしれないね。そんなことはないんだろうけど」と、その方。でも、私もそう思います。
   
公共の交通機関の遅れに対して、苦情を言うのは悲しいです。
混んでいる、遅れているときだからこそ、こころに余裕を持ちたいものです。 
「あたりまえ」のことって、「ありがたい」ことなのです。なくなってから嘆いても遅いですよ。

2010年9月21日 (火)

お参りするご縁は 南無阿弥陀仏と称えるご縁

9月21日(火) お彼岸2日目
 
お彼岸2日目といっても、お彼岸前の話なのですが・・・
ドアフォンが鳴り、玄関の扉を開けると、見知らぬ方が立っていました。

「お尋ねしたいことがあるのですが」
「はい」
「お彼岸にお墓参りに出かけるつもりなのですが、都合のつく日が仏滅なのです。仏滅にお墓参りをしてもいいものなのでしょうか」 
   
 あぁ、ここにも六曜に縛られている方が・・・
 なにも気にすることはないのに・・・ 

「どうぞ何も気になさらず、お参りなさってください。お参りされるお気持ちが尊いのですから」
「そうですか、よかった。ありがとうございます」
 
その方は安心した様子でお帰りになられました。
 
六曜は、中国で考えられたことと言われています。私たちが気にするようなことではありません。
それに、元々の意味と、現在言われている意味とでは大きな違いがあるそうです。
結納や結婚式など、祝い事を「大安」にする方は、今でも多いようですが、「大安」は「大いに安んずる日」だそうです。安む(休む)ことによって、吉事が起こるのです。結納だ結婚式だお祝い事だといって賑やかに過ごすのは、元々の意味の「大安」に反することをしていることになるのです。だから・・・
なんて書くと、「気にすることはありません」と言いながら、気にしているようですね。度々お尋ねがあるので、一応は調べているのです。
 
それにしても、「大安に祝い事を」「友引に葬儀は出さない」は聞いたことはありますが、「仏滅にお墓参りはしない」は、初めて尋ねられたような気がします。お亡くなりになっている方をお参りするのですから、六曜を気にするのであれば、仏滅こそ相応しいのでは?などと思ってしまいました。
 
なにごとも、六曜を気になさらず、生きてください。
限りあるいのち 六つの内容に縛られて生きるなんて、もったいないと思いませんか?
      
   

 
お彼岸2日目が終わりました。
が、2日目とはいっても、お彼岸の入りが月曜日だったので、土日曜日にもたくさんの方がお参りにみえました。実質4日目が終わったような疲労感です。
夜、ベットに横になり、瞬間寝てしまったようです。
次の日の朝、妻に言われました。「あっという間に気配が消えたわよ」

2010年9月20日 (月)

自分の理想通りだとして、その背後にはどれだけの犠牲があることだろう

9月20日(月) お彼岸入りの日
  
朝7時過ぎ、参詣者用の外トイレの掃除をしていると、ご夫婦がお墓参りにみえました。
「早くからお参りにみえたなぁ」と思いながら掃除をしていると、トイレを使いにご主人が近づいて来ました。
 
「おはようございます」
「おはようございます。いやぁ、このお寺さんはきれいでいいですねぇ」
「ありがとうございます」
    
尋ねると、西蓮寺に墓地をお持ちの方ではなく、お友達のお墓をお参りにみえたとのこと。しかも、烏山寺町の他のお寺にも、別のお友達のお墓があり、そちらをお参りしてから西蓮寺にみえたとのこと。
 
「よそのお寺は散らかってましたか?」
「えぇ、木が多くてねぇ。落ち葉が散ってて、汚かったです。木なんか切っちゃえばいいのに。こちらは、木が少なくて、スッキリしてますねぇ。きれいで気持ちいいですよ」
 
・・・朝から嫌な気分です。
ゴミが散らかっていたというのならともかく、落ち葉が散らかって汚いって…。
毎日掃除をしていますから、「きれいですね」と言われることは嬉しいですが、落ち葉が散っていることと見比べて「きれいですね」というのは、正直感心しません。
落ち葉が散るほどの木々、贅沢な話ではないですか。
西蓮寺は、この数年でかなり木が減りました。建物や駐車場の整備をしたこと、落ち葉を燃やせなくなったこと、落ち葉の廃棄にお金がかかること、落ち葉の苦情が増えたこと等々、いろいろな事情が重なって木を伐採せざるをえませんでした。木が少ないのは、苦渋の決断の末です。
       
       
数日前、テレビで高尾山を特集していました。最近パワースポットとして有名な高尾山。
新宿から1時間以内で行けて、登山慣れしていない人でも散策できて、都内にありながら自然を満喫できるスポットです。小学生の頃、遠足で何度か登りました。
番組では、高尾山案内のガイドさんが、「東京にもかかわらず、自然が豊かなところが、高尾山の魅力でしょうね」と仰っていました。
 
高尾山と寺の境内を同等に語る内容ではありませんが、自然があっていいと言ったり、落ち葉が汚いと言ったり、身勝手さを感じます。

2010年9月 3日 (金)

大谷祖廟

3日、通信員協議会も終わり、大谷祖廟にお参りに行きました。
大谷祖廟には祖母のお骨が納めてあります。
  
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八坂神社を抜けて、円山公園右手に参道があります。
この参道を歩いていると、大谷祖廟にお参りに来たんだなぁって感じます。
暑さの中、荷物を持って、汗だくで坂の参道を歩きました。
正面に見える門(表唐門)は、7月末に屋根の葺き替え工事が終わりました。
    
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大谷祖廟の本堂も整備工事が行われていましたが、こちらも工事が終わり、参拝が可能になりました。
いつもは、表から手を合わせるだけだったのですが、今日は、中に入ってお参りさせていただきました。

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御廟は整備工事中ですが、お参りはできるようになっています。
お花をお供えして、手を合わせてきました。
私が生まれる前に亡くなった祖母ですが、いつもここでお会いしています。
 
大谷祖廟から京都駅に向かい、東京に帰ってきました。
明日は徳玄寺様(港区三田4-8-36)を会場に、「親鸞聖人に人生を学ぶ講座」があります(講師 青樹潤哉先生)。お話をお伺いするのが楽しみです。
1時半受付 2時開式です。ご参加お待ちしています。(参加費500円)

2010年9月 2日 (木)

真宗本廟

ご本山に来ています。
京都は曇り空。でも、蒸します。京都駅からご本山まで歩いただけで、汗びっしょりです。
 
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御影堂門と、左手に見えるのは、ご修復のための素屋根がかかった阿弥陀堂
 
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御影堂門正面から、御影堂を臨みます。
よく見ると、親鸞聖人が見えます。
  
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御影堂門を通り、真宗本廟内へ。
いつものことながら、御影堂には圧倒されます。
 
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堂内は写真撮影厳禁なので、入口ギリギリから写真を撮りました。
手を合わせ、南無阿弥陀仏。
聖人の前に来ると、気持ちが引き締まります。
 
   
 
ご本山に来たのは、出版部通信員協議会のため。
先日、当ブログで「同朋新聞」に掲載していただいた取材記事を紹介させていただきました。全国には30教区あり、各教区1人ずつ通信員がいます(2人の教区もあり)。通信員は、自分の教区内のご門徒や同朋の会などを取材して、記事を書きます。
全国から通信員が集まり、「同朋新聞」「真宗」「同朋」の定期刊行物について話し合いました。御遠忌を前に、何を伝えたいのか、伝えられるのか。御遠忌後、何を残していけるのか等々、1泊2日の協議会で、時間が足りないほどに話し合ってきました。
9月2日は、大阪にあります難波別院発行の「南御堂」の編集を30年以上にわたって携わっておられる、墨林先生のお話を伺いました。通信員とはいっても、原稿を書くことは素人です。原稿を書くにあたっての心構えや、ネタの収集のアンテナの張り方などについて教えていただきました。他にも、新聞の構成について、定期刊行物に対して思うことなど、お話くださいました。
その後も、座談会や懇親会でお話をさせていただきました。寺報をお渡しすると、瞬時に「ここをこうしたら、もっと見やすく、読みやすくなるよ」とご指摘くださいました。問題点の指摘ではなく、より良い読みものにしていきたいという姿勢に感動いたしました。想いを表現するということについて、今までの自分では気付きえなかったことを教えていただきました。2日間ありがとうございます。
 
2日間の協議会。もっともっと意見や想いが出てきそうなところで、残念ながら時間となりました。
定期刊行物は、できるだけ目を通すように心がけていますが、他教区の通信員が書かれた文章を読むことが、より楽しみになりました。皆様もお楽しみに。

2010年9月 1日 (水)

2010年9月のことば

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  前(さき)に生まれん者は後(のち)を導き
  後に生まれん者は前を訪(とぶら)え
         『安楽集』

   
春分の日と秋分の日を中日とした 一週間を「彼岸」と言います。インドの言葉の「パーラミター」(意味:渡る・越える、など)が中国で「到彼岸」と訳され、日本に伝わり「彼岸」となりました。
「彼岸」とは阿弥陀如来の浄土の世界。「西方浄土」と表現されるように、浄土は西にあるという思想が、日本には強くあります。太陽が真西に沈む春分・秋分の日に、日の沈む方角、真西に浄土を想うのです。
「彼岸」とは、「彼の岸」へ「渡る」ということです。では、どこから渡るのでしょうか。「此岸」です。「此岸」とは、私たちが生きている この迷いの世界です。
「此岸」から「彼岸」へ、迷いの世界から阿弥陀の浄土へ渡ることを「彼岸」といいます。
   
さて、迷いの世界を生きる私ですが、迷いといっても、個人的欲望を原因として生じる迷いではありません。私が生きるということ、そのこと自体が迷いなのです。
   
私の人生は、誰も代わる者がいません。ひとり生まれ、ひとり生き、ひとり死んでいくのです。
お釈迦さまは、「すべては縁によって起こる」と、縁起の道理を明らかにしてくださいました。あらゆる縁によって物事は起こり、今、私はここにいます。 
  
「つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるる」(親鸞聖人)
私中心に考えれば、人との出会いもあれば別れもあるというだけのことです。しかし、「すべては縁によって起こる」中を生かされて生きている私です。私ひとりだけの話ではありません。私が誰かと出会うとき、同時に別れが起こっているのです。私が誰かと別れるとき、同時に出会いが生じているのです。
幸せを望んで生きるというけれど、私が幸せを享受すると同時に、哀しみに暮れる人がいるのです。
 
自分さえよければいいという視点で見ていては見えないことが、同時に起きているのです。そのことが、生きるということの持つ事実。「此岸(迷いの世界)」を生きるとは、そういうことなのです。
このような此岸(迷いの世界)を生きる私に、阿弥陀の浄土への道は開かれています。阿弥陀の道は、迷いを消してくださる道ではありません。迷いの世界を生きながらも、私が歩むべき道、踏みしめられる大地が、確かにあるのです。
この迷いの世界を、私に先立って「南無阿弥陀仏」と称えながら生き抜かれた人たちがいる。その歩みが、今、私に届いています。そして、私の歩みが、後の人を導きます。
 
「南無阿弥陀仏」と称えることで、会うことの叶わぬ古の人とも、未来に生まれる人とも、この念仏の道において、共に歩めるのです。
縁を生きる中で出遇った、先に逝く人。その人との出会いによって、私の中に何が生じたのか。その人の死から、何を受け止めたのか。そして私は、どう生きるのか。先逝く人は、私に問うています。
「彼岸」は、亡き人を偲ぶ仏教週間ではありません。自分自身を見つめ直す時間を、足元を確かめる視線を、先逝く人からいただいているのです。南無阿弥陀仏の念仏とともに。
    
   
 
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