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2010年8月31日 (火)

寺報を書いてたから、たくさんの人に遇えたんだなぁ

「ひとむかし前」というと、10年前のこと
「ひとまわり」というと、12年を意味します。干支がひとまわりしたということですね。
     
7月31日…寺報「ことば こころのはな」8月号を書いていました。が、なかなか文章が書けず、あきらめてソファに横になりました。ボーっと時計やカレンダーを眺めていて、ふと「12×12=144」という数式が思い浮かびました。いや、「144=12×12」といったほうが正確かな。
書くのに苦しんでいた8月号は、寺報144号でした。その144という数字が頭のどこかにあって、「12×12」が浮かんだのだと思います。毎月1日に寺報を発行し始めて、いつのまにか144号。つまり、12年経ったということ。
120号のときは、すんなり「もう10年か」と気付いたものですが、144号で12年とは、まったく気にもしていませんでした。よく続いたものです。なんか、あんまり変わってないなぁ、自分…。
8月1日発行の8月号を、7月31日に書いている。苦しみながら。12年間書いてきて、月末に苦しむことが分かっているのに、いまだに月末にならないと書き始めない。学習能力がないですね(月の途中で書いたこともありますが、月末になるとみんなボツです。自分で気に食わないのです。余裕を持ちながら書いた文章は。なんだか、自分が入ってない気がして)。
今、9月1日発行の9月号を、8月31日に書いています。苦しみながら。
   
  
西蓮寺では、元々 山門前に「掲示板のことば」を掲示していました。毎月1日貼り替えで。住職がことばを決めて、書いていました(毎月1日にアップしている「掲示板のことば」は、住職の字です)。
とき~どき、「掲示板のことば」の意味を尋ねられることがあって、何か解説文のようなものがあったらいいなと思っていました。で、いろいろなご縁が重なり、寺報「ことば こころのはな」を、私が書くようになりました。1998年9月のことです。
  
寺報も12年かぁと思いつつ、住職がずっと書き続けてきた「掲示板のことば」の備忘録を見せてもらいました。
一番初めは、昭和52年の3月でした。年数にすると、33年半。「ひとむかし」と「ふたまわり」程昔のことでした(そんな言い方ないけれど)。
数え間違えでなければ、8月のことばで402ヵ月目。今年の6月が、400回記念だったのですね。144なんて、たいした数字じゃないですね。 

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コメント

こんばんは。
デジタル化の時代に紙媒体の寺報が続いているのは意義がありますよね。情報環境や時間にとらわれず、読みたい「今」に読める。押し付けられるメディアが多い中ですごく大切な気がします。

そうそう、毎月の言葉をご住職が書かれ、それをかつさんが解説する。いいなぁー 自分があまり親子の会話が無いだけにちょっと羨ましくなりました。

☆たかさんへ
「読みたい「今」に読める」
なるほど! たかさんらしい一言です(かなり納得)。ネットニュースでニュースを知られるとはいえ、新聞は必要ですものね。
 
「毎月の言葉をご住職が書かれ、それをかつさんが解説する」
西蓮寺的にはなんの不思議もなく成り立つのですが、多くのお寺は、そうもいかないらしいです。
南無阿弥陀仏
ここ数年は、私がことばを決めているのですが、いつも月末にギリギリになって「来月はこのことばにしようと思うんだけど」と住職に伝えるものだから、住職も月末の忙しい中、筆を手にすることになるので、申し訳なく思っているしだいであります。
でも、毎月ギリギリなのです 


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