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2010年7月13日 (火)

お盆…逆さまな私 そのことに気付いていない苦しみ

お盆の時期になりましたね。
「お盆〔盂蘭盆(うらぼん)〕」とは、「ウランバーナ」というサンスクリット語(インドの言葉)の音訳で、「逆さ吊りの苦しみ」という意味です。
   
一般的には、このように「お盆」の説明がされていますが、私には分かりませんでした。どうして「逆さ吊りの苦しみ」が「お盆」なのでしょうか?
   
「お盆」は、「仏説盂蘭盆経」というお経に由来します。そこには、お釈迦さまのお弟子さんの目連(もくれん)さんと、亡くなられたお母様のお話が説かれています。
亡き母の身を案じた目連さんは、神通力(じんずうりき)という不思議な力でお母様を探し回ります。
しかし、お浄土のどこにも母の姿は見当たりません。 そこで、餓鬼道(がきどう)という、飢えに苦しむ地獄に行きました。すると、そこに母の姿がありました。飢えに苦しむ地獄です。母はゲッソリやせ細っていました。見かねた目連さんは、食べ物や飲み物を母に手渡すのですが、それらはすべて炎と変わり、口にすることはできません。
なんとか母を助けてあげたいと思った目連さんは、お釈迦さまに相談します。「母だけではなく、餓鬼道に堕ちたすべての人々のことを想い、供養なさい」と言われ、目連さんは供養しました。母を助けたいと念ずる目連さんの目には、お浄土に行かれるお母様の姿が見えたということです。
   
このエピソードが由来となって、「お盆」には亡き人のためのご供養をする習慣が生まれたと伝えられています。
お盆には、迎え火送り火という慣習に表わされるように、亡くなられた方が、あの世とこの世を行き来するらしいですね。
地域によっては、ナスとキュウリで、牛と馬の人形を作ります。ナスは牛、キュウリは馬にかたどられます。ご先祖様に乗っていただく乗り物なのですが、こちらに来るときはキュウリの馬に乗って、早いお着きを待ちわびます。そそして、お盆が終わると、ナスの牛に乗って、ゆっくり丁重にお送りするのだそうです。
葬送の儀式において、「安らかにお眠りください」と言っておきながら、こちらの都合を押し付けています。安らかに眠れませんね。
葬送の際は「安らかにお眠りください」と見送り、身の回りに不幸が起これば、「亡き人が迷っているのでは」と気にする。さて、安らかでないのは誰でしょう? 迷っているのは誰でしょう?
   
真宗では、迎え火送り火を炊きません。慣習として炊かないというのではなく、炊く必要がないのです。亡き人の霊や魂が行ったり来たりするなどということはないのですから。
私たちは、大切な人・身近な人の死を縁にして、いのちについて考える眼をいただきます。亡き人は、人生の師なのです。師は、常に私と共にいます。行ったり来たり、迷ったりする存在ではありません。もし迷える出来事があったならば、それは、亡き人が迷っているのではありません。迷っている私自身が迷っているのです。
   
目連さんのお母さんは、生前、わが子に貧しい思いをさせないために、他者の食物や衣類を奪ったといわれています。目連さんのお母さんが、餓鬼道(物が手に入らない地獄)に堕ちたのは、そのためです。
どのような理由があっても、人の物を奪うことは許されません。許されませんが、目連さんのお母さんを責められる人は果たしているでしょうか。誰もいないのではないでしょうか。
縁あれば、人のものを奪い、殺してしまうこともある。人のものを奪っていない、人を殺していないのは、そのようなことをしないで済んでいる縁に出あっているだけのことなのです。
  
自分の迷いに無自覚で、亡き人を迷わせている私。
自分を良いものとして、他を責めてしまう私。
…私自身のあり方がまったく「逆さま」なのです。しかも、その逆さまな状態に気付いていないのです。
   
「お盆(ウランバーナ)」の意味は、「逆さ吊りの苦しみ」です。しかし、私たちは「逆さま」でありながら、そのことに気付いていません。「逆さ吊りの苦しみ」を感じていないのです。
「逆さ吊りの苦しみ」に無自覚な私は、知らないうちにどれだけの人を傷つけていることでしょう。そのことに気付いて欲しい。逆さまの苦しみを常に感じている私でいてほしい。苦しみ・痛みのないところに、人を想う気持ちは生まれないのですから。
   
「逆さ吊りの苦しみ」に無自覚な私の姿に気付くということは、なかなかあることではありません。「お盆」は目覚めのきっかけを与えてくれる仏事です。もっと言えば、仏事全般が、私を映し出す鏡なのです。
目覚めのきっかけを与えてくれるのは、私の姿を映し出してくれるのは、亡き人からいただいた教えに出遇う縁のおかげです。
   
供養とは、亡き人の身を案じることではなく、亡き人から案じられている我が身に気付くことです。
「お盆」は、先祖や亡き人からいただいた聞法のご縁です。私の姿を見つめなおす大切な仏事です。私自身を見つめなおすこと・・・そのことが本当の意味でのご供養になります。
南無阿弥陀仏

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コメント

> 目連さんのお母さんは、生前、わが子に貧しい思いをさせないために、他者の食物や衣類を奪ったといわれています。

広く、一般的に、

他者の食物や衣類を奪ったものだけが生きながらえる…

ということも言えますね…。地震、川の氾濫、水不足、そして疫病の発生……、ある地域で、かなりのパーセンテージの人間が死ぬということは日本の歴史で何度も起きているでしょう。そこで生き残ったものが子孫を残し、広がっているわけです。もちろん戦争もありますね。

それは、

われわれが今ここに生きているということは、われわれのご先祖さまのどこかで、他者の食物や衣類を奪った方がいたから、われわれがいまここに生きている

ということですね。

さらに、別の一般化をすれば、

いまわれわれ自身が、他者の食物や衣類を奪って生きている

ということでもありますね。

いまわれわれ、と言った場合には、本当に、いわゆる発展途上国と言われるような国々からわれわれ日本人は奪わないと生きていけないのか?は疑問なので、奪わないと生きていけないとは言い切れませんでした。

奪って生きているのは誰にも反論できない事実とは思いますが…

なんでも地球の歴史には、そのとき生きていた、地球上にみちみちていた生命の、95%以上を殺戮する大虐殺というのが何回もあったそうです。

その最大のものが、光合成して、酸素という強烈な毒物を発生させ、自分たち以外の他の全ての生命を殺し尽くすということに成功し、大発展、栄えた生き物。

そう、植物です。

これはあまりにも強烈。

なんとそのとき地球上にみちみちていた生命の99%を大虐殺だそうです。

このスケールになりますと、そのとき植物が勝ち残ったときに、植物以外にいた、多種多様、数え切れない種類の生命というのは、もう、一体全体、どんなもののなのか、今から考えて全然想像つきません。

似たような子孫がいないですからねぇ…。

たとえば、恐竜に私たちのご先祖様のほ乳類はいじめられてすみっこでこそこそサバイバルしてました…というようなテレビ番組の場合、ご先祖様は、今で言ったらネズミやモグラのような姿形ででてきますよね。

その時代から指が5本。

3本だったり、8本だったり、100本だったりしていません。

親しみがあります。

が、植物が全滅させてしまった他の生命。形から何から、もうまったく何の親しみもありませんね。他の宇宙天体の生命みたいな。というか生命とすら思えない……

で、私は三千大千世界を思います。

> 他者の食物や衣類を奪った

何も昔に遡ったり、海外に目を向けなくても、現代の日本でも、ホームレスの方もいらっしゃれば、派遣村もありますし、広く考えると自死された方々からも我々は何かを奪って生きているのでしょうね…。

五来 重先生の仏教民俗学での大変有名な話に、五来 重先生のお母様が浄土真宗、関東二十四輩のお寺がお手次のお寺という方で、お盆に、村人がみんなお墓参りする、そのときに、お寺の門を入らない。生け垣の壊れたところから入る。五来 重先生がお母様に何故お寺の門から入らないの?と聞くと、お寺の和尚さんさんに見つかると叱られるから…という話があったと思います。みんなが生け垣の壊れたところから入ってお墓参りしているので、お墓の周りはにぎやかなのだけれども、お堂は誰も行かないので静まりかえっていた…という話。

で、公式の浄土真宗と、民間の民俗の実態とは違うんだ…という話になるわけなんですが、それはそれで一理あるとは思います。

思うんですが、これ、さすがに、お寺の和尚さんは、気がついていたけれども(毎年のことなんでしょうから)、わざと、ひっそり静かにしていて、外に出なかったんだと思います。

「帰りに本堂にもお参りしていかれたらいかがですか…」と、相手に負担にならない程度にさりげなく声をかけても、まあ、現代から考えれば良いようなものですが、その時代では、多分、わざと、ひっそり静かにして、外に出なかったんじゃないかと。

それが、その時代の気遣いだったんじゃないかなぁと思うのです。

それは門徒の人にも通じていて、報恩講にはお参りしようとか、お磨きには参加しようとか、にもつながっていたんじゃないかぁ…。

私の母方の実家(富山県城端町)の方では、民俗としては、お墓に全員、夜、行きますね。万灯会みたいでものすごく綺麗です。手作りの蝋燭立てみたいなものを持っていくんですよね…。

もちろん、大谷派人口100%みたいなお土地柄ですので、家2千万円、お内仏1千万円みたいな、巨大な金仏壇の両側にも、それはそれで、素晴らしい切籠灯籠灯籠が吊られるわけですが、お墓の方は、素朴な手作りの蝋燭立てみたいなもの。全然別。

☆theotherwindさんへ
お母様のご出身は城端町でしたか。
以前、本山発行の「同朋新聞」で、城端で出遇った人々とのご縁で、親鸞聖人に出遇われた方を取材したことがあります。お話を聞いていて、城端に住む方々の温かさに触れたことがあります。以来、一度は行ってみたいなぁと思っている土地であります。

> お母様のご出身は城端町でしたか。

はい。

「true tearsの舞台、城端巡礼+観光ガイド…結構他力本願(笑)」というWebサイトが世の中にあったりして、アニメの聖地巡礼(?)の場所だったりするのかもしれませんが(^0^)、別院に旅の安全を祈願…とあったりしますけれども(^0^)、アニメ以前は、多分、ガイドブックに載っていたりなど何もないと思うので、口コミなのだと思いますが、民間信仰や祈願をいうなら、旅ではなくて、安産祈願(?)の場所だと思います。

というのは、別院ですが、蓮如上人が開かれておられたはずです(ですから宝物(?)として(?)蓮如上人がお書きになられた名号の掛け軸などがいっぱいあるはずです)。

そして、民間信仰伝説(?)として、蓮如上人が腰掛けられたと言われる石が境内にあるはずなのです。

そうです

県外等から、「あのー、すみません、子沢山になる石があると聞いたのですが、どこでしょうかぁ~、何にも地図とか、パンフレットとかないので…」→「おー、蓮如上人が腰掛けられた石ですね、それは、別院のどこそこにあります…」という流れだったはずです。

年間法座回数800回、えっ、一年365日では?一日数回あるんです…冬はどうするのですか?雪囲いして、山門は、Δ型にトンネルを作り、雪かきして、聞法です。吹雪いたらどうするのでしょうか?命懸けの聞法です、と、言いながら、最前列でおばちゃんが毛穴から聞いています…とかなんとかいうお土地柄らしいですね…(^0^)。らしいというのは自分自身は住んでいるわけではないですので…

大谷派人口80%とかなのではなかろうかとは思います。(小豆粥の回覧の雰囲気から推定)

城端仏壇というのは、高岡仏壇よりも金沢仏壇よりも豪華、というか、日本中で一番豪華なのではないか…という説もありますが、これも、日本中のご自宅の仏壇拝見!というわけにもいきませんから(^0^;)。豪華というのは城端漆器(これはむしろ自宅の報恩講のときのお膳)というか、須弥壇、とは言いませんか、えーと階段状になっている、平面部が朱の漆、垂直部が黒の漆というツートンカラーで豪華というのと、金が鏡のように反射するので豪華(普通の金仏壇の場合は金の反射が抑えてある?)ということらしいです。


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