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2010年7月 1日 (木)

2010年7月のことば

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  老・病・死
   このあたりまえのことが、
    ただごとでないことを、
    身体から教えてもらうこのごろ

 
いのちあるもの、いのち終えるときが来ることを、頭では分かっています。
けれど、私にはまだ関係ないことと思い、遠ざけたいことと避け、我が身のこととして実感するときには、おびえてしまいます。
いのち終えるときは誰にでも訪れる。
避けても、そのときは確実に来る。
おびえない方法があるわけではない。
いのちあるもの、いのち終えるときが来ることを、頭では分かっています。頭では分かっているけれど…分かってはいません。
  
老い、病み、死ぬ。
いのちあるものに訪れる、これら あたりまえの尊厳を教えられるのは、私の身体から。あたりまえの尊厳が、我が身のこととなったとき、そこで初めてただごとでないことを教えられる。
ただごとでないこと…老い、病み、死ぬことがただごとでないのではない。生きているという事実。そのことがどれだけただごとでない出来事だったか。
病気や怪我もない、健康な身体が尊いのか。老い、病み、いのち終えた身体は尊くないのか。

俳優の大滝秀治さんが、「健康と元気は違う」と仰ってました。
「健康」とは、病気や怪我のない身体を言うのでしょう。
「元気」とは、たとえ病気にかかってはいても、前向きに生きる姿勢を言うのだと思います。ただごとでないいのちを生きていることを、身体から教えてもらった者に輝く特権だと思います。
 
和田 稠先生(石川県 浄泉寺)は、2006年1月1日、数え90歳で還浄されました。体調を崩されるギリギリまで親鸞聖人の御法を伝えておられました。
ご法話を聞きにいくと、いつも「はからずも おいのちをいただき、また皆さんとお会いすることができました」と切り出され、「この歳になって、足も目も弱ってきました。面白いものですね」と、笑顔で語られた姿が目に焼きついています。
足も弱り、視力も弱くなっていく。いのちの厳粛な姿を、シッカリといただいているからこそ、「面白い」と表現されたのだと感じます。
アンチエイジングという言葉があります。少しでも若く見られたい、少しでも老化を防ぎたいという、いのちに対する思い上がりのように感じます。

生きていくうえで、災いとなるものは無くしたいものです。現に、様々な原因を取り除き、環境を整えてきました。その結果、安心を得るどころか、不安が拡大しています。
「寛容」ということばがあります。他人を責めない、懐の広い態度を寛容と言いますが、免疫学において「寛容」とは、体内にある悪いウィルスとの共存を言います。悪いウィルスなど無くしてしまえばいいと思いがちですが、このウィルスを無くしてしまうと、身体そのものが成り立たないのだそうです。今年の4月に亡くなられた免疫学者の多田富雄さん(東大名誉教授)は、「寛容」の世界観を、免疫学においてだけではなく、今の人間社会においても重要な要素であると訴えておられました。
嫌なこと、悪いことはすべてなくしてしまいたいという潔癖さは、あたりまえのようにいただいている全ての物事が、ただごとでないものであったという感動を奪ってしまいます。

この数ヵ月の間に、住職は足の怪我、坊守はめまい、私は腰痛を患いました。
ただごとでないいのちをいただいていることを、身体から教えてもらっているこのごろです。死へと向かういのちを実感しています。面白いものですね。
  
   
 
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コメント

体の劣化を受け入れまいとしてきましたが、(絶対疲れたと口にしない。。など。。)寛容という受け入れ方もあるのですね。皆様もお大事に。

☆隆一郎さんへ
自分でこのような文章を書いてはいますが、やはり体の劣化に対する抵抗感はあるわけで。
腰が痛いのは、すべて不都合が生じるわけで、やはり「元気」で「健康」はいいなと思うものです。
 
最近目に付く「こうみえても○○歳なんです」系の広告には閉口しますが。

少し前のTVで寄生虫研究では世界の第一人者(?)とかいう日本人の研究者の方が仰っていたように思いますが(記憶モード)、

なんでもアトピー性湿疹だったかは、日本サナダムシだったかな、なにやら日本人の健康には実は害にならない寄生虫を飼っている(?)とならないとかいう自説をお持ちで、

絶滅する日本サナダムシの最後の一匹の卵を自分で飲んで、何十年だか健康だったらしいのですが、ある日、ひょんなことで出てしまい、日本サナダムシ(ヤマトサナダムシとかだったかも…)は全滅してしまったそうです。

外国にはサナダムシはまだまだ生きているらしいですが、これは日本人の体にはあわず、下痢したりして体に害があるとか。

飼い猫や飼い犬にキスしたりするのは絶対に駄目で、猫と共生しているが人間には駄目、あるいは人間と共生しているが猫には致命的と、組み合わせがあるそうな。

直接に寄生虫を体内に飼うのではなくて、寄生虫がなにやら化学物質を分泌する、その化学物質を作って…という研究も世の中ではされているようなことを仰っておられたように思いました。

ながーーーい目で見るとホストを殺してしまっては、寄生虫も自爆なので、共生できないと結局自分も死んでしまいますね。あるホストが死ぬよりも早く他のホストに自分の子孫が移れれば、まあ、OKなので、速度勝負ではありますが。

ウィルスも同じで、ホストが死ぬより先に、他のホストに伝染できれば、まあ、OKと言えばOKではありますが。

そう考えると、地球と人類の関係も同じですね。

地球と人類の場合、人類が地球環境を破壊する前に、他の惑星に子孫移住は無理っぽいですが…。

あと、思ったのは、東京の新宿西口。ホームレスの人が眠れないように地面に杭のようなものを作り、警察が排除し……というようなことを一時期やっていたように思いますが、移動させているだけですよね。仕事や家を与えたわけではなく、見えないところにおいやって忘れただけ。

>腰が痛いのは、すべて不都合が生じるわけで、

不便というか、まあとにかく辛いですよね…。

老化現象だから治りませんと医者には言われましたが、まあ、辛いこと辛いこと。痛い痛い痛い痛い。

老眼も、人の話やテレビで言っていることについていけなくなる(多分、物理的な聴覚それ自体というよりも、聞き取れない、ヒアリングではなくてリスニングコンプリヘンションができなくなる)も本当に不便なんですが、腰痛の場合は、痛いですからねぇ……。

畳のへりに躓くというのは、危ないんで、腰痛は命にはとりあえずかかわらないだろうとは言えますが…。

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