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2010年3月14日 (日)

さようなら 伊勢丹吉祥寺店

2010年3月14日(日)
伊勢丹吉祥寺店が閉店しました。
38年の歴史に幕…私と同い年だったのですね。    

東京では、ご法事は、ご門徒のお宅にお坊さんが出かけてお勤めするのではなく、お寺でお勤めされます。
必然 ほとんどの方が土曜・日曜・祝日にお勤めされることとなります。
そういう環境なので、寺に生まれ育つ子どもは、日曜・祝日に、親にどこかに連れて行ってもらうということが ほとんどありません。 
うちもそうでした。が、せっかく学校がお休みの日なので、坊守、いや母は、私と妹を連れて出かけてくれました(寺を留守にすることもできませんので、住職は留守番です。家族そろってのお出かけも、寺ではあまり出来ません)。
ご法事が終わって、参詣の方々が皆帰られて、片付け・掃除を済ませてから、出かけました。4時過ぎくらいのことになります。
そのほとんどが、伊勢丹吉祥寺店でした。おもちゃ売り場かデパートの広場で遊び、夕食を「酔心」という釜飯屋さんで食べるのがお決まりでした。
今考えると、ご法事が終わって疲れているのに、母はよく連れ出してくれたものだなぁと感謝しています。
片づけが好きな私は、おもちゃ売り場で、おもちゃで遊ぶのではなく、おもちゃを片付けていました。私が来て、帰る時にはおもちゃの陳列がきれいになっているので、そのうち店員さんに覚えられ、お話するようになりました。あの店員さんは、今、どうされているでしょうか。
「酔心」は、壁に「2番目に上手い店」と書いてあるので、店長(店長とも仲良しでした)に尋ねました。「1番じゃないの?」 「1番は、お母さんの料理だよ」 なるほどぉと、子ども心に納得したものです。このお店のおかげで、レバーを食べられるようになりました。
 
思い出が詰まったデパートです。
閉店を前に伊勢丹吉祥寺店に出かけましたが、自分の記憶の中の伊勢丹ではありませんでした(当然のことですが)。広場はあるけれど、ゲームがおいてありません。おもちゃ売り場も、ここにかぎりませんが、昔に比べて規模が小さいですよね。デパートの閉鎖・縮小の話をよく聞きますが、子どもが、家族が来る場所ではなくなっているのでしょうか。当然「酔心」もありません。
お店を出ると外は雨…感傷にひたるというよりか、ちょっと淋しい気持ちになって帰ってきました。
      
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伊勢丹吉祥寺店さん、ありがとうございます。

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コメント

こんばんは。
思い出の「場所」がなくなるのは寂しいものですね。
京都でも阪急が閉店するそうです。購買行動がネットや量販店へと変化したからかもしれませんね。
でも、デパートには独特の空間と時間が有りますよね。なんだか無駄なような。でも、それが気持ちの豊かさに繋がるような。かつさんの思い出があるような。

親はありがたい。私も小学生のころ土曜日の午後が楽しみでした。その頃の会社は土曜は半日で、父親か夕方に遊びに連れて行ってくれるからでした。
会社で辛いことがあっても子どもの相手をしてくれたことを思い出しました。

☆たかさんへ
最近、無駄をなくすことが声高に叫ばれていますが、
無駄なもの、ことって、ないのかもしれない…と感じています。
無駄(と思われるもの)が許されない環境が、息苦しさ(生き苦しさ)を生んでいるのかもしれません。
 
子どもとのお出かけ
親にとってもリフレッシュなのかもしれませんね。

もしかすると、新宿伊勢丹にはあるのかも…

http://www.akiji.co.jp/

広島が本店のようです。

もっとも、思い出のお店というわけにはいきませんね…。

☆therotherwindさんへ
ご丁寧に、「酔心」のサイトを調べてくださったのですね。ありがとうございます。
本店は広島というのは聞いていましたが、グッと距離が縮まった感じがします。
とりあえず、新宿に食べに行こうかな♪(こちらは釜飯屋さんではないようですが)。

> グッと距離が縮まった感じがします。

こちらこそ、わざわざコメントを頂き、有り難うございます。そう仰って頂けると、特に何かしたわけではないですが、やはり正直に嬉しい気持ちはします。もっとも新宿伊勢丹の方は牡蠣を肴に飲むお店みたいですけどね……

> 片づけが好きな私は、おもちゃ売り場で、おもちゃで遊ぶのではなく、おもちゃを片付けていました。

有森裕子さんには、何かのマラソン大会で他の選手が走りながら水を飲んだ後の容器を投げ捨てて走っていくのを拾い集めて机に返し、あの人は一体全体何をしてるんだろう、理解できない行動をする人だなぁとなり、ラストスパート秒単位だかのデッドヒートを勝って優勝した後のインタビューで、何をしてたんでしょうか?と外国メディアから質問されて、本人は、特に何も考えずに、まったく自然に体が動いて片づけていただけで、質問の意図が分からず????、話がまったくかみ合わなかったというエピソードがあるらしいです。走る前、ゴール後の仏様への合掌の姿が美しいですねといえる位の有森裕子さんのファンでないと、まるっきり誤解するくらい仏教が肉体化された人らしいというエピソード……。

私は有森裕子さんはよくは知らないので、本当のところは実は分からないのですが、本当であれば、すごいなぁと思います。

利他回向、衆生回向、園林遊戯地門というのでしょうか、自然に利他ができるのであれば、私は仏教の勉強不足ですから、私の間違いかも知れませんが、八地以上、上地の菩薩というのでしょうか、本願力回向によって、ジャンプして、いきなり還相回向が可能になっているレベル???

他人を救済できるレベルにあり、且つ、自然とは言いながら、阿弥陀如来が自分になっていて、何も自我では意識されない、自我は全てなくなっていて、阿弥陀如来の心で置き換えられているというのであれば、死体が自動的に作動しているだけになってしまいますので、それはさすがに、誰も望んでいないといいますか、普通に考えて理想の状態ではないでしょうから、一部、部分的に阿弥陀如来の心がある程度、体現されていたとして、さすがに自我で意識できる、自分で自分の自我の変容が意識されるということのはずでしょうから、その場合、自分の自我の変容が自分で分かるという証があって、よって、遡って、自分には信を賜っているということになると思います。

実際に、有森裕子さんがそうだとは知りませんが、大乗仏教というのは、多分、利他がポイントなのだろうと思っています。すると、利他ができるということが、証なのかなと。証があって、遡って考えると、信があることになるのではないかな……と。

もちろん、理屈としては、証がなければ信じませんという態度は、それは、試していることになるので、それは信じるということとは180度逆、そういうのを信じるとは言わない…という理屈は、少なくとも小学生くらいから思ってはいますが、実際問題としては、利他ができていないであろう、よって、信が不足……というのは、正直な疑問としてはあるのではないかと思います。

我ながら何を言っているのか分からない文章になりました(^o^;)。

> 寺に生まれ育つ子どもは、日曜・祝日に、親にどこかに連れて行ってもらうということが ほとんどありません。

一年三百六十五日、お休みの日がないのですね…。

ただ職業としてはでは、できないですね。

http://blog.goo.ne.jp/tenshinji/e/477d6c9c3db004ecae339bdc7dbaa7c8

NHK特集 寺が消える 
-中国山地・ふるさとからの報告-
1988年12月12日 本放送
'89地方の時代賞審査委員会推進受賞

NHK特集100選にも入っている、静かな番組があります。

今、チャンネル銀河やスカパーで再放送しています。

島根県で、人が減り、学校がなくなり、ついに村の中心にあったお寺も廃寺になっていくというドキュメンタリー。

京都のご本山の宗務所にもテレビカメラは入りますが、廃寺申告を受けて、寺族の人がどこにいるかも分からない、都会で仏様に申し訳ないと思いながらも会社勤めとかされているのでしょう、さみしいけれども、うちのご宗旨からすると人あってですから…、自分がこの教区に行って復興しろと言われても無理ですし…

(村全部が門徒さんなのですが、この番組に出る村々、どこも、既に20戸等しか家がありません。お年寄りだけが残っている状態。40戸くらいある村のお寺の例でも、御布施はお寺の維持でぎりぎりいっぱい、ご住職さんは年金でご飯を食べています…。廃寺ぎりぎりのお寺も、無住職のお寺も、地域にいっぱいある状況。)

どこのお寺もみな何百年と続いたお寺なのですが、先代ご住職の息子さんが門徒さんに泣いて謝るお寺、廃寺になって門徒総代の方が涙で声を詰まらせるお寺……。

そんななか、田舎のお寺を出て、都会の団地に行き(北海道や鹿児島、山口から人が移り住んでいるらしいです)、托鉢3年(!)、6畳一間のアパートに家族と暮らし、葬儀屋さんなどから開拓し、ご門徒さんを得て、念願のお寺を建て、田舎のお寺が雨漏りがひどいのも直して、というご住職さんがいらっしゃいました。(田舎では「ほんこさんのときだけ来てくれる」と一年に一回だけと寂しそうでしたが、さすがに、現実問題、それ以上は無理でしょう…)

この番組は、一つのご宗旨と言いますか、なんといいますか、取材に協力したところが、大きな一教団でないとできないということだと思いますが、写る方々は全員門徒式章、下がり藤なのですが、どこのご宗旨でも同じなのだろうと思います。高齢化、過疎化は、ある地域だけとは思えませんので…。

この番組を見ても、お寺というのは、ただ、職業としてでは、できないと思いました。

☆therotherwindさんへ
いつもコメントをありがとうございます。
 
有森さんの「自分をほめてあげたい」は、「おかげさん」のこころが含まれたセリフだと、私は思います。縁ある方々の力を強く感じておられたから、あのようなセリフが出たのではないかと思います。
岩崎恭子さんが金メダルをとったときの、「14年(でしたか)生きてきて、一番嬉しいです」も、そのようなセリフを生涯のうちに言えるなんて、人生を大事に生きている人だなぁと、当時感じました。「たった14年の人生で生意気なことを言って」という人が多かったと記憶していますが。
 
寺は、職業としてできない。・・・そういう場だと思います。が、職業としてみられますよね。
が、ビジネスライクに割り切っている人もいますし、それを私は悪いことだとは思えません。逆に、それならそれで徹底すればいいのだと思います。が、それもなかなかできないのですけどね。世間で生きていくことが苦手なのかもしれません。お坊さんは。
 
寺が消える…現実なのです。でも、現代日本における寺檀制度のもとで成り立っている寺は消えるかもしれませんが、浄土真宗における聞法道場としての寺は起こるかもしれません。いや、そうなるでしょう(希望的観測)。
職業としてはできないけど、自然に成立する場が、寺なのではないかと思います。

> 職業としてはできないけど、自然に成立する場が、寺なのではないかと思います。

このNHK特集でも、出てこられる方、全員、下がり藤の門徒式章を着けておられるので、京都のご本山では、「人あって、ですから…」と言われてました。先ず聞法する人々がいて、伽藍は後からということなのでしょう。

廃寺の番組でしたので、「人が減り、学校が無くなり、墓が掘り返され(都会に改葬したという意味と思います)、とうとう村の中心にあったお寺が消える」というようなナレーションが流れていましたが、このご宗旨の場合、さすがに教区全滅ではなく、統合ではあるのでしょうが、元々は、村一つに寺一つづつあったので寂しい状況のようでした。

また別の語宗旨ですが、多摩ニュータウンに、新しく大きなお寺ができたりしているようですが、100年持つような建築に、誰でも、何でもしがちですが、逆に、10年で、きれいに元の土地に、低コストで戻すことが可能、移築可能という、最新技術というものも開発されても良いのかも知れません…

もっとも、別のNHKの特集番組で世界最古の木造建築、日本最初の世界遺産登録、奈良の法隆寺についての番組もやってましたが、本堂には、阿弥陀如来などの壁画があったそうで、これは、一見、娑婆世界とは離れた、娑婆世界とは異なる浄土を表しているように見えるが、よーーくみると、阿弥陀如来の背後に山々の稜線が描かれ、山あり、谷ありで平地ではなく、宝石でできた都市ではないこと。また周囲に小さく菩薩たちが多数描かれていて、これは娑婆世界の人々を表現しているので、実は、聖徳太子の、この世を浄土に…という思想を表現したものであり、日本大乗仏教は聖徳太子の最初からそういうものなのだという説明があり、感動したということもあります。昔から思想は伝わっているんだなぁということが、形として分かるというのも、良いとも言えますね。

> 寺が消える…現実なのです。でも、現代日本における寺檀制度のもとで成り立っている寺は消えるかもしれませんが、浄土真宗における聞法道場としての寺は起こるかもしれません。いや、そうなるでしょう(希望的観測)。職業としてはできないけど、自然に成立する場が、寺なのではないかと思います。


具体的、個別的な、目に見える「現前サンガ」に対して、目に見えない、普遍的、一般的な「四方サンガ」という概念があるそうですね。

あれやこれやの具体的な複数形の現前サンガには土地に境界線があるけれども、四方サンガは定冠詞つきの唯一の概念ですから境界線がないので「四方」なのでしょう。

特定のある一つの現前サンガXから、別の場所にいる阿闍梨さんのところで勉強してきますんで和尚さん推薦してくださいというので引っ越す場合、ベッドは目に見えない普遍的一般的な四方サンガの所有なので持っていかずに置いていくのがきまりなそうです。そもそも自分が一つのある特定の現前サンガXに居たときに使っていたベッドは、自分より以前にそこを使っていた人がいたわけであり、また、自分が出ていった後に新たに参加してくる人がいれば使うので、四方サンガを「三世常住サンガ」と言うのだとか…

担い手は変わっても、目に見えない、四方サンガは三世常住なんですね。

> 具体的、個別的な、目に見える「現前サンガ」に対して、目に見えない、普遍的、一般的な「四方サンガ」

理屈としては、全世界に開教は可能となりますが、日本でお経が漢文の日本語なまり(?)なのと同様に、韓国でもお経は漢文の韓国語なまり(?)の発音だそうで、韓国でも日本同様、一般の人々はお経の意味は分かっていないそうなのですが、そういう韓国や日本から全世界に開教は難しいでしょうね…そもそもテクストがないのでは…。

自宗派の門信徒が移住しているから、現地で、お年寄りの年忌法会のニーズがあるからサービスを提供しているだけに限りなく近い、日系三世になったら現地語のテキストもサービスも貧弱なのでみんな離れてしまう……というので、海外開教寺院は実際には多くは「追教寺院」だというのだそうです。

考えたらもしかすると、日本国内、関東もそうなのか………。

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