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2010年3月

2010年3月28日 (日)

親鸞さまがおわします③

〔第3回 出家得度〕
1181(養和元)年 春、京の町には桜が咲き乱れています。
鴨川の河原に腰を下ろし、幼い親鸞は景色を眺めています。桜の美しさにこころ奪われるのは、老若男女問いません。感動は つい口からこぼれます。
「あぁ、なんて美しいんだろう」
しかし、視線を下げると、戦乱や飢饉で亡くなった人々の亡骸が視界に入ってきます。
「桜のように、美しく輝くいのちもあれば、亡骸となり、誰もが遠ざけるいのちもある。この違いは、どうして生まれるのだろう…」
心地よい陽ざしを浴びながらも、暗い気持ちが幼い親鸞のこころを覆います。
 
  
  
桜と、その根本に横たわる亡骸を見つめながら、ある想いが湧いてきます。
「明日とも知れぬいのちを生きているのは、桜も、人も同じ。桜は、散っても桜。たとえ枯れてしまっても、桜であることに変わりはない。それは人も同じ。死しても、人であることに変わりはないではないか。いのちの違いはどうして生まれるのだろうなどと問いながら、その違いを生み出しているのはこの私ではないか。桜は、人のこころに感動を生み、いつまでもこころに残る。戦や飢えによって亡くなった人々も、きっと誰かのこころに残っているに違いない。終えるいのちのおかげで、そこに新たな生が生まれる。私も、桜のように、誰かのこころに残る生き方、誰かを生かす生き方ができないだろうか」
比叡の山での修行に憧れを抱きつつも、踏み出せずにいた幼い親鸞は決心します。聖人9歳の春、伯父範綱  のはからいで、青蓮院の慈円和尚の元で出家得度し、範宴(はんねん)という名前をいただきました。

2010年3月24日 (水)

雨、シトシトと

3月24日(水) お彼岸最終日

朝から雨 寒かったですね。
玄関に座って、雨の景色を見ていると、ホッとします。 雨の静けさに惹かれます。
連休が明けて、雨が降って、さすがにお参りが少なかったです。
     
雨、シトシトと
紫陽花の葉が生え始めました。雨に濡れて輝いています。
    
    
       
午後4時から、東京五組役員会
なにを勘違いしたのか、時間を1時間間違えて、早く会処のお寺に行ってしまいました。ちょっとボケてました。会処のお寺の皆様、失礼致しました。
来年2011年4月16日開催の「東京五組同朋大会」と、2011年5月20・21・22日の「東京五組御遠忌団体参拝」について話し合ってきました。
まだ1年ちょっと先の話ですが、あっという間に そのときが来ることでしょう。こころに残る会にしたいと思います。お楽しみに。
   

2010年3月23日 (火)

のんびりと

3月23日(火) お彼岸6日目
連休明けでお参りも少ないだろうと思っていましたが、午前中はひっきりなしにお参りの方がみえました。けっこう忙しかったです。
しかし、午後1時を過ぎる頃には、ピタッとお参りの方がいなくなりました。
誰も来なくても、玄関に座っていなければなりません。玄関で番をしながら、お彼岸中に届いたK寺様の寺報を読ませていただきました。2月下旬には、寺報・別冊作らなきゃって言われてましたが、素晴らしい寺報・別冊ができましたね。濃厚・濃密・高カロリーな寺報で、読みごたえがありました。本を読むのが苦手な坊守も熟読していました。ありがとうございます。
 
お彼岸の疲れが出たのか、玄関で座ったまま寝てしまったようです。時計で3時を確認したのは覚えているのですが、フッと意識が戻ったら3時15分でした。
 
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今日から 「烏山寺町 花まつり」のお稚児さんの募集が始まりました。
西蓮寺にて受け付けています。(3月23日~29日 期日厳守でお願いします)
申し込み用紙は寺にあります。お申し込み、お待ちしています。

2010年3月22日 (月)

YOU & I

3月22日(月) お彼岸5日目
3連休の最終日。実際は、昨日一昨日の方が参詣は多かったのだけど、このお彼岸で、今日が一番人に会ったような気がする。
なぜかと考えたが、家族連れが多かったのだと思う。お子さんやお孫さんを連れて、一家一族でお参りにみえる方が、今日はとても多かった。3連休の終わり、旅先からの帰りに寄った方・お寺参りをみんなですると決めている方・どこにも行く当てはなかったけれど、天気が良いしお参りに行こうかといってこられた方。
事情・理由はさまざまですが、家族・親族そろってのお参りは、楽しそうです。お土産のお煎餅も、子どもたちにたくさんあげたなぁ。
 
春休み・3連休・お彼岸、いろいろな状況が重なって、今日も大渋滞だったらしい。寺の駐車場も、かなり混んでいました。寺の前も、車の列が続いています。車でみえた方々が、「今日は渋滞がすごくて、時間がかかりました」と言ってました。
   
さて、今日はお通夜がありました。渋滞がすごいと聞いて、会場までどうやって行くか・何時に寺を出るか、住職と相談しました(住職が出かけて、私は寺の番)。普段なら、20分程度で行ける所なのですが、混んでいると1時間近くかかることもあります。
会場まで電車で一本なので、電車で行くことにしました。寺から最寄の駅(「千歳烏山駅」)までは私が住職を送ることにしました。渋滞していた場合、車から降りて歩いて行くことも想定していました。
4時、住職を乗せて、最寄の駅に向かいました。車は多かったですが、流れています。甲州街道の手前、トロトロですが、車が流れているのが確認できました。
「車、流れているねぇ。車で会場まで行く?」
道路が空いていることも想定して、住職も免許を持っていました。
「そうするか」
駅に向かうのをやめて、甲州街道を左折。会場に向かいました。私は寺に戻らねばならないので、すぐに運転を変わる準備をしていたのですが、こういうときに限って、車は止まりません。やっと赤信号で止まり、私は車を降り、住職が運転席に座りました。
「行ってらっしゃい」
信号が青に変わりました。手を振って見送る私を置いて、住職の運転する車は会場へ向かいました(甲州街道にて)。
ここは「芦花公園駅」近く(「千歳烏山駅」の次の駅)。歩いて寺に戻ります。
ちょっと距離はあるのですが、途中から小学校のときの通学路に入ります。今ではめったに歩くこともない道ですが、懐かしみながら歩いて帰りました。が、もう30年ほどのときが経っています。当然記憶の中の通学路とは様子が違います。小学生のときは田畑が多かったのですが、ほとんどマンションに変わっていました。
「かわっちゃったなぁ」と、懐かしむというよりも淋しさを感じました。20分ほどかかって帰ってくると、ちょうど電話が鳴りました。
「もう着いちゃったよ」
住職からでした。
会場までどうやって行こうか、いろいろ思案したのですが、そんなに考えるほどでもありませんでした(結果論ですが)。でも遅刻せず、よかったです。
    
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昨日今日と、お参りにみえた方から「きれいな花が咲いてますね」と言われました。
「こぶし」です。私も、「きれいだなぁ。こんなお花咲いてたっけ?」と思っていたのですが、前から咲いていたそうです。記憶が曖昧なのか、関心がなかったのか。こんなに綺麗な花を見逃すなんて。
境内でもいろいろな花が咲きはじめ、春の到来です。
ちなみに、「こぶし」の花言葉は「友愛」だそうです。「友愛」…難しいですね。みんな仲良くできれば素晴らしいですが、やはり、一方に良い顔をすれば、他方を傷つけるということがあるわけで…。友愛の困難さを、今の日本は表わしています。
せめて お参りに一緒に来た者どうし、友愛の気持ちを忘れたくないものですね。

2010年3月21日 (日)

おしえの大地に生きる

3月21日(日) お彼岸4日目
前の晩から強い風が吹いています。
夜中3時半、強風の轟音で目が覚めました。
強い風をまともに受けてしまうと、山門が壊れてしまう恐れがあるため、山門を開けるために起きました。
外に出ると、夜の暗さ・飛ばされそうな強い風・夜の静けさの中に響く凄まじい轟音が、身に迫ります。正直恐かったです。心臓をドキドキさせながら、山門を開けに行きました。
  
山門を開き、冷静に外の様子を見回しました。ビニールや落ち葉が飛ばされ、どこかのお宅の壁らしきものが壊れ、道路に飛び散っていました。
そのとき気付いたのが、お彼岸中に休憩のために張ってあるテント。風に煽られ、バタバタうなりをあげています。
「しまった、帆を外しておくのを忘れてた。テント、飛ばされないだろうな」。強風の中、今から帆を外すこともできず、飛ばされないことを願うしかできません。結局飛ばされずにすんだのでよかったです。
墓地に周り、手桶を確認に行きました。案の定、倒されたボーリングのピン状態でした。倒れた手桶を集めて、一ヵ所にまとめておきました。
  
とりあえずやらなければならないことを済ませ、もう一度冷静になると、本堂の高さを越えるほど大きいイチョウやヒマラヤ杉の木が、大きく揺さぶられている姿が目に入りました。大きな木が激しく揺れ動く姿に、風の強さと恐怖をあらためて感じました。
   
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昨日のブログで、物事に対して強く突っ張るよりも、しなやかに身を任せたほうがいいと書きました。
が、イチョウやヒマラヤ杉の大木が揺れる姿を見ていて、それは違うなと感じました。
大木のように、大きく構えて強く突っ張るのもいい。結果折れてしまったとしても、それは、その人の生き方・個性。コデマリや柳のように、風に吹かれるままに身を任せるもよし。それもその人の生き方。 
大事なのは、根っこを張っていることだと思いました。
突っ張るにも、流れに身を任せるにも、“わたし”という根が張ってなければできません。根が弱いと、簡単に倒れてしまいます。“わたし”という根を、しっかり張らなければ、生きていけません(けっして、自己中心になろうとか、自分さえよければいい的な意味ではありません)。
そして、根が張るには大地が必要です。根が張る大地こそが、親鸞聖人のおしえなのだと感じました。思わず 本堂に向かい、手を合わせ、南無阿弥陀仏と念仏申しました。
   
おしえに触れ、問題が解決するわけでも、こころが強くなるわけでもありません。でも、おしえに触れていると、そこに道が開かれるのです。いや、既に開かれている道に気付くことができるのです。
環境・状況は何も変わらない。でも、なにかが変わるのです。おしえに出遇えたことに感謝です。
昨日「つらいことが続く」と言われた方に、「聞法会にいらっしゃい」と言おうと思いました。しかし、「聞いて解決するんですか!?」なんて言われてしまうだろうなと思ってしまい、誘わずにいました。申し訳ないことをしました。
 

2010年3月20日 (土)

やわらかな こころ こそ 強い

3月20日(土) お彼岸3日目
午前中は穏やかな天気でしたが、午後から風が吹き始め、ときおり突風が吹きました。
お彼岸中は本堂の正面扉を開けているのですが、風が強くなってからは扉を閉めさせていただきました。ご自由にお持ちいただいている読み物が、風で散らかってました。
 
明日からは天気も荒れるようで、普段はお中日にお参りに来ると決めている方も、一日前倒しでお参りにみえた方が多数ありました。
道路も混んでいたようで、普段は一時間ほどで寺まで来れるのに、3~4時間かかった方もいました。帰りもお疲れでしたね。無事に帰れましたでしょうか。

お彼岸中、門徒さんからいろいろと話しかけられます。
今日は、「つらいことが続いて起こっている」という方に話しかけられました。というか、一方的にまくし立てられました。まるで私が犯人のようでした。話したら少しはスッキリされたようなので、それなら良かったですが。
でも、原因をご先祖のせいにするのはやめましょう。迷っているのは、亡き人ではなく、私自身なのですから。
   
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このお花はなんでしょう?(コデマリかな?)
きれいな白い花です。どんな強風でも、風に身をあずけて揺れています。
強くなければいけないと、無理をするとこころもからだも折れてしまいます。
抗うのではなく、こころもからだもゆったりと、流れに身を任せたいものです。 
   
  
A木さん、ブログを見ていただいているそうで、ありがとうございます。
もしご都合よろしかったら、白骨の会(西蓮寺仏教青年会)にお出かけください。
参加者どうし、今想うこと 感じることなど、好き勝手しゃべっています。
今日話しかけられた方も、一度お出かけいただけたら、愚痴も零せるし、自分ひとりでは気付けないことを感じることができると思います。お待ちしています。

2010年3月19日 (金)

生きる大地

3月19日 お彼岸2日目
明日からの3連休は天気が崩れるという予報のためか、思っていたよりもたくさんの方がお参りにみえました。
車も混んでいたとのことでした。お疲れさです。
 
3連休中にお参りをご予定の方、風が強くなるそうです。ご注意ください。
花粉症持ちにとっては、つらい天候ですね。
   
お参りにみえた方と話していて感じたのですが、
最近、仕事や結婚などで、身内の誰かが海外で生活をされている方が増えましたね。
韓国・中国・ベトナム・アメリカ・フランス・アルジェリア…
数年前まで、坊守(母)が長崎から嫁いだと話しただけで、「遠くから来てくださったのですね」なんて言われていたのに、日本国内では驚く話でもなくなりましたね。
国際化というのでしょうか。
里帰りの貴重な時間に、ようこそお参りくださいました。
    
  
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水仙が生えてきました。花も咲きそうです。
せっかく生えてきたのに、毎年踏まれてしまいます。それでも、美しい花を咲かせてくれます。自分が生きる場で、精一杯生きています。

2010年3月18日 (木)

寒さを越えて

今日(3月18日)から春のお彼岸です。
彼岸の入りにしては静かなスタートでしたが、天気がよかったためか、お昼ごろからたくさんの方がお参りにみえました。
ご参詣、お待ちしています。
 
 

ヒヤシンスでありんす
 
ヒヤシンスの特性に、「寒さを越えないと花を咲かせない」と書いてありました。
寒さつらさを越えたところに、花が咲く。
お花の生涯も、人生も同じですね。

2010年3月14日 (日)

さようなら 伊勢丹吉祥寺店

2010年3月14日(日)
伊勢丹吉祥寺店が閉店しました。
38年の歴史に幕…私と同い年だったのですね。    

東京では、ご法事は、ご門徒のお宅にお坊さんが出かけてお勤めするのではなく、お寺でお勤めされます。
必然 ほとんどの方が土曜・日曜・祝日にお勤めされることとなります。
そういう環境なので、寺に生まれ育つ子どもは、日曜・祝日に、親にどこかに連れて行ってもらうということが ほとんどありません。 
うちもそうでした。が、せっかく学校がお休みの日なので、坊守、いや母は、私と妹を連れて出かけてくれました(寺を留守にすることもできませんので、住職は留守番です。家族そろってのお出かけも、寺ではあまり出来ません)。
ご法事が終わって、参詣の方々が皆帰られて、片付け・掃除を済ませてから、出かけました。4時過ぎくらいのことになります。
そのほとんどが、伊勢丹吉祥寺店でした。おもちゃ売り場かデパートの広場で遊び、夕食を「酔心」という釜飯屋さんで食べるのがお決まりでした。
今考えると、ご法事が終わって疲れているのに、母はよく連れ出してくれたものだなぁと感謝しています。
片づけが好きな私は、おもちゃ売り場で、おもちゃで遊ぶのではなく、おもちゃを片付けていました。私が来て、帰る時にはおもちゃの陳列がきれいになっているので、そのうち店員さんに覚えられ、お話するようになりました。あの店員さんは、今、どうされているでしょうか。
「酔心」は、壁に「2番目に上手い店」と書いてあるので、店長(店長とも仲良しでした)に尋ねました。「1番じゃないの?」 「1番は、お母さんの料理だよ」 なるほどぉと、子ども心に納得したものです。このお店のおかげで、レバーを食べられるようになりました。
 
思い出が詰まったデパートです。
閉店を前に伊勢丹吉祥寺店に出かけましたが、自分の記憶の中の伊勢丹ではありませんでした(当然のことですが)。広場はあるけれど、ゲームがおいてありません。おもちゃ売り場も、ここにかぎりませんが、昔に比べて規模が小さいですよね。デパートの閉鎖・縮小の話をよく聞きますが、子どもが、家族が来る場所ではなくなっているのでしょうか。当然「酔心」もありません。
お店を出ると外は雨…感傷にひたるというよりか、ちょっと淋しい気持ちになって帰ってきました。
      
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伊勢丹吉祥寺店さん、ありがとうございます。

2010年3月 9日 (火)

普く諸々の衆生と共に

古典落語『松山鏡』に歌が出てくる。
〈子は親に似たるものぞよ 
亡き人の恋しきときは鏡をぞ見よ〉。
亡き父母に逢いたいときは鏡をごらん。そこにいるだろう、と

 (3月5日 読売新聞 編集手帳より)
  
「夫婦仲が悪く、子どもが夫に似ていることが腹が立った」と、我が子を餓死させた母は言います。その夫は、妻の、子への虐待を見て見ぬふりをしていました(それも虐待ですが)。
親が子を殺す事件が続いています。こころが痛みます。
でも、この手の事件を聞いて、「どうして?」と思いますし、憎くも思いますが、親を責める気だけにもなりません。親にも、こころの中で葛藤があったはずだから(葛藤があったから許されると言っているのではありません)。
           
行政・警察・施設・親族が気づいていれば、もっと見ていれば、もっと踏み込んでいけばなどと言う人もいますが、実際無理だと思います。確固たる証拠もなく、なかなか家庭の中まで入れるものではありませんし、家裁の決定に法的拘束力はないので、断られてしまえば、それ以上の強制はなかなか難しいものです。それに、哀しいことに、どんなに虐待を受けていても、小さい人たちにとっては、親が自分を守ってくれる存在なのです。知らない人が助けに来ても、恐いのです。親を頼りとするのです。
     
思うことは、選択肢はいくつもあるのに、ということです。子どもを養えない、憎いのであれば、いくらでも方法はあります。親族・友人・行政に相談する/親族・施設に預ける/顔が夫に似ていて憎いのであれば、離婚して子どもを夫に託すということも考えられたはずです。
直接に問題の解決につながらないこともあるでしょう。施設に預けたり、離婚が良い方法だとは思えないという人もいることでしょう。
でも、この親に、どれだけの選択肢があったことでしょう。
ネットが普及して便利になったといいますが、自分で調べ始めれば選択肢が広がるということもあるでしょうが、それほど使いこなせている人は、少ないことでしょう。それに、誰もがネットを利用しているわけではありません(話は違いますが、誰もがネットを利用しているという前提に立ったサービスが増えているような気がします。それも恐いし、孤独を生むだろうなと考えています)。
    
どんな事件でもそうですが、第三者が、客観的に報道を見聞きして、ただ犯人を責めるというのが、つらいのです。報道に表われない現実があったり、報道によって歪められている事実というものもあるのですから。
      
どんなに子どもがかわいくても、子どもと一緒にいると腹が立つこともあります。泣き続けたり、駄々をこねたりすると、カッとなるものです。自分の思い通りにならないと、腹が立つものです。
今日の文脈だと、「子ども」といった場合、幼い子どもをイメージされたかもしれませんね。でも、子どもは、親から見ればいくつになっても子ども。幼くても、たとえ50、60を越えても、自分の思い通りにならない“子ども”は腹が立つものです。  
   
もうすぐ3学期も終わり。通知表をもらう頃ですね。
小学校の先生をしている友人が言いました。
「通知表の成績は、親の成績でもあるんだよ」
名言だと思いました。
相田みつをさんのことばも思い出しました。
「育てたように子は育つ」
決して、成績の良し悪しが、親の良し悪しという意味ではないと思います。子と親との関係が反映されているのが、通知表なのではないでしょうか。成績が悪いからと子どもを叱ったり、落胆する必要はありません。通知表を囲んで、食卓で、家族で話をする。それが大事なのだと思います。
矛盾したことを言うようですが、成績の良い人は、自分の部屋で勉強するのではなく、食卓で勉強をしている人が多いというデータを見たことがあります。親に質問もできるし(親が答えられるか否かはべつにして)、親だって自分の部屋で仕事をするのではなく、食卓で、子どもと一緒に仕事をするようになります。子と親、お互いが目につくところにいて、それぞれが自分のすべきことをして、それをお互いに知っている。
あらためて書いてみると、当然のことが、当然にできないことが、今の家庭なのかもしれないと思いました。
    
子どもを殺してしまった親だけの話ではありません。
私のところは どうだろうか。食卓で話ができているだろうか。
そういうことを見つめなおさせる出来事なのだと受け止めています。
 
ご本尊のある「本堂」に出入りするときは、頭を下げます。
「本堂」は、お寺だけにあるのではありません。各家庭にもあります。
台所と言ったり、ダイニングルームと言ったり、リビングダイニングなんてつくりになっていて、ピンとこないかもしれませんが、台所は「食堂」と言います。「お堂」なのです。ご本尊は安置してないかもしれませんが、家族が、人と人が関係を持ち、語り合う尊い場なのです。台所に入るときは、大切な場に足を踏み入れるんだと思いたいものです。また、そういう場があるということ自体が幸せなことです。
「食堂」が、そういう場として復活すればいいなと思います。
 
子が親に似るのは、血のつながりということもありますが、一緒に暮らしている“共に生きている”からだと思います。
「似てる」と思えるのは、共に生きてきたからなのに。

2010年3月 3日 (水)

ひなまつり

雛飾りの前で、幼い姉妹がおめかしして座っている写真があります。
  
一枚の写真     吉野弘
この写真のシャッターを押したのは
多分、お父さまだが
お父さまの指に指を重ねて
同時にシャッターを押したものがいる
その名は「幸福」

   
   
指に指を重ね、シャッターを押さしめた はたらき
吉野弘さんは「幸福」と表現してくださいました。
私は「アミダ」と読みました。
シャッターを押したのは私だけど、そのような環境に身をおくには、さまざまなご縁があってのこと。
シャッターを押さしめたはたらきは、他力。
   
        
写真って、シャッターを押してくれた誰かがいるんだなぁ。
写真には写ってないけれど、シャッターを押した誰かがいる。
写真を見るとき、その人のことも思い出すと、写真はより温かいものになる。
姉妹ふたりの写真だけど、そこには父がいる。
  
写真を見て、昔話に花が咲くとき、
ふたりいて懐かしいときは、3人いると思えばいい
3人いて楽しいときは、4人いると思えばいい
そのひとりは、私たちのことを想ってくれている大切な人

2010年3月 1日 (月)

2010年3月のことば

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  今という
  今こそ今が大事なれ
   大事の今が生涯の今

        
あるとき、お釈迦さまが3人のお弟子さんに尋ねられます。
「あなたは、あとどれくらい生きられると思いますか?」
  
1人目のお弟子さんが答えます。
「先のことは分かりませんが、数日は生きていられることでしょう」
「あなたはまだ本当のことが分かっていませんね」と、お釈迦さまは言われます。
   
2人目のお弟子さんが答えます。
「今ここで食事をしている間は生きていられることでしょう」
「あなたもまだ本当のことが分かっていませんね」と、お釈迦さまは言われます。
       
3人目のお弟子さんが答えます。
「阿吽(あうん)の呼吸の間のいのちです。吸った息が出なければ、そこでいのちは終わりです」
「その通りです。いのちというのは、吸った息が出るのを待たないほどの長さでしかないのです」と、お釈迦さまは言われました。(『四十二章経』)
   
「阿」は「吐く息」、「吽」は「吸う息」のことです。吐く息、吸う息、どちらかが途切れた時、いのちは終わります。
私は、一瞬のいのちを生きています。一瞬一瞬のいのちの積み重ねを生き、それが生涯となります。
   
しかし、いのちを長さで計った場合、若くして亡くなれば「まだ早いのに」「もったいない」と哀しみ、長生きすれば「まだ生きている」「長生きも、良いことばかりではない」と嘆きます。
どちらにしても、人間のものさしで見てしまいます。果たして、いのちとは「まだ早い」「まだ生きている」というものさしではかれるものなのでしょうか。
    
 今という 
 今こそ今が大事なれ
  大事の今が生涯の今

   
ミクロに見れば「私の生涯の、今が大事」と読めるけれど、マクロに見ると「生きとし生けるもの、すべてを通じるいのちという大事の中の、今を生かされて生きている」という、大きな流れの中の、私の姿が見えてきます。誰もが阿吽の呼吸の間のいのちを生きています。長さでは計れないいのちを、今、生きています。
   
「今」とか「阿吽」というと、とても短い時間を思うけれど、悠久の歴史の流れをイメージさせます。
人間のものさしを超えた時間の中を生きている私。そんな途方もない時間・空間を、なんの道案内もなく生きられるだろうか。いや、阿弥陀という大きなはたらきに導かれながら、今を生きています。
阿吽の一息一息は、南無阿弥陀仏のお念仏。
    
   
    
 今月のギャラリー
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親鸞聖人に人生を学ぶ講座(1/6回)
 講師:寺西 聡先生
 日時:3月6日(土)
      午後2時~5時頃
 会場:明福寺(東京都港区三田4-4-14)
 会費:500円 
 
   
     
西蓮寺聞法会
3月10日(水)
 時間:午後1時30分~4時頃
 法話:白山勝久(西蓮寺副住職)
     
白骨の会(西蓮寺仏教青年会)
3月30日(火)
 時間:午後2時~5時頃
 想いを語る会であると同時に、目の前にいる人の声に耳を澄ます会です。
 
西蓮寺コールリンデン(仏教讃歌を歌う会)
4月19日(月)
 時間:午後1時30分~3時30分頃
 合唱指導:中川茜先生(西蓮寺ご門徒)

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