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2010年3月 1日 (月)

2010年3月のことば

  Dsc_0826
  今という
  今こそ今が大事なれ
   大事の今が生涯の今

        
あるとき、お釈迦さまが3人のお弟子さんに尋ねられます。
「あなたは、あとどれくらい生きられると思いますか?」
  
1人目のお弟子さんが答えます。
「先のことは分かりませんが、数日は生きていられることでしょう」
「あなたはまだ本当のことが分かっていませんね」と、お釈迦さまは言われます。
   
2人目のお弟子さんが答えます。
「今ここで食事をしている間は生きていられることでしょう」
「あなたもまだ本当のことが分かっていませんね」と、お釈迦さまは言われます。
       
3人目のお弟子さんが答えます。
「阿吽(あうん)の呼吸の間のいのちです。吸った息が出なければ、そこでいのちは終わりです」
「その通りです。いのちというのは、吸った息が出るのを待たないほどの長さでしかないのです」と、お釈迦さまは言われました。(『四十二章経』)
   
「阿」は「吐く息」、「吽」は「吸う息」のことです。吐く息、吸う息、どちらかが途切れた時、いのちは終わります。
私は、一瞬のいのちを生きています。一瞬一瞬のいのちの積み重ねを生き、それが生涯となります。
   
しかし、いのちを長さで計った場合、若くして亡くなれば「まだ早いのに」「もったいない」と哀しみ、長生きすれば「まだ生きている」「長生きも、良いことばかりではない」と嘆きます。
どちらにしても、人間のものさしで見てしまいます。果たして、いのちとは「まだ早い」「まだ生きている」というものさしではかれるものなのでしょうか。
    
 今という 
 今こそ今が大事なれ
  大事の今が生涯の今

   
ミクロに見れば「私の生涯の、今が大事」と読めるけれど、マクロに見ると「生きとし生けるもの、すべてを通じるいのちという大事の中の、今を生かされて生きている」という、大きな流れの中の、私の姿が見えてきます。誰もが阿吽の呼吸の間のいのちを生きています。長さでは計れないいのちを、今、生きています。
   
「今」とか「阿吽」というと、とても短い時間を思うけれど、悠久の歴史の流れをイメージさせます。
人間のものさしを超えた時間の中を生きている私。そんな途方もない時間・空間を、なんの道案内もなく生きられるだろうか。いや、阿弥陀という大きなはたらきに導かれながら、今を生きています。
阿吽の一息一息は、南無阿弥陀仏のお念仏。
    
   
    
 今月のギャラリー
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親鸞聖人に人生を学ぶ講座(1/6回)
 講師:寺西 聡先生
 日時:3月6日(土)
      午後2時~5時頃
 会場:明福寺(東京都港区三田4-4-14)
 会費:500円 
 
   
     
西蓮寺聞法会
3月10日(水)
 時間:午後1時30分~4時頃
 法話:白山勝久(西蓮寺副住職)
     
白骨の会(西蓮寺仏教青年会)
3月30日(火)
 時間:午後2時~5時頃
 想いを語る会であると同時に、目の前にいる人の声に耳を澄ます会です。
 
西蓮寺コールリンデン(仏教讃歌を歌う会)
4月19日(月)
 時間:午後1時30分~3時30分頃
 合唱指導:中川茜先生(西蓮寺ご門徒)

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コメント

今月もまた、こころに響くことばをいただきました。今日のニュースに91歳で夜間中学を卒業なさった神戸市須磨区の女性のお話がございました。41歳の私も、これまで若い人には負けないと頑張ってまいりましたが、私などはまだまだ洟垂れ小僧です。4回り以上お年を召した方がこれだけ頑張っていらっしゃいます。今日この一日に全力を尽くしてより一層の精進錬磨に努めてまいります。

☆がくさんへ
ニュース読ませていただきました。
今が青春、すばらしいです。
なにをするにも、遅いということはありませんね。
人生、精一杯努めてまいりましょう。

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